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奔走編 辺境の街③

 




「失礼いたします。ガラハッド卿、私はレオン・ヴァルターと申します。この度のこと、ご子息の身を預かり付き添っていたのはこの私であります。故に責を受けるべきは私にございます。ご子息へのお怒りは重々承知ですがどうかお怒りをおしずめください」


「レオン!!」


 レオンがそう声をかけたのは、ガラハッド伯が説教を始めてから一時間ほど経過してからであった。


 説教開始の頃のカイルに対する伯爵の叱責、彼の深く考えずにすぐ言動に移すところのへの怒りは正直レオンも同意できる内容だったのでレオンはすぐには助け舟はださなかった。


 書斎もかねているらしいガラハッド卿の私室で、部屋の真ん中で正座でお叱りを受けていたカイルは、レオンからの飛び出た救済の声掛けに抱きつきたくなるほどの感謝が湧いた。


 さらに付け加えるともっと早く助け舟を出してくれよと痺れる足が泣き声を上げるが、口にしたら父親とレオン同時から睨まれそうなので大人しく口を閉ざした。


「レオン・ヴァルター……と?」


「かの高名なガラハッド辺境伯とお会いできて光栄に思います」


「心にもない言葉はいらん。それこそかつて最強を謳う王国騎士団を指揮していたヴァルター侯爵家の人間が私に何の用だ。責任と言ったが、貴殿を領地の周りを嗅ぎ回っているロデリッツの兵に突き出しても良いということか?」


「親父、それは!」


 カイルは父親の言葉にハッとして、慌てて父の言葉を制そうとしたが、「誰が立ち上がって良いと言った」と凄まれてすぐに正座スタイルに戻す。


「“元”侯爵家です。それで閣下の気が収まるのでしたら私は構いません」


 ガラハッド辺境伯の言葉を受けてもレオンは動揺することはなかった。

 彼の中にガラハッド辺境伯に対する武人として、信頼のおける何かがあるのだろう。


 レオンの信頼は揺るぐことはない。

 レオンに厳しい目を向けていたガラハッド伯は、しばしの沈黙ののち少しだけ目尻の皺を緩ませた。


「……まぁ良い。ロデリッツ公が血眼で探している男が私の下にいるのは気分が良いからな。ヴァルター侯の息子よ、息災か?侯が逝去してから疎遠であったが私も一人の武人として存命時の侯爵にはいくども世話になったことがある」


「亡き父を思っていただきありがとうございます。母を看取り、侯爵家は潰えました。今の私はただの平民でございます」


「私の記憶が正しければ貴殿には兄がいただろう」


「兄は父が倒れた後、家を出たまま消息不明でございます。今どこで何をしているか存じ上げません」


 探す気もございません。とレオンは言葉がなくとも伝えているようにそばで聞くカイルには思えた。

 ガラハッド領の地で、暖かい家庭の中で育ったカイルのすぐ近くにいた男の天涯孤独の身の上を知ってかける言葉に戸惑う。


「ごほん、まぁ説教も疲れた。カイルも反省したら同じことはしないように。レオン殿にも感謝しなさい。おまえは無茶だけは達人級だからな、彼がいなかったと考えただけで老けてしまう」


 そういって緩めた顔は、どこにでもいる父親の顔だ。

 こうしてガラハッド卿は長い説教を切り上げた。





「親父、エルを助けて欲しいんだ!エルのお父上のロデリッツ公に追われているんだ!」


「知っている。手配書はもう国中に回っている。辺境にまで噂も届いている。殺人未遂事件を起こした公爵令嬢が若い男を連れて逃走した。若い男にかけられた懸賞金は金貨50枚」


「ご、50枚!?」


 レオンの首へ掛けられた金貨はさらに積まれていた。

 もはや国の存亡を脅かす凶悪犯並の金額だ。


「まだまだですね、私の首なら金貨百枚も狙えます」


 レオンは自らの首に手をかけて、不敵に微笑んだ。

 彼の舞台俳優のような甘いマスクは、本当に百枚を出してもかまわないと魅了される貴族の女性がいてもおかしくないとカイルは思う。


「ふん。良い心意気だ、気に入った。ロデリッツ公の兵は私の領地には一歩も入れないし、町に届いた手配書はすべて剥がすように命令を回す。この町にいる限りは貴殿らの安全を保障しよう」


「感謝します、閣下」


「ありがとう親父!でもずっとここには居れないんだ。オレはアルフォンスをぶん殴って目を醒させないと!」


 カイルは父への感謝を述べつつも、元友人への想いを語る。


 少し優柔不断なところはあったが、カイルの記憶のアルフォンスはあんなに愚かな王子ではなかった。

 全部リリエッタが現れたせいだ。


 それを陰で操っていたと聞くソフィアの存在もカイルには気がかりであった。


「リリエッタを王妃にだなんて絶対にさせちゃだめだ。冗談じゃない、間違いなくこの国が終わっちまう」


「ではリリエッタ嬢を引き摺り落とした後の後釜は?エスメラルダ嬢に戻させるのか?」


「それは……」


 父の問いに言葉が詰まるカイル。

 アルフォンスに裏切られたエルを、ふたたびアルフォンスの隣に戻させるのは残酷な選択だ。


「まぁ良い、それを決めるのはおまえでも、私でもない。王家とエスメラルダ嬢本人のことだ」


 ガラハッド伯は息子に声をかけると、その後ろで黙って会話を聞くレオンに視線を寄せる。


「ところでレオン殿、高位貴族の令嬢誘拐犯の末路は知っているか?」


「はい。絞首刑です。ロデリッツ公に捕まればおそらく秘密裏に処理されるでしょうが、もし王家に捕まれば……これを自分で言うのは差し出がましいですが私は見目が良いので盛大に見せ物にされるでしょう」


 即ち、公開処刑だ。


 その恐ろしい言葉が脳裏をよぎりカイルは言葉をなくした。

 それ以上に己の予測される末路を淡々と語るレオンの気概にカイルはとても肝を冷やした。


「その末路に恐怖はないのか?」


「怖くないと言えば嘘になります」


 レオンの目。

 榛色の輝きに映っているのは、彼の最愛の生徒だろう。


「ですが、彼女の誇りを守るためなら俺の首など、いくらでも差し出せます」


 レオンは真っ直ぐに辺境伯を見据えた。

 曇りのない眼差しは、どこにも含みのない。

 共に過ごしてきたカイルにはその言葉に嘘偽りがないことが手にとれるようにわかった。


「いいな、ますます気に入ったヴァルター侯の息子よ。ベティの婿にでも迎えようかと思ったがそこまでエスメラルダ嬢に入れ込んでいたならそれも藪蛇……」


「ご冗談を、私とエリザベート嬢では10は歳が離れております」


「オレもレオンが義理の弟になるのは遠慮したい」


「残念だ。せっかく良い婿候補がきたと思ったのに」


 ガラハッド伯は残念そうに呟く。

 厳格な辺境伯はいつのまにか完全に、よくいる普通の父親の顔をしていた。




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