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番外編 苦みばしったコーヒーゼリー

これは「第1話 カスタードプリン」の直前にあたるお話です。

本編を読了したのちお読みください。


 岡島千秋は、突然降ってわいた幸運に胸を高鳴らせていた。

 いつもより3割増しで顔がくずれているのを自覚している。

「ちあきぃ、ニヤニヤしちゃってどーしたの?」

「へへー、オレいいことあったんだ」

「なにソレ。もしかして、遅刻魔のアンタが早起きしてまでこんなトコで並んでるのに関係アリ?」

 怪訝な顔をしてたずねてきたミキに、千秋は大きくうなずいた。

「遊びに行くんだと思って学校さぼってついてきたのに」

 ミキはまっすぐに流れる髪をいじりながら頬をふくらませた。わかりやすい「アタシすねてます」のポーズだ。

 だが千秋は気にしない。自分は遊びに行くなんて一言も言っていないし、道で行きあったミキが勝手についてきただけだ。それでもいつもならフォローをいれるところだが、今は他のことで頭がいっぱいだった。

 知る人ぞ知る名店、園田洋菓子店。開店30分前に来ていてよかった、列の先頭をキープすることができた。後ろに並んでいる奥様方の不審気な視線など気にならない。今日はなんとしてもここの特製カスタードプリンを入手しなくてはいけないのだ。

 開店の11時に間に合うように、いつもなら昼まで爆睡コースのところを今日はがんばって朝9時に起きた。しかし興奮のためか、まったく眠くない。

 今日こそ木内和美に話しかけることができる!



 木内和美は、何を隠そう千秋の思い人であった。

 だが残念ながら、まともに彼女と話したことはない。

 和美は成績優秀で品行方正、制服の乱れなどまったくない地味な女の子だ。茶髪に遅刻魔、制服のボタン全開の千秋とはまったく違う。さらに和美は常に冷静沈着、まったく表情をくずさない鉄仮面の女だ、と言われていた。とにかく愛想がないのだ。いつも口元がゆるみっぱなしの千秋とは、性格も正反対だ。クラスが違っていたし、もし顔を合わせる機会があったとしても友達になれそうなタイプではないな、とすぐ判断したことだろう。

 実際のところ、高校1年生になって半年を過ぎるまで、千秋はまともに和美を意識したことなどなかった。

 だが、千秋は見てしまった。

 いつものように仲の良い友人たちとの帰宅途中。

 園田洋菓子店の前で小さな包みを大事そうに抱え、頬を紅潮させて口元を震わせながら小さなガッツポーズをとる彼女を。 

 和美はすぐさま小走りに立ち去ってしまったため、その光景を見たのは千秋一人だけだった。ほんの一瞬のことだったが、それだけのことで千秋は胸が騒ぎだすのを感じた。

 友人の輪を抜けて洋菓子店に飛び込み、さっきの女の子は何を買ったのか、と店の女性に問いただす。

「あぁ、あれね、うちの名物商品のカスタードプリン。本当はすぐなくなっちゃうんだけど今日はたまたまこんな時間まで残ってたのよ。でもごめんなさいね、アレが最後の一個だったの」

 そうか、あの子はここのプリンが好きなんだ。そうか、あまいものが好きなのか。じゃあ、他にはどんなものが好きなんだろう?

 考え出すと止まらなくなった。

 こんな気持ちは初めてだ。

 それ以来、千秋は和美のことを考えない日はなくなってしまった。



 千秋は自分を人見知りしない性格だと思っている。場にとけこむのは得意だし、うまく立ち回る自信もある。だが、どういうわけか和美に話しかけることはできなかった。何を言ったらいいのか思いつかないのだ。いきなり「友達になろう!」では不審に思われないだろうか。他の人間が相手だったら微塵も考えないような心配がわきあがり、どうすることもできずにいた。

 だからこそ、2年に進級し同じクラスになれて心の底から喜びを感じたし、和美に「悪いけど岡島くんとは仲良くしたくない」と言われたときは心臓が停止するかと思った。せっかく同じクラスになったのに。話しかけるきっかけができたと思ったのに。

 そうして千秋はまた、和美を見つめることしかできない毎日を送ることになった。あれだけ言われてしまったら、もう一度話しかける勇気もわいてこない。心の傷が深くなるだけだ。だが今回は同じ教室内にいられる。和美がどんなお弁当を食べているのか、どんな本を読んでいるのか、どんな話をしているのか。遠目ではわからなかった情報がどんどん入ってくる。それで満たされない心をなんとかごまかそうとした。

 そして調べ上げた情報をもとに、和美が好みそうなモノ・喜びそうな事柄をかたっぱしから調査した。和美は特にあまいものが好き。口にするときほんの少しだけ表情がゆるむ。女の子の友人からおすすめの店を聞きまくり、実際に食べ、いつの日か和美を連れてくる日を夢見る不毛な毎日。

 千秋は評判だというカフェのコーヒーゼリーをテイクアウトし、自室で味を確認した。これはコーヒー好きにはいいかもしれないが、和美には向いていないだろう。普段コーヒーといえばカフェオレぐらいしか飲まない彼女には苦みがきつすぎる。やはりこの前試した店の、クリームとゼリーが交互に層を成していたコーヒーゼリーのほうがきっと和美は喜んでくれる。またあの日のように、頬を紅潮させて、口角をちょっとあげて。オレだけにあの笑顔を見せてくれる―――――。

 そこまで考えて、千秋はおのれの愚かさを呪いたくなった。

 すべて妄想だ。

 オレって軽いだのなんだの言われているけど、こんなに重たい気持ち悪い人間だったのか。届かぬ思いに身を焦がし、千秋は自室で1人体を丸めてうずくまる。



 だが、和美を思い続けはや1年、そんな日々についに変化がおとずれた。

 珍しく1人で街を歩いていると、ばっちりとアイメイクをほどこした可愛いらしい女の子が小首をかしげつつ千秋に声をかけてきたのだ。こういったこと自体は少なくない。むしろ慣れたものだ。適当にかわそうと思ったのだが、彼女は千秋の思いもよらぬことを言ってきた。

「岡島センパイ? やだー、偶然ですね!! あたし、センパイと同じクラスの木内和美の妹の恵美っていいます! おんなじ高校なんですよー、和美お姉ちゃんともども仲良くしてくださいね! あ、今からどこか遊びいきません?」

 千秋には彼女が天使に見えた。

 和美の妹!

 そんな子がいて、しかも同じ高校に通っているなんてまったく知らなかった。

 雰囲気も異なるし、顔のつくりも似ていないようだ。それに彼女は和美と違い、満面の笑みをふりまいている。

 強引にしがみついてきた腕にいつもの危機感を覚えなくはなかったが、ふりほどくことはできなかった。

 もう一度和美に話しかけるきっかけ。

 ようやく手に入れた!! 



「ちょっとー、聞いてる?」

 くい、と制服の袖をひかれ、ミキの話をまったく聞いていなかったことにようやく気付いた。昨日の出会い、そしてこれからのことを思い耽っていたら、周りなんて見えないし聞こえない。

「え? ごめん、なに?」

「だからー、買い物すませたら2人でどっか行こ?」

 グロスで光る唇をとがらせ、こちらを見上げてくるミキ。そのうるんだ瞳が語るものを、千秋はうっかりと見過ごしてしまった。

「絶対だめ! オレ学校行く。プリン渡すんだ。ミキと遊んでなんかいられない」

 浮かれてつい口走ったとたんにミキの顔がゆがむ。

「はぁ? なにソレ。あたしのことバカにしてんの?」

 あ、まずい。こちらもアラート発動中だったのか。

 千秋が身構える前にミキのきついビンタが飛んだ。

「サイッテー! その気もないのに誘ってこないでよね!」

 誘った覚えないんだけど。

 またやってしまった、と溜息をついたそのとき、千秋の目の前の自動ドアがガーっと開いた。11時、園田洋菓子店が開店したのだ。

 千秋はミキにも赤くなった頬にも目をくれず、店内に飛び込んだ。

「カスタードプリン2つお願いします!」

 ざわめいているのは好奇心旺盛な奥様方だけだ。

 ミキは怒りに体を震わせると、

「この女ったらしのサイテー男!!」

ともう一度吐き捨てその場を走り去った。 


 

 手にした包みを抱え、千秋は空き教室で昼休みになるのをじりじりと待っていた。

 手土産も用意した。きっかけも作れた。これで、また木内和美と話ができる。

 そう考えるだけで頭が沸騰しそうだ。

 だが、ミキから投げかけられた「サイテー男」という言葉が耳にひっかかっていた。また和美に誤解されるようなネタができてしまった。

 そして今、オレは彼女の妹をダシにして、和美に近づこうとしている。

「……でも、諦めきれない」

 千秋はミキの声から耳をふさぐように体を丸めて目を閉じた。

 最近はこうしているのが一番楽になっていた。

「……和美……」

 ぽつりとつぶやかれた名前は、何よりもあまく千秋の中に響いた。まるでどろどろに濁ったコーヒーゼリーに注がれた白いミルクのように。 

 


番外編は千秋のお話でした。

この後、第1話につながっていきます。


これにて「あまいものでも、どうでしょう」完結です。

お付き合いいただきありがとうございました!


ご意見・感想をお待ちしています。

次回作もどうぞよろしくお願いいたします!


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