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重たい金属音と共に、剣が宙を舞った。
「そこまで!」
審判が鋭く叫んだ。
それまでの勢いが嘘だったかのように、世継ぎの王子が己の剣を、寸止めでぴたりと止めた。
これ以上後ずさることもできずに硬直していた第二王子の青ざめた顔の前で、氷でできたその剣は一瞬にして霧散し、空中へ溶けて消えた。
「腕をあげたな、ダナ」
たぶんそれは、世継ぎの王子としては励ましの言葉のつもりだっただろう。
しかし、それが意図とは逆の意味で伝わったことは、第二王子の憤怒のまなざしが語っている。
今にも食い殺してやろうかといわんばかりの形相で睨みつけられても、しかし、世継ぎの王子の冷たい美貌は仮面のようで、一切の感情を見せない。
無様に尻もちをついた腹違いの弟をちらりと一瞥したのみで、黙って闘技場を去っていく。
わああ、と観衆がどよめいた。
「ちっ」
レオンは一人、舌打ちをして唾を吐いた。
レオンは観客席に座ってはいない。
ずっと槍を構え、闘技場の端で立っているのが下級兵士の仕事だからだ。
それでも仲間の兵士たちからは、王子たちの試合が間近で見られるといってしきりにうらやましがられた。
特に、世継ぎの王子であるリューン・ノアの氷の技は、彼が滅多に試合をしたがらないことも相まって、貴族たちの間でもプラチナ・チケットとなっていたからだ。
過酷な世界に生きる者の不文律は、弱肉強食だ。
一見は華やかなリューン貴族の中にも、その原則はしっかりと根を下ろしている。
その何よりの象徴が、水を操る力を代々受け継ぐ王家の存在である。
一年のほとんどを雪と氷に閉ざされたリューンでは、それらを従え、かつ武器にもする一族が当然、頂点に立つ。
続いて、荒々しい自然を操作する力を持った一族が権力を持ち、それが貴族と名乗るようになった。
だが。
貴族たちがさんざん楽しんで立ち去ったコロシアムでは、下級兵士たちが散乱したごみをせっせと拾い集めている。
その同僚たちから少し離れて、レオンは憎々し気に天を睨みつける。
「あんな試合、しょせんは茶番だ」
貴族の中でも、風をあやつるアイザス一族の出である第二王子は、その綺麗な容姿と社交的な性格もあいまって、場内からやんやの喝采を受けていた。
実力は数段上でもまったく愛層のない世継ぎの王子より、人気は上だったかもしれない。
しかし、あの心の弱さはどうだ。
レオンは腹の中でせせら笑う。
レオンには人の心の動きが読める。
リューンの下級兵士の中には、一定の割合でそういう力を持つ者がいる。
いや、話は逆だ。
たとえ奴隷階級に生まれようとも、人の精神をのぞいたり、操ったりする力を持っていれば、兵士に取り立ててもらえる。
レオンもそうやってゴミ山の中から見いだされ、軍隊の宿舎で育ってきた。
俺は。
レオンはぎゅっと己の拳を握る。
俺なら、アイザス・ダナなど手も触れずに倒してみせる。
あれほど気分の安定しない、心理的圧力に弱いやつなど、操ることは簡単だ。
今だってやつは、技の優劣より先に、世継ぎの王子に対する憎しみで心を乱し、みっともない失敗を繰り返した。
だから、終始冷静だったノアにかまうはずもなかったのだ。
そして、そう。そのリューン・ノアてさえ、もしかしたら。
レオンにはわかる。
ノアがその表面的な冷静さの奥底に隠している、心の弱さが。
たぶん本人自身も気付いていないに違いない。
圧倒的な強さを持ちながらも、彼は、腹違いの弟におびえている。
その華やかさ、存在感。生まれながらにして持っている王者の風格。父王に無条件に愛されていること。国民からの人気。
ひるがえって自分を思い、劣等感にさいなまれている。
それを隠すため、彼は、強いて無表情でいようと務めているのだ。
リューン・ノアの心は、弱い。
「おい、レオン! いつまでさぼっているつもりだ!」
班長に耳を掴まれ、怒鳴りつけられた。
「またぞろ、仲間の精神を操って、自分の仕事を肩代わりさせようってんじゃないだろうな! お前ら<心惑わし>どもがその手を使ったら、二倍のお仕置きをくらうってこと、忘れたわけじゃあるまい?」
レオンは黙って班長を睨んだ。
風や水などの無生物を操る者は貴族として恵まれた生活を享受し、人の心を操る者は兵士の中でも<心惑わし>と呼ばれて軽蔑される。
それがリューンの習わしとわかっていても、レオンは納得がいかない。
俺は、きっと。
この力を使って、偉くなってやる。
軍隊の中で活躍して昇進するだけじゃない。
何か、もっと別の。
今はまだ想像もつかない、すごいものになってやるんだ。
そうでなければ、こんな力を持って生まれたことに、なんの得がある?




