饗宴編【リリィ視点①】
「こんにちはリリィ、散歩かい?」
「ヴィンセント様……」
姿の見えないソフィの姿を探して、あたしはお城の中を歩いていたら庭園で声をかけられた。
そこに立っていたのはヴィンセント様とヴィンセント様のお兄様かしら?とても良く似た雰囲気の少し年上の印象の男性とお話しされていたみたい。
「こ、こんにちは」
「こんにちはリリエッタ嬢、ご機嫌麗しゅう」
とりあえず頭を下げてヴィンセント様のお兄様(?)に挨拶をすると、微笑んで返してくれる。
とっても優しそうで、甘いマスクが素敵な方。
あたしのことも知ってたみたいでうれしいな。
もし、アルフォンス様がいなかったらちょっとタイプだったかも……
「紹介するねリリィ、父だ」
「あ、お父様だったのですね。ってお父様ーーーー!?えっ?めちゃくちゃ若くないですか!?!?」
「ははっよく驚かれるよ。ロードフリード・フォン・デュランだ。未来の王妃殿下にお会いできて光栄だよ」
えっえええ?ヴィンセント様の兄だと思っていた男性は、お父様らしい。ヴィンセント様はあたしと同い年だから、この方いったい何歳だろう!?
見た感じヴィンセント様と10歳くらいしか離れてないように見えるからすっごくビックリした。
あたしのお父様なんて、シワシワのおじさんなのに。
「それじゃ私はこの辺で失敬ヴィンス、リリエッタ嬢をしっかり支えてやれよ。私たちは王家を支えるためにいるのだからね」
「わかっていますよ父上……さてリリィ、なんだかとっても久しぶりだね。元気かい?」
「あ……はい、毎日頑張っています。ダンスの練習とか……ヴィンセント様はお変わりはありませんか?」
「ボクは変わらないよ、ところでどうしたの?ヴィンセントなんて他人行儀で」
「アルフォンス様があたしは王妃になるからもう親しくあだ名で呼ぶなって……」
近頃アルフォンス様はあたしのことを愛称で呼ばなくなった。『リリィ』とはもう読んでくださらなくて、『リリエッタ』と呼ぶようになってしまった。
あたしの本当の名前はリリィだから、それがすごく悲しくなったのは内緒。王妃様になる以上、仕方ないんだよね。
王妃であるカトリーナ様が、臣下の方を愛称で呼んでいるところなんて見たことないもの。
アルフォンスの婚約者だった時のエスメラルダ様だってそう。まぁ、あの人は友達いないから呼ぶ相手もいないか(笑)
「ボクはヴィンセントよりヴィンスの方が良い。それじゃあアルフォンスの前以外ではヴィンスって呼んでくれないかリリィ」
「……ありがとうございますヴィンス様」
ヴィンセント……ううん、ヴィンス様は優しかった。この人はいつも優しい。テオドール様やマクシミリアン様なんてあっさりあたしのリリィ呼びをやめて即切り替えたけど、ヴィンス様は違うみたい。
この国で二番目に偉い家のお生まれだからその辺も関係あるのかしらね。
……まあ、あたしは軟派な人は好きじゃないけど。
そんな和やかな会話をしていると、どこからか声が聞こえたの。女性の声が。
「あのひと、ヴィンセント様に乗り換える気なのかしら」
「恥を知らないのかしら……みっともないわね」
あたしは思わず振り返った。
遠くからメイドの人が二人、とても冷たい目でこっちを見ている。
「?」
ヴィンス様には聞こえなかったのか、不思議そうな目でこちらを見てるけどあたしには聞こえてしまった。
「ご、ごめんなさいヴィンス様、あたしいまソフィを探しているんです」
あわてて話題を変えた。
あたしの今の本来の目的だ。
「ソフィア嬢?さっきスカー夫人と歩いていたけど……そういえばレッスンはいいの?この時間はマナーのレッスンだったよね」
「今日は授業時間が変わったって連絡があったのですけど………」
少し嫌な予感がした。
マナーレッスン変更の連絡は王宮のメイドさんから連絡があったのだけど、よく考えたらあのメイドさんはいつもあたしのお世話をしてくれる人じゃなかった。
「…………」
あたしの頭から血が下りるのを感じた。
王宮庭園には豪華な噴水があるけど、そこに頭から飛び込んだみたいに頭が冷えた。
この寒気は冬とか関係ないと思う。
「あ、あああたし……ちょっと行ってきます」
「あぁ、うん。気をつけてね」
ヴィンス様に別れを告げてあたしはマナーレッスンの授業が開かれる教室へとあわてて駆け出した。
「転ばないようにね!」
後ろからヴィンス様の声がかかる。
転んでもいいからとにかく走る。マナーなんて全て忘れてダッシュしてるところをどうか王妃様に見つかりませんように!!
「大変申し訳ございません」
マナーレッスンの授業部屋にはソフィとスカー夫人はいなかったけど、違う部屋でスカー夫人に頭を下げているソフィがいた。
「あなたに謝られても意味はありません。まったく巫山戯た方ですね、やる気もなければ成果もない。あれで王妃になるなんて、その辺の街の子供の方がまだ王妃に近いですよ」
「大変申し訳ございません、リリエッタには私からきつく言いますので」
「………あなたが王妃候補だったならまだ良かったのに。まぁいいです、では私は失礼します。こんなことをしているほど私も暇ではないので。この件は王妃様に報告させていただきます」
「大変申し訳ございませんでした」
スカー夫人は頭を下げ続けるソフィを冷たく睨んでから部屋を出ていく。
あたしは通路の柱の陰で必死に気配を消した。
あわわわ……変更したのは時間じゃなくて場所だったってこと!?あたしちゃんと話を聞いてなかったみたい、ど、どうしよう。
「そ、ソフィ……」
スカー夫人の気配が消えるのを確認してからあたしは部屋の中に顔を出した。
ソフィはこちらに気づくと、がっかりしたって目をしている。
「リリィ……何をしているの?」
「えっとね、あたし勘違いしてて」
「何の勘違いをしていたの?」
「場所と時間、間違えちゃって……ごめんね?」
とりま素直に謝った。
反省はしているわ。後悔もしてる。
「……リリィふざけているの?」
うわ……やばい、ソフィすっごいキレてる。
怒りのオーラがあたしにも見える。顔は笑っているからとても怖い。
「ふざけてないよ!すこし間違えただけ」
「………あのさぁ…………………もういいや。ごめん、今日は私帰るね」
「あっ部屋に?それじゃあ一緒に帰ろ!」
「王都の家に帰ります。しばらくあなたの顔、見たくないかも」
「えっソフィ!?あたし反省しているの、見捨てないで!!」
ソフィはそう言って冷たい目で睨むとそのまま部屋を出て行った。あたしの呼びかけも無視してる。
ひどいよソフィ……わざとじゃないのに。
「ソフィ……ソフィアごめんなさい!かえらないで!!」
「………」
「ソフィ……」
最後まで呼びかけても怒っているソフィの足は止まらなかった。
何なのよ、少し間違えただけなのに!ソフィったら頭が硬すぎるわ!!
「あ〜あ、やんなっちゃう。なんなのよ、もう」
あたしはぽつんとひとり残された部屋でつぶやいた。
悪いのは全部あたしなのだけど、誰かに責任転嫁したくてたまらなかった。
学園からエスメラルダ様を追い出した時に嫌な癖がついちゃったみたい。
あの時は、悪いこと嫌なことはぜーーんぶエスメラルダ様のせいにしちゃってた。
もうあの方はいない。どこに行ってるのかもわからない。もう死んでるかもなんてアルフォンス様は冷たくおっしゃってた。死ぬとか……元婚約者だった方にどうしてそこまで冷たくできるのかしら……あの方を追い落として、次期王妃の席を奪ったのはあたしなのだけど、べつに死んで欲しいとか思ったりはしていないの。
あたしはエスメラルダ様みたいな冷たい方がアルフォンス様の婚約者だったのが許せなかっただけで……でも、最近気づいてきたの、優しい王子様だと思っていたアルフォンス様も冷たいと感じる時がわりとあることに。
「エスメラルダ様……死んでいるなんて大袈裟よね」
とぼとぼとあたしはひとりで通路を歩く。
とっても広い王宮にあたしの居場所なんてないんじゃないかと思えてきた。
王宮の豪華な色調の家具を見ただけで、さらにあたしの心はいたたまれない。
なんかすごく惨め、あたしの居場所はここじゃない気がする。
そんなことを考えていたら、少し先に見覚えのある白い髪が見えた。
ふらふらとした足取りでゆっくりと歩かれている。
あの方は確か……
「アッシュ殿下!」
「…………」
あたしの呼び方に、振り返ったのは大好きなアルフォンス様と似た雰囲気の少し年下の男の子。
「こんにちは!今日は血は吐いておられないのですね!」
「…………」
あ、ちょっと冗談きつかったかも。
アルフォンス様の弟様、アッシュ殿下はフッと冷たい目をさらに冷たくして何も見なかったふりして歩こうとしてる。
「ごめんなさい冗談です!あの、あたしの手を貸しましょうか?歩くのとても辛そうです」
「結構だ」
あらら、怒ってる?
最近の子は怒りやすくてだめね。ソフィもそうだし。
「でもアッシュ殿下、そんなペースで歩いてたら日が暮れちゃいますよ?臣下の方は?」
「私に構わないでくれ」
「もー!意地っ張り、そんなふらふらな足で何言ってるんですか、汗もかいてるし」
あたしはポケットからハンカチを取り出すと、殿下の汗を拭ってあげた。
「私に触れるな」
「えっ……」
冷たく手を払われた。
素直にかなしい。
「………頼むから私に近寄らないでくれリリエッタ嬢、私に近寄ったらロクなことにならない」
「どうして?あたしはとっくにロクなことになってないんです。授業の時間は間違えちゃうし、親友を怒らせちゃうし……だからいいんです。これ以上どうなっても、アッシュ殿下はたしか離宮にお住まいですよねお手を貸しますよ!さぁ、どうぞ」
あたしはそう言ってアッシュ殿下の腕を強引に取る。
「…………どうして」
「さぁ、いきましょうアッシュ殿下」
「………どうしてあなたは、私にかける思いやりのひとかけらもエスメラルダ嬢に向けなかったのだ」
「?、いまなにか、おっしゃいました?」
小さな声でアッシュ殿下が話した気がした。
ちょうど大きな荷台がガタガタ音を鳴らしてすれ違ったから聞こえなかったわ。
「………なんでもない、こんなところを兄上や継母上に見つかったらただじゃおかなくなる。急ごう」
「はーい」
もう王妃様には嫌われまくってるからどうでもいいけど、たしかにアルフォンス様は困るわね。
あたしは納得しながらアッシュ様がお住まいの離宮を目指して歩きはじめた。
すれ違うメイドがすごい目であたしを見てたけど気にしないわ、っていうかメイドさんたちもアッシュ殿下を助けなさいよね。
まったく優しいあたしがいてもっと感謝して欲しいくらいだわ。
彼女は今回、何度誰かの地雷を踏んだのだろう……




