第121話:地脈のバイパス工事_大樹の根と銅線のハンダ付け
地上へ戻ったアルトとシロを迎えたのは、春の陽光に煌めく工作棟の静寂だった。
木屑の香ばしい匂いと、炭火炉から漂う乾いた灰の香りが、肺の奥を心地よく刺激する。
アルトは袖をまくり上げ、厚手の牛革の手袋を嵌めた。
作業台の上には、昨日までに整理しておいた戦利品――教皇庁の聖銀騎士団が遺していった耐魔白銀鋼の盾や大剣、そして帝国装甲車の通信機から取り外した太い銅線パイプが整然と並んでいる。
「よし、資材の加工から始めよう」
アルトが声をかけると、シロは「クゥン」と応え、作業台の足元にどっしりと腰を下ろした。大きな顎を作業台の縁にちょこんと乗せ、アルトの手元をじっと見つめる。
古代のコンソールが求めていた「高導電性耐魔金属」。
ただの銅線では星の生体エネルギーの超高圧に耐えきれず焼き切れてしまい、かといって硬すぎる白銀鋼のままでは柔軟な曲げ配線ができない。
アルトが選んだのは、白銀鋼と銅を溶かし合わせた特製の「白銀銅合金ワイヤー」の自作だった。
ふいごの取っ手をリズミカルに上下させる。
フシュー、フシュー、ボゥゥッ!
炭火炉の底から真っ赤な炎が立ち上り、炉内の耐火レンガが白熱し始めた。
アルトは黒鉛のるつぼに、金切り鋸で細かく切り刻んだ耐魔白銀鋼の破片と、酸化被膜を紙ヤスリで磨き落とした銅パイプを、三対七の精密な配合で投入した。
還元炎に包まれた金属片が、やがてドロリとした黄金色と銀色の輝きを放ちながら融合し、まばゆい液体金属へと姿を変えていく。
純粋な木炭の還元ガスにより、不純物が灰色のスラグとなって液面に浮き上がるのを、鉄のスプーンで丁寧にすくい取った。
ジュウウゥゥゥ……!
アルトは火箸でるつぼを挟み、あらかじめ温めておいた細長い溝付きの鋳型へと一気に流し込んだ。
立ち上る白い煙。
冷え固まった金属のインゴットを取り出し、金床の上で金槌を振るう。
カーン! カーン! カン、カン、カン!
澄んだ金属音が工作棟の天井にこだました。
熱しては叩き、叩いては水で締め、組織の結晶を極限まで緻密にしていく。
ある程度の太さの角棒に鍛え上げた後、アルトは作業台の万力に固定した「線引きダイス(伸線板)」に先端を通した。
焼き入れを施した硬質鋼の丸い穴に金属の端を通し、テコの原理を応用した大型の引き抜きペンチで力いっぱい引っ張る。
ギギギ……キィィィン!
ダイスを通るたびに、金属棒は細く、長く、しなやかに伸びていく。
直径五ミリから三ミリ、そして一・五ミリへ。
ダイスの穴を通る瞬間、摩擦熱で金属が微かに青光りし、引き抜くアルトの腕の筋肉に強烈な反発力がかかってくる。
三度の伸線工程を経て仕上がったのは、銀色の光沢の中に銅の赤みがほんのりと透ける、長さ二十メートルにおよぶ極上の「白銀銅合金ワイヤー」だった。
指で曲げてみると、絹糸のように滑らかな弾力がありながら、どれほどねじっても千切れる気配がない。
「いい粘りだ。これなら大樹の成長による幹の伸縮にも耐えられる」
アルトは満足そうに頷き、ワイヤーを丁寧に木製のスプール(糸巻き)へと巻き取った。
続いて用意したのは、接合のための道具だ。
大樹の樹皮から採取した天然の松脂を小鍋で煮溶かし、極微細に擂り潰したブナの木炭粉と、温泉の硫黄華を微量にブレンドした「特製導電フラックス」。
それに、炭火で先端を桜色に熱した真鍮製のハンダゴテだ。
松脂の酸が金属表面の極薄い酸化膜を瞬時に溶かし去り、木炭の炭素微粒子が通電性を飛躍的に高める。すべてはこの半年間、秘密基地の電気回路や配線を自作する中で編み出した、アルト独自の調合だった。
「シロ、地下へ資材を運ぶよ」
アルトがスプールと道具箱を背負い袋に詰めると、シロが立ち上がり、自分の背中に括り付けられた革のサイドバッグに重い真鍮コテの火種入れを収めさせた。
二人は再び、大樹の幹の中空階段を駆け下りていった。
目指す現場は、地下コンソールのある制御室のさらに奥――大樹の主根が四方に分岐し、岩盤の割れ目へと深く潜り込んでいる「根幹空洞」だ。
そこは、ひんやりとした湿気と、青白い光苔の淡い燐光に包まれていた。
直径三メートルを超える巨大な大樹の根が、まるで脈打つ大蛇のようにうねり、足元の黒曜石の岩盤を抱き込んでいる。
その根の隙間に、かつて夏の盛りにアルトが落雷除けとして敷設した、太い銅の「アース線」が顔を覗かせていた。
「あった……これだ」
アルトは根元に膝をつき、アース線の先端を確認した。
昨冬に敷設した古い銅線は、大樹の樹液と混ざり合い、青錆を吹くこともなく、樹皮と完全に一体化していた。
大樹の根毛が銅線の表面を愛おしそうに包み込み、木自身の新たな血管として受け入れていく。
そして、そのすぐ数十センチ隣の岩盤の亀裂には、古代文明が埋め込んだとされる、黒ずんだ円筒形の「主幹端子」が埋もれていたのだ。
端子の表面は長年の地殻変動で亀裂が入り、本来接続されていたはずの古代のケーブルは、数千年前に焼き切れて炭化していた。
これが、星の地脈が途絶え、外界へ清浄なマナが流れなくなった原因の「壊死ポイント」だった。
「この端子と、僕たちのアース線……そして水車小屋の発電回路を、一本のバイパスで繋ぐんだ」
アルトは作業に取りかかった。
まず、古代端子の表面にこびりついた炭化物を真鍮ブラシで丹念に削り落とし、清浄な金属肌を露出させる。
次に、大樹の根とアース線の接続部に、調合してきた松脂フラックスを筆でたっぷりと塗り込んだ。
甘い松のヤニの香りが、地下空洞の湿った大気の中に広がる。
シロがアルトの背後に座り、火種入れの中から赤熱した真鍮コテを口先で器用に咥え出して、アルトの手元へと差し出してくれた。
「ありがとう、シロ。助かるよ」
アルトはコテを受け取り、白銀銅合金ワイヤーの先端を古代端子の接合部に押し当てた。
ジュウウゥゥゥ……!
コテの熱が伝わると同時に、松脂フラックスが心地よい音を立てて沸き立ち、白煙とともに金属の酸化物を瞬時に還元していく。
溶け出した合金の雫が、古代の端子と手作りのワイヤーの境目を、滑らかな銀の膜となって覆い尽くした。
見事な「ヌレ」だった。
金属同士が原子レベルでしっかりと噛み合い、継ぎ目のない完全な一体化を果たす。
アルトはワイヤーを大樹の主根に沿わせ、白樺の樹皮テープで優しく固定しながら、地上から引き込んできた水車発電機の出力端子へと導いた。
地上で小川の清流を受けて回転している巨大な木製水車。
ゴットン、ゴットン、と清らかな水しぶきを上げながら、水車は休みなく樫の軸木を回している。
その回転力で真鍮コイルと磁石を回し、常に安定した直流の生体微弱電流を生み出している自家発電ラインだ。
大自然の水流が生み出したその清浄な電力を中継する終端に、重厚な青銅製のナイフスイッチを取り付ける。
「バイパスの結線、完了……!」
額の汗を手の甲で拭い、アルトは青銅スイッチの木製レバーに手をかけた。
心臓がトクンと跳ねる。
この手作りの回路が、本当に数千年前の古代神話のプラントに通用するのか。
少年が拾ったガラクタと手作りの合金ワイヤーが、星の命の血管を繋ぐことができるのか。
シロがアルトの隣に寄り添い、力強く「フンッ」と鼻息を鳴らした。
その瞳には、一ミリの疑いもなかった。
相棒の工作が失敗するはずなどないという、絶対の信頼がそこにあった。
「よし……接続!」
アルトは意を決し、青銅レバーをガチリと押し込んだ。
カチッ……!
接点が噛み合った瞬間――
ドクン……!
足元の岩盤全体が、まるで巨大な心臓が目覚めたかのように、重厚に大きく跳ね上がった。
ハンダ付けした接合部から、まばゆい青白の燐光がパチパチと火花のように弾け散る。
直後、地上から届く水車の清らかなリズムに乗って、大樹の主根を流れるエメラルドグリーンの光脈が、激しい勢いで古代端子の中へと吸い込まれていった。
ヒュオオオオオ……!
地下空洞の天井を、風のない突風が吹き抜けた。
長年眠りにつき、干からびていた岩盤の奥深くの地脈ケーブルが、手作りのバイパスを通じて一気に息を吹き返したのだ。
エメラルドグリーンの光の波が、地下深くの岩盤の裂け目を伝って、東の荒野の方向へと怒涛の勢いで駆け抜けていく。
頭上遥か地上からは、清流に回る水車の音が、大地の鼓動を刻むリズミカルな音となって誇らしげに響き渡っていた。
「つ、繋がった……! 流れてる、エネルギーが完全にバイパスを通過してる!」
アルトは歓声を上げ、手袋を脱ぎ捨ててワイヤーの表面に素手をかざした。
熱暴走の気配は微塵もない。
大樹の樹液ゴムと装甲列車の板バネで作ったダンパーが、急激なマナの流入による微振動を完璧に吸収し、静かな温もりだけを作業場にもたらしていた。
「ウォォォォンッ!」
シロが歓喜の声を上げ、前脚でアルトの肩に飛びついてきた。
勢い余って二人は地下の柔らかな苔の上に転がり、アルトはシロの豊かな首毛を抱きしめながら、声を上げて笑った。
「やったね、シロ! 僕たちの水車が……僕たちの手作りワイヤーが、星の血管を繋ぎ直したんだ!」
シロは嬉しそうにアルトの額や頬をぺろぺろと舐め回し、長い尾を床の岩盤にバタンバタンと打ち付けて喜びを爆発させた。
手作りの鍛冶と、山で集めた松脂と、川の水車。
その素朴で愚直なクラフトの積み重ねが、神話の壊れた心臓を動かした。
第一の修復工程、地脈バイパスの完成。
星の鼓動は、少年と狼の確かな手のひらの中で、より力強く、温かく脈打ち始めていた。




