奔走編 旅立ち③
その後、エルはしばらく街を散策していた。
日が明るいうちに旅路の準備を整えて明日の朝にはこの街を出発したかったからだ。
当初の目的であった旅用に動きやすそうな冒険者用の服を用意して、不要なドレスは手放した。
他に護身用の武器を見繕おうかと、鍛冶屋のある通りに足を踏み入れると、突然見知らぬ冒険者風の男の二人組に声をかけられる。
「なぁお嬢ちゃん、アンタが連れてる男。レオン・ヴァルターってやつじゃないかい?」
「鳶色の髪と榛色の目の長身の男。この手配書の条件とあんたの連れが一致してんだよな」
冒険者の持っている、お尋ね者が乗った紙に書かれているのはレオンの顔と名前であった。
罪状はもちろん、公爵令嬢誘拐の容疑だ。
「悪いね兄さん、その手配書には国で一番の美丈夫って書いてあるのかい?それなら俺は出頭しなくちゃいけないが、書いてないなら俺じゃないよ」
普段の礼儀正しいレオンとは、似ても似つかない口調でレオンは話し始めた。
堂々と自分の顔が描かれている手配書を覗き込んでは惚けている。
男たちもその様子に笑っているので、誤魔化しは成功しただろう。
それにピンときたエルは即興劇に乗ることにする。
「ふふん、きっとあたしが公爵令嬢に見えてしまったんだね!あたし、貴族のお姫様より美人だからね!間違えるのも仕方ない」
手配書を見比べる男たちに向かってエルはそう声を上げた。
今のエルの着古した冒険者用の服を着て、大荷物を持った姿はお世辞にも世の公爵令嬢の麗しいイメージからは遠い出立ちである。
「ジュリエット(仮名)、おまえは鏡を見たことがあるのか?麗しの公爵令嬢様はパンの食べかすを服につけたままで出歩いたりはしないぞ」
エルが即興劇に乗ったので、嬉しそうにレオンは話を繋げた。
パンの食べかすはさっきつけたものだが、公爵令嬢時代のエルならば服にはかけらなどひとつたりとも落とさないだろう。
ぱんぱんと食べカスを払いながら、レオンはあたりを伺うように目配せをする。
「なんだいロミオ(仮名)、アンタこの手配書の男の代わりに衛兵に突き出してやろうか!」
エルは『手配書の男と、目の前の男は別人である』と主張するように大きな声で劇を続けた。
「変なこと聞いて悪かったなお二人さん」
「鳶色の髪の男なんてたくさんいるからさ、間違えてすまなかったね」
男たちは痴話喧嘩を装ったふたりに苦笑すると、そそくさと逃げるように立ち去った。
周囲の人からも微笑ましいような、何とも言えないような視線は寄せられるが疑いの色は感じない。
「行こうかジュリエット」
「そうねロミオ」
騒ぎが収まると何事もなかったように周囲は元の雰囲気に戻ったので、エルとレオンは堂々とした足取りでその場を去ることにした。
「他人ならいまみたいに誤魔化せるけど、お父様の手のものなら多分家庭教師だったあなたの顔を知っているはずだわ」
「私の顔、傷でもつけてごまかしましょうか?」
髪は剃ればいいですし、と無表情で早足でとんでもない提案をするレオンにエルは首を横に振る。
「流石にそれは反対するわ。スキンヘッドの顔に傷のある男なんて、逆に目立ちそうだもの」
「それは確かにそうですね」
至極冷静なエルのコメントに、レオンは納得したようだ。
さすがに勝手にエルの知らない間に、レオンの整った顔立ちに傷が増えることはないだろうと思いたい。
「今日は野宿でいいわ、滞在するより街を出ましょうレオン」
「わかりました。野営のポイントは調べてあります」
街門まであと少しというところで、ちょうど街に入ってきた男がこちらに気づいて顔を上げた。
その男たちが着ている鎧には、ロデリッツ家の家紋が刻まれているのにエルが気づく前に、エルの父の優秀な私兵はこちらの存在を察知した。
「あいつ!レオン・ヴァルターだ!!」
私兵の数は4
逃げ切られるか考える前に、エルは元来た道を戻るように駆け出した。
「逃げるわよレオン」
「はい」
「いい?死んでもついてきなさい捕まったら許さないんだから」
「ご命令のままに」
エルはそれを皮切りに、その場から全速力で駆け出した。
鬼が鎧を着ている分、追いかけっこはエルたちが有利だ。
街の細い路地を何度も曲がって、袋小路を避けるように走って逃げる。
「待て!」
「逃さんぞ!」
「もう、しつこいわね〜!」
「抜きますか?並の私兵なら勝てますよ」
帯刀している長剣を示しながらレオンは息一つ上がってない声色で尋ねた。
公爵家に直接雇われて、幼いエルに剣術の指南もした男だ。
私兵に勝てるという言葉も、嘘には思えなかった。
「ダメよ、罪が増えるだけだわ。いざとなったら私がやるから!」
「エル様……光栄です」
走りながらそんな会話をしていると、撒いたと思っていた私兵が路地の向こうから駆けてくるのに気付いた。
挟まれないようには気をつけていたが、どうやら向こうも地の利をいかしはじめたらしい。
「まずい……どうしよう」
エルが狼狽えて足を止めた瞬間、
「おい、こっちだ!」
と上から声がかかった。
咄嗟に上を向くと、宿屋の上の部屋から顔を覗かせてこちらに人好きの笑顔を向ける青年と目が合った。
「おい、ここにこいよ匿ってやる」
「カイル……!」
今朝別れたばかりのカイル・ガラハッドとの再会は思ったよりだいぶ早かった。




