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奔走編 辺境の街④

 




 夜になり、公務を終えたガラハッド辺境伯の好意で今夜はカイルの家に泊まることにした。


 完璧に夜になる前にカイルは街の酒場までオズを迎えに行ったが、案の定大量の酒を飲んだと思われるオズは「今いいところだから」と、彼のお迎えを辞退した。

 見知らぬ北の民の女性を口説いているようだ。


「おっさん、ほどほどにしとけよな」


 カイルは呆れた顔をする。

 大人の世界はまだ自分には早いと判断をして一人自宅へ帰った。




「さぁ、たくさん作ったから食べてちょうだい。おかわりもあるから遠慮しないでね」


 木目の美しいテーブルに、たくさんの料理が並ぶ。

 メイン席に座らされたエルは、目の前に盛られた料理の量に驚きながらも夫人のもてなしをありがたく受け取った。


「エルさん、このジャムをロースト肉にかけるのよ。スープにはこのクリームを乗せるの」


 慣れない異国の料理に戸惑っているエルに、カイルの妹のエリザベートは親切に食べ方を伝授する。

 エリザベートの言う通りに、柑橘のジャムを乗せた肉を一切れ口に含むとエルの口の中に爽やかな酸味とジューシーなお肉の風味が広がって初めての味わいだ。


「………美味しい」


「でしょう、今度は赤いジャムで食べてみて。庭のベリーのジャムなのよ、アタシが摘んだんだから」


「ベティ、静かにしなさい」


 辺境伯は騒ぐ娘を嗜めるが、エリザベートは口を尖らせる。

 エリザベートは王都から来た歳の近いエルに興味があるのか何かと世話を焼いてくれるようになった。


「今夜はアタシの部屋に泊まる?」


 とエリザベートに誘われた時は流石にびっくりしたが。


「ごめんねエルちゃん、この辺りは歳の近い女の子が少ないからベティも嬉しいのよね。ほらベティ、エルちゃんが驚いちゃうからもうちょっと大人しくしなさい」


「はーい、ねえエルさん。明日もここにいるの?よかったら町に行かない?セラフィナさんも!」


「えっ……と、どうしよう」


 エリザベートに誘われて戸惑ったエルがレオンに視線で問いかける。


「エル様のなさりたいように。滞在が長引くようなら町には宿屋もあるようです」


 あまりカイルの家への長期の滞在を考えていなかったのだろう。レオンは迷惑になる前に拠点を変えるから大丈夫だと答える。

 すると隣で静かに酒の杯を傾けていたカイルの父は口を開いた。


「宿屋になど行かなくても辺境にいる間は、ウチを家だと思って過ごせばいい。エスメラルダ嬢は変に気を回さなくて良い」


「……辺境伯閣下、心遣い感謝します」


 レオンとの会話に介入してきたガラハッド辺境伯の申し出をエルはありがたく受け取ることにした。


「やったー!じゃあエルさん、明日はたくさん遊ぼうね!」


「おいベティ、あんまりエルをふりまわすなよ」


 久しぶりに食べる母親の料理を、大量に口に詰め込みながらカイルが妹を嗜めた。隣にいるセラフィナは「カイル様、溢れております」とハンカチで拭う。


 ガラハッド夫人はその様子を微笑ましくも、何かを考えるような目で見ていた。




 夕食が始まった時、ガラハッド家の食事量にエルは驚いたが、ガラハッド伯夫人の手料理はほとんどが彼女の家族の胃に綺麗に収まった。

 年少のエリザベートでさえ、成人男性のレオンと同量かそれ以上をペロリと食べていた。


 冬になれば雪と氷に閉ざされる北の地で、人が生きていくのには体力のもととなるカロリーが必要であるが故の暮らしの根付きなのだ。




 ガラハッド家では食後のひとときを家族団欒で過ごすのだろう。

 夫人は洗い物をしにキッチンに向かい、隣ではセラフィナが手伝いをしている。


 エリザベートは本を読みながら、当たり前のようにソファで父の隣に座る。

 その距離感は実家にいる時のエルとロデリッツ公爵ではありえない光景であった。


「時にエスメラルダ嬢……私と貴殿の父君の不仲の理由は知っているか?」


 二人の様子を眺めていると、食後の酒を嗜んでいたガラハッド卿に尋ねられた。

 ガラリとグラスのコップが冷たい音を立てる。


「はい。ガラハッド卿。時に昔、10年ほど前、エーレ村に魔物の大量発生が起きた際に私の父と閣下が意見の違いでぶつかったと伺っております」


 エルは答えた。

 彼女の家でも話題になったことがある。

 父からはだいぶ、こちらよりの解釈で伝えられていることは伏せ、ロデリッツ公とガラハッド辺境伯の中立の意見で公正な立場になるように気を配る。


「そうだ。村の救助に私の騎士団とロデリッツ公の私兵で向かったのだ」


 ガラハッド辺境伯の話では、村の魔物を一刻も早く退治しようと主張するガラハッド辺境伯と、村人の避難を優先すべきだと主張するロデリッツ公で揉めたらしい。

 仲違いを起こした二人の貴族は、それぞれ討伐と避難に力を裂いたので、村人の避難が遅れ魔物の進軍も食い止めることも苦戦したそうだ。


「村人の犠牲も出てしまった。私の判断は間違っていたのだろうか?」


 食後の酒のグラスを傾けながら、辺境伯は問いかける。

 エルには魔物の討伐も住民の避難もどちらも大切で、どちらも間違えているとは思えずに返答に迷って沈黙を選んだ。


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