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饗宴編 ブラン商会の仕立て屋①

 





「エル様、仕立て屋の方が街にお見えになったそうです」


「ミルリーゼが言っていたパーティーのドレスをお願いするブラン商会の仕立て屋だっけ?」


「はい、それで採寸をするから店舗に来て欲しいと連絡がありました。それで、もしお時間がありましたら一緒に来ていただけませんか?」


 仲間内論争が勃発して数日が経ったある日の昼下がりにレオンから課された日課の素振りをしているエルに、セラフィナが声をかけた。


「いいわよ、あと30回待ってね」


「ありがとうございます、エル様」


 エルとレオンの「王宮に行く」「行かせない」問題は、決着がつかないまましばし膠着状態となっている。




「………ってことで行ってくるけど」


「どうぞ、ご自由に」


 お互いに絶対に譲れないため、ここ数日のエルとレオンは冷戦のような空気になっていた。

 会話を交わしただけで空気がピリッとするのだ。


「エルもレオンも喧嘩は良くないって」


「カイル……何を勘違いしているの?子供じゃあるまいし喧嘩なんてしていないわ」


「その通り、私がエル様と喧嘩などするはずがない」


「いや!してるだろ!!なんだよこの空気のピリピリ感!!」


 カイルが仲裁しようにもこの様子なので、冷戦状態は数日続いているのだ。流石にそろそろやめて欲しいとカイルは思っている。




「……カイル様、わたくしエル様を説得してみます」


「じゃあレオンはオレだな……自信ないけど頑張ってみる」


 背中を向けあって会話をしない二人を見ながらカイルとセラフィナは小声で会話をした。


「わたくしも頑張りますね」


 セラフィナは手をカイルの耳元に当てて囁く。

 彼女が近寄ると花のようないい匂いがするので、カイルは内心胸の高鳴りを感じた。ガラハッド邸の同じ洗剤で自分の服と一緒に洗濯しているはずなのにすごく不思議だった。


「エルもレオンも頭固いからな……でもセラフィナ、エルの話を全肯定するだけじゃダメだぜ。正直レオンの話だって間違ってはいないんだ」


「エル様も正しいですわ、間違ってなんておられません」


「(あ………ダメそう)」


 カイルは献身的なシスターの相変わらずの全肯定っぷりに冷や汗を流す。


「あのさ、セラフィナなんでもかんでも肯定するのは友達としてダメだぞ?間違っていると思ったら指摘してやるのが本当の友達なんだ」


 カイルは自分の経験則に則ったアドバイスをした。

 彼は王太子アルフォンスの友として彼の横暴を許してしまった過去がある。

 同じようなやらかしは彼女たちにはさせたくないのだ。


「あんたはたまにエルに意見するけど基本的に全肯定だから少し心配でさ……もう少し自分の意見を……」


「カイル様、お待ちを」


「?」


 控えめな彼女にしては珍しく、セラフィナがカイルの話を遮った。


「認識が間違っておられます。わたくしとエル様はお友達ではございませんわ」


「えっ!?」


「わたくしはエル様の光となる導き手として動いているつもりです。エル様のお友達だなんて思い上がったことは一切ございません」


 セラフィナの衝撃発言にカイルは言葉を失った。

 部屋の奥で無言でレオンと意識し合ってるエルに聞こえていないか確認してから、さらに声のトーンを落とす。


「セラフィナ、今の台詞はとりあえずオレだけが聞いたことにするからさ……エルには絶対に言うなよ」


「何故です?」


「何故ってエルが傷つくからだよ!あんたがそういう考えでもエルは多分あんたを一番信用してて、あんたをいちばんの友達だと思ってるよ」


 カイルは旅の光景を思い出す。

 エルがどれだけセラフィナを大切にしていたのかを。


 エルとミルリーゼも十分仲が良く、本人たちも『親友』と認めていたがカイルから見たら付き合いの長さの差か、セラフィナ本人の我欲のない善性からか、エルはセラフィナの方により心を開いているように見える。


「オレの話なんだけどさ、オレ…子供の頃は親父の騎士団の連中を友達だと思ってたけど、騎士団の連中からみたらオレは“団長の息子”なんだよ。だから友情はオレが勝手に思ってただけってことがあったんだ」


「………」


 カイルの顔をセラフィナは無言で見た。

 おとなしい彼女は、先ほどのように話を遮ったりはしなかった。


「たぶんセラフィナとエルもそう言うもんなんだと思う。でもさ、オレ側はやっぱりちょっと悲しいわけよ」


 己の過去に想いを馳せながら、カイルは隣で真剣な眼差しでこちらをみるシスターの青藍の瞳に語りかける。


「だからさ、あんたがエルのことを大切に思うなら今の発言は取り消してくれないか?頼むよ」


「…………」


 考え込むセラフィナ。

 その目は献身と友情の狭間で悩んでいる様子だ。


「……エル様のお友達は、カイル様とミルリーゼ様の役目だと思っておりました」


「友達なんて何人いたっていいんだぜ……なぁ、念の為聞くけどオレとあんたの関係ってなんだ?」


「…………わたくしとカイル様……旅の仲間でしょうか?」


 カイルの問いかけにセラフィナは少し考えてから穏やかに答えた。


「赤の他人とか言われなくてよかったよ。でもそれじゃちょっとさみしいし、今日からオレのことも友達だと思ってくれよ」


 カイルは年相応な表情で笑った。

 彼なりに張り詰めていた何かが解けたような表情だ。対するセラフィナも穏やかな様子で受け答える。


「……わかりました、ではカイル様。お友達として改めてよろしくお願いしますね?」


「おう……よろしくな!」


 イヤです。とかきっぱり言い出されなくて本当によかったとカイルは安堵する。


 カイルは先ほどのセラフィナの『友達ではない』発言を公私混同しない立派な大人だったと思うことにした。


 友達のふりをして陰で悪意を向けたり、友達だからと明らかにおかしい友人を諌めずにいる関係よりは友達ではないと言い切りつつも、心から尽くすセラフィナの方がまだ真っ当だとも思えた。


「(まぁセラフィナって宗教家だしちょっと浮世離れしてるとこあるもんな……)」


 突飛なことを言い出した彼女には驚いたが、少し前までセラフィナは山の中の修道院という隔離された世界で暮らしていたのだ、カイルと認識が違うのも仕方ないのかもしれない。


「……カイル様はお優しいのですね」


 セラフィナが呟いた。

 その視線が一瞬、同じ部屋にいるレオンに向けられた気がした。


「そうか?普通だよ。オレから言わせてもらえばセラフィナの方が優しいよ」


「……ふふ、とてもお優しいです。含みがあるように聞こえてしまったらすみません」


「?」


 言葉の意図とレオンに一瞬向けた視線の意味がわからずにカイルは純粋な目で首を傾げた。







 ブラン商会、辺境支店



「はーい、こんにちは!ウチはメイスと言います。お嬢さんがお世話になりましたー!」


 ミルリーゼの店には明るい印象の女性が、エルたちを待っていた。

 隣では彼女を迎えに王都まで行っていたロッドの姿もある。一ヶ月ぶりくらいだろうか?ようやく辺境まで戻ってきたようだ。


「エル、彼女がうちの仕立て屋だよ。ロッドの姉なんだ」


「メイスさんですね。初めましてエルと申します。そして私の隣にいるのがセラフィナ。この度はどうぞよろしくお願いします」


「あら〜、エルちゃんもセラフィナちゃんもとっても美人さんやね。ウチにまかしといて!綺麗なドレス仕立ててやりますわ〜」


「メイスは腕のいい仕立て屋だから安心して!」


 エルは王都ではあまり聞かない独特の話し言葉で話すメイスに少し圧倒されながらも、その溌剌とした眼差しに仕事人として信頼できそうという印象を持つ。


「エルさんご無沙汰してます。姉ともども今後ともご贔屓に」


「ロッドさん、王都までお疲れ様でした。大雪だから大変だったでしょう」


「とんでもないミルリーゼさまのお世話から解放されてここ数週間は胃が平穏でした」


「おい!ロッド聞こえてるからな!あまり僕を怒らせるんじゃねぇぞ!!」


 青年の安らかな顔にミルリーゼは檄を飛ばす。

 ここ数日は彼女は子供のような話し方をしていたが、ロッドの前の彼女は以前の荒い口調に戻っている。おそらくだがこの口調が彼女がいちばん話しやすい話し方なのかもしれない。


「(もしかして私が年上と話してるみたいって言ったから、気を使わせたのかしら?)」


「ロッド!もぉミルリーゼさまにそうやっていけず口言って……旦那様にお願いしてウチをお世話係に変えてもらってほしいわ本当……」


「本当だよ。パパは絶対メイスを僕のお世話係にしないよね。僕メイス大好きなのに」


 メイスの腰に抱きつきながらミルリーゼが甘え声を出した。


「ウチもミルリーゼさま大好きやで、ミルリーゼさまが世界でいちばん可愛いお嬢様や」


「メイスはさすがわかってる。違いのわかる女!最高!今夜は寝かせないぜ?」


「あかんわ嫁に行き遅れてまうわ……でも後悔はあらへん」


「………」


「姉さんはミルリーゼさまをめちゃくちゃ甘やかすので旦那様から絶対お世話係にさせないって厳命されてるんです。ミルリーゼさまに甘い旦那様ですら軽く引くくらいに甘やかすんです。……ちょっとついていけないって思ったらスルーしてあげてください」


 本気なのか冗談なのかわからない二人のやりとりを見ながらエルは困惑した。隣にいるセラフィナも同様で、慣れた様子で胃薬を飲みながらロッドは疲れたように呟いた。


カイルくんは仲間内随一の良心です。

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