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饗宴編 仲間内論争③

 




 ダンスの練習をほっぽり出して論争をしていたエル一行はガラハッド夫人のお誘いの元、昼食に招かれることとなった。


「母さんは料理を作るのが趣味みたいなところがあるから皆に食べてもらえて喜んでるんだ、だから気にすんな。昔から暇な時は騎士団に差し入れとかしてた人だし」


 母のお手伝い要請を受けて先に食堂に来たカイルは食卓に皿やカトラリーを並べながら、恐縮するセラフィナに言った。


 キッチンでは良い匂いのする煮込み料理を夫人は嬉しそうに作っている。

 野菜たくさん、というエルのリクエスト通り野菜がふんだんに使われている模様だ。


「てかエルもレオンもみんなを巻き込んで喧嘩すんなよな、結局午前中はほとんど練習にならなかったじゃん」


「お二方、どちらも真剣ですからどちらも譲れないのでしょうね」


 先ほどの二人の様子を思い出しながら、あきれたようにカイルは漏らした。

 対するセラフィナは二人の真剣な理由に一定の理解を示す。


「カイルあんたパン何個食べる?セラフィナちゃんは?あの男性の方はレオンさんと同じくらいかしら?」


 キッチンの夫人から声がかかる。

 男性というのは先ほどレオンが連れてきたオズのことだろう。彼がガラハッド家の食卓に招かれるのは今日が初めてだ。


「オレとりあえず5個、おっさんはレオンと同じでいいと思う。セラフィナは2個だっけ?」


「はい、ありがとうございます。カイル様のお母様」


「わかったわー温めとくわね」


 いつのまにか仲間の食事量を把握していることに気づいたカイルが頰を搔いた。

 彼らの付き合いは少しずつ長くなっているのだ。


「オレ……なんだかんだであんな感じで仲間とつるんでるの実はちょっと楽しくなってるんだ、旅のきっかけは最悪だけどさ……セラフィナは?」


「わたくしもとても楽しいですわ、カイル様と出会えてよかったです。これからも不束者ですがよろしくお願いしますね」


「ああ、よろしくな」


 そんなやりとりをしていると、キッチンから猛烈な視線を感じた。

 気づいたカイルが振り返ると、カイルの母が涙ぐんでエプロンの裾で涙を拭っているのだ。


「…………お母さんもカイルがセラフィナちゃんに会えてよかったと思っているの。こんなバカ息子だけどよろしくねセラフィナちゃん」


「はい、お母様」


 セラフィナは夫人の言葉に何も疑問もない目で頷くが、カイルとセラフィナの関係を両親から猛烈に勘違いされていることを唯一気づいているカイルは大量の汗を流した。


 先日父の前で、王宮の婚約パーティーの招待された際のパートナーとしてセラフィナを推薦した時からカイルの父と母はセラフィナに対して思いっきり変な勘違いをしているのだ。

 否定をしたら、最低の場所に妹を連れて行くという最悪な結末を迎えることになるカイルはひたすらにこの状況に耐えるしかなかった。


「(……ごめんセラフィナ、パーティーが終わったら絶対……誤解解くから)」


 天然なのかセラフィナが親の言葉を良いように解釈して勘違いされていることに気づかないことだけがカイルにとって唯一の救いであった。






「奥様、いつもありがとうございます」


 食卓についたエルが、仲間たちに温めたパンを給仕するガラハッド夫人に礼を言った。


「いやーマダム、俺までご馳走になっちゃってすみません。俺はエル様の専属の魔法使いとして働かせていただいております。勤務の関係で名前を名乗れませんがオズとお呼びください」


「(この男はペラペラと真顔で調子のいいこと言いやがって……)」


 普段は胡散臭い魔法使いは、誠実そうな壮年の顔をしてガラハッド夫人に挨拶をした。

 なまじ嘘ではないのがタチが悪いとレオンは思った。


「オズさんね、あなたのような大人がカイルに付き添ってもらえて安心だわ。食事のことは遠慮しないで良いのよ、どうぞよろしくね」


 普通の服を着て無精髭を剃っているオズは、とりあえず胡散臭さはいつもよりも感じないのでガラハッド夫人は、家に訪れた魔法使いに特に警戒もなく挨拶をした。


「母さん、ベティは?」


「約束があるって外に行っているわ、友達と遊んでいるんじゃないかしら?」


 姿の見えないカイルの妹は外出中のようだ、先の滞在中にエリザベートがオズを見て警戒心むき出しだったことを思い出したエルは、少しだけ安堵した。


「(安心しちゃうのはオズに失礼だけど、貴族令嬢として見ず知らずの男性に警戒するのは普通のことだしね。むしろミルリーゼが懐くのが普通じゃないのよ)」


 あっさりとオズに店舗の部屋を貸して、一つ屋根の下で平然と暮らすミルリーゼをちらりとみる。

 野菜の煮込んだ鍋を警戒して渋い顔をしているが、エルとしては野菜よりオズに警戒してもらいたい。

 オズは当初の印象よりは真っ当な感性の持ち主だし、頼りにならないわけではないがそれでも赤の他人の成人男性と未成年の少女がふたりきりは世間体的にとてもよくないとエルは思っている。


「(私がおかしいのかしら、なんだかよくわからなくなってきたわ……)」


「夫人、エル様のパンは倍の量でお願いします」


 悩んでいるエルの横で、さらっとレオンが言い出した。


「ちょっと!さっきの続きのつもり?嫌がらせに食事を使うだなんて品性としてどうかと思うわ」


「いえ、これは戦術家庭教師としての発言です。体力向上のためにエル様の食事量を増やしていただこうかと」


 エルの皿の上にはパンが一つ乗っている。

 少食な彼女にとってはこれが適量なのだ。


「無理よ。残してしまうから私は一つで十分なの。奥様、レオンの話は聞かないでください」


 野菜煮込みを運ぶ夫人に声をかけパンの増加を阻止するエル、ガラハッド夫人は気に留めた様子もなく「あらあら」と微笑ましそうに彼女の呼びかけに対応した。


「エル様……」


 やりとりを隣から聞いていたセラフィナは自分の皿からひとつパンを手にすると、そのままエルの皿の上に乗せた。


「セラフィナ!?」


 陣営戦での一番の味方と思っていた彼女の反逆行為にエルは目を見開き、レオンもエル陣営で一番の強敵と思っているセラフィナの行為に感心したように目を開いた。


「わたくしもエル様のお身体が心配です。先日お風呂にご一緒した時も、思った以上にお痩せになっていて……なのでわたくしの分のパンをお召し上がりくださいね」


「お姉ちゃんには僕のやつをあげるから大丈夫だよ」


 そういって超絶な偏食で、パンも好き嫌いに含まれるミルリーゼが自分の皿に一つしか乗ってないパンをさらっとセラフィナの皿に移す。


「はいはい、ミルリーゼちゃんはオジさんのやつね。半分なら食べられる?」


「いらない」


「いらないじゃないよミルリーゼちゃん、半分でいいから食べなさいよ。おまえさん朝もお菓子しか摘んでなかったでしょ」


 オズが自分の皿のパンを割いてミルリーゼの皿の上に乗せた。どことなくその口ぶりが父親のようにも見え、小柄なミルリーゼは18歳という実年齢より幼く見えるので実際そう認識しても違和感はなかった。


「おまえさぁ、そんなきっつい偏食で、おまえの家では何食っていたんだ?おまえの親は何も言わないの?」


 既に2個目のパンを頬張りつつ、湯気の立つ野菜煮込みをかき込みながらながらカイルが尋ねる。


「僕のママは毎日ケーキを焼いてくれていたよ」


「………ケーキの他は?」


「クッキーや甘いキッシュも作ってくれるよ。ママは貴族の女の子は甘いものを食べるっていう信念のもとに生きてるから」


「……すごいお母様ね」


 エルはミルリーゼから語られた、彼女の母親の信念にぞっとしながらパンをちぎり口にした。

 彼女のものすごい偏食は、彼女だけが原因じゃなさそうな気もした。


「ミルリーゼ嬢、お前の家は子爵家だったな。おまえの母親の歪んだ貴族観はどこからきているんだ?」


 毎日ケーキ、クッキーやキッシュというスイーツが並ぶ食卓を想像して呆れながらレオンが尋ねる。


「そうだよ、ブラン子爵家。でもママは平民の生まれだから貴族のことはよくわからないみたい。おかしいのかな?」


「他人の親にこんなこと言うのも失礼だけど、ちょっと変わっているわね」


 本当はかなり変わっていると言いたいのを堪え、エルは静かに控えめに肯定した。


「そっか……ママはとっても優しいんだけどね」


「ミルリーゼ様のお母様はどのような方なのですか?」


 セラフィナの質問にミルリーゼはオズからもらった半分のパンを更にちぎりながら答える。


「ママは僕より小さいよ」


「えっ、おまえより!?」


 カイルの妹より小柄なミルリーゼより、さらに小さいと聞いてカイルは素直に驚く。


「僕はパパに似て大きいって褒めてくれるよ」


「ミルリーゼ、もうツッコミが追いつかないからとりあえずパンをちぎるのやめて食べなさい」


 ちぎってばかりで一行に口をつけないミルリーゼをエルが嗜めた。ただでさえ小さかった半分のパンは更に細かくなっている。


「おじさん、はいあーん」


「そういうサービスはもっとミルリーゼちゃんが爆イケの超絶美女になってからで頼むよ」


「お兄ちゃん、はいあーん」


「……おまえは俺にぶん殴られたいのか?」


 レオンは冷めた目でミルリーゼを見返した。

 本当に懲りない女だと、レオンの目は言葉がなくともそう語っていた。


「エル〜、お兄ちゃんが僕を殴ろうとするよ」


「……さすがにあなたに非があるから、私としてはノーコメント」


「レオン、おまえさんちょっと開き直っているだろ。女の子に手を上げるのは流石にダメだかんな」


 先日のセラフィナへの暴力疑惑の席にいたオズが、呆れたようにコメントする。

 それを聞いて、やはりオズは感性が真っ当だとエルは改めて思った。


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