饗宴編 王都からの知らせ②
※ちょっと不穏
今まで見たことがないほどに怯えるミルリーゼの誤解をなんとか解いてから、レオンはセラフィナを引き連れて主人が先に帰ったガラハッド邸に戻ろうとする。
「まぁ……せっかくだからちょっと寄っていってよ、お兄ちゃんに話があるんだ。バイトのことじゃないよ」
ミルリーゼは先日の騒動の件とは違うと前置きしてから、レオンを誘った。
ちょうど彼に話があることは事実であったのだ。
「もう日が暮れる、雪が本降りになる前に帰りたい。長くなるなら日を改めるが」
「できるだけ的確に話すようにするよ。もし吹雪いたなら今夜はここに泊まっていっていいよ。ごめん、いま席を作るね」
ミルリーゼは店舗スペースのテーブルの上に出しっぱなしの帳簿やそろばんを片付けてから会話の席を作った。
「飲み物、水かお酒しかないんだけど」
「……不要だ。というか随分と極端な二択だな」
「ちょっとミルリーゼちゃん、そのお酒ってオジさんのやつでしょ!?あげないよ!?」
「………」
「お茶も淹れればあるよ。お姉ちゃんお茶入れてもらえるかな?僕、お砂糖とミルクが入ってるやつしか飲まないからよろしくね」
「おい、当たり前のようにセラフィナ嬢を使うな!どこのお嬢様だおまえは!」
「……ミルリーゼちゃんは子爵家のお嬢様だよ。おまえさん方、相変わらず漫才やってるのね」
「………」
なんか安心したわと久しぶりの再会した仲間を片目にオズは先ほど飲んでいた酒のグラスを再び傾けた。
発言禁止を忠実に守るセラフィナは無言で席を立ち、言われたままにお茶を淹れに行ったようだ。
「レオンさんよぉ、マジでセラフィナちゃんを殴ったとはオジさんは思ってないよ?でも何があったか話してくれてもいいんじゃない?」
「………」
セラフィナの背中を見送ってから、オズは目前の男に静かに問いかけた。
落ち着いた口調からはレオンを責める雰囲気は感じなかった。
「………あ、あのさ。もしかして変なやつに襲われたとか?この街にはいないと思ってたけど実は帝国派が潜んでいたとか」
「いや、そういうのではないが」
「そっか……」
妙におどおどした様子のミルリーゼが控えめに尋ねた。
いつもよりへらず口が少なく、こちらを煽るよりも過剰にセラフィナを守ろうとする様子にレオンは違和感を抱く。
「………実はさ、さっき王都にいるロッドから伝書鳩が届いたんだ。この話はまだエルには絶対絶対絶対に秘密にして、約束守れる?」
ミルリーゼは指先のささくれを弄りながら不安げな瞳で問いかける。その様子はかつてないほどにしおらしい。
「内容次第だ」
「まぁ、おまえさんならそう言うだろうね。オジさんは黙っておいてやるよ。セラフィナちゃんには聞かせるのかい?」
「………」
ミルリーゼはキッチンでお茶を入れているセラフィナの様子を伺った。
「お姉ちゃんも大人だから話していいかな……でもカイルはダメ。僕の直感的に」
「………じゃ、セラフィナちゃんが美味しいお茶を淹れてくれるのを待とうか」
数分後、セラフィナはあたたかなお茶を入れたカップを持って戻ってきた。
ミルリーゼのカップにはリクエスト通りに甘い砂糖とミルクがたっぷりと入っている。
「セラフィナ嬢、発言禁止を撤回します。ただし余計なことは話さないように」
「……よろしいのですか?」
「はい。あとくれぐれも反省を忘れないように」
「わかりました、次は顔面には受けないと誓いますわ」
「だから、ちがう!!」
「えー、レオンったらセラフィナちゃんとも漫才始めるの?ちょっと節操なくな……いっで!!蹴るな!だから疑われるんだよおまえは!」
オズの言葉に怒りを覚えたレオンはテーブルの下からオズの足に容赦なく蹴りを入れた。
大きな舌打ちをしてから、乱暴に茶を啜る。
「じゃあ話そうかな。お姉ちゃん、エルには言っちゃダメだよ。守ってね」
「ミルリーゼ様、何故ダメなのですか?」
「こんな話を聞いたらエルがおかしくなっちゃうかもしれないもん……僕もいまちょっと怖くて震えてるんだ」
「寒いんじゃないの?暖炉の火、強くしてやろうか?」
オズは魔法を使って暖炉の火の勢いを上げた。
部屋の温度が上がるのを感じるが、ミルリーゼの顔は白いままであった。
「あのさ、僕たちが旧都で捕まえた帝国派の犯罪組織覚えてるよね?……あいつら、殺されたんだって」
「………」
「………っ!?」
「……それは死刑になったということか?」
オズは無言、セラフィナは驚いて口を手で覆い、レオンは冷静を保ったまま尋ねた。
「人身売買は重罪だ、死刑になってもまぁおかしくはないが、いくらなんでも早すぎるだろ……あの廃教会でドンパチやってから一ヶ月も経ってない」
レオンの問いに、同じくらい冷静なオズが答えた。
「では、口封じということか?ミルリーゼ嬢」
思考を更新させたレオンは改めて尋ねた。
顔を青くさせたミルリーゼは静かに頷く。
「王の騎士に捕まったから犯罪組織の奴らは王宮の牢屋に収監されたんだ。そして、そこにいる奴らを始末できる位置におそらく足切りをした帝国派がいる……」
ミルリーゼは静かに甘い紅茶をちびちびと口にした。
手先が震えているのがわかる。
情報屋とはいえ未成年の少女が語るにはあまりに残酷すぎる内容なのだ。
「ごめん、怖い……」
「ミルリーゼ様……わたくしの手を握っても良いですよ」
「ありがとう子供みたいで恥ずかしいけど、報告を受け取った瞬間から怖くて怖くて震えてるんだ。これはエルにもカイルにも黙ってて、まだ知らなくていい。でもお兄ちゃんには伝えたかった。伝えるべきだと思った」
ミルリーゼはセラフィナが差し出した掌に縋り身を寄せた。
その小さな肩を、清廉なシスターは優しく撫でる。
「……レオン、俺からも言っておく。エルには黙っていろ。下手したらまたパニックを起こす可能性がある」
全員の脳裏に映るのはトラウマを思い出して倒れ込んだ先日のエルの姿だ。
前回はパニック症状はセラフィナの献身とレオンの励ましで立ち直ることはできた、だが二回目が起きても平気という断言などここにいる誰にも出来はしない。
「頼むよお兄ちゃん……エルに隠し事なんてしたくないのはわかるよ、でもこんなのいまのエルが知るには重すぎるよ」
「………」
無言で腕を組んでレオンは沈黙を保った。
彼の中でどの選択が正しいのか考えているのだろう。
「セラフィナちゃんはどう思うよ」
「わたくしはエル様にお話するのも決して絶対間違ってはいないと思います、わたくしたちはあと二ヶ月後には王宮のパーティーに参加するのです、エル様も行くつもりのようですし帝国派の情報はお耳に入れるべきかと」
王太子の婚約パーティーに強制指名されたカイルのパートナーとしてセラフィナの参加も決まっている。
その為のダンスの練習も日夜継続中なのだ。
「………エル様が……王宮に行く!?」
そんな彼女から漏らされた初耳の情報にレオンが聞き返した。
セラフィナは失言に気づき、それ以上は口を閉ざす。
「セラフィナちゃーん、そこで自主的に戒厳令敷くのは無しだぜ?お嬢様が王宮に行くつもりって何の話かちょっと聞かせなさいよ」
「………」
「セラフィナ嬢?詳細を聞かせていただいても」
「………」
「た、多分お姉ちゃん意地でも話さないんじゃないかな」
無言で紅茶のカップを傾けて、男二人の問いかけに沈黙を保ちながら清楚なシスターは微笑んだ。
やはりこの女性は改めて、めちゃくちゃ頑固だとレオンは思った。




