饗宴編 セラフィナの秘密②
「わたくしの家、リュミエール家は建国の聖女、ルチーア・リュミエールの血を引きます」
「えっ……建国の聖女様って名字あったの?」
「はい。ただし平民であるリュミエール家が権力闘争に巻き込まれることを忌避した教会上層部によって隠してあります。ルチーア様のことは一部の貴族と教会上層部しか知りません」
エルが初耳情報だ、それこそ王国貴族では王族クラスの者しか知らない事実だろう。
「セラフィナって聖女様なの?」
「いえ……」
エルの問いかけにセラフィナは言葉を濁した。
気まずさを表すように、目を伏せて少し俯く。
「……わたくしはただの特殊な家系のシスターです、決して聖女ではございません」
「わかったわ、複雑なのね」
言葉のどこかに哀愁を感じる。
本来ならあまり触れたくない話題なのだろうか?
エルはそう思い、これ以上追求するのは控えた。
「まずはわたくし、隠し事をしていたことを謝らなくてはなりません」
「………」
清廉潔白という言葉が何よりも似合うセラフィナから『隠し事』という異質な言葉が出てエルの胸がどきりとした。何となく戸惑いを隠すように、湯船の中に顔を沈める。目線を下げたせいでセラフィナの豊満な胸元が眼前に広がって目のやりどころに困ったエルは慌てて目を逸らした。
「あの、実はとても恥ずかしいのですがわたくしには生まれつきの特殊な能力があるのです」
「……もしかして、それがあなたの戦う力の源?」
優雅で穏やかな出立ちに似合わずセラフィナは力が強い。これまで何度でも彼女は、エルたちの敵となるものを殴り倒してきた。
だが、その恵まれた力は決して自ら望んで振るうことは決してなく、その戦闘力は必要な時に発揮されていたからエルとしてはそこまで恐縮する意味がわからなかった。
「いえ、わたくしの戦う力は修行で身につけましたわ。母に鍛えていただきました」
「……あ、はい」
セラフィナは手を握ると、覚悟を決めた面持ちで語り始める。
「わたくし実は生まれ持っての特殊能力で、人を少し魅了してしまうのです」
「………」
エルはその言葉を聞いた途端、複数のことに納得した。
セラフィナがずっと隠していた理由、言いにくそうにしている理由。
「………そうだったの」
記憶が蘇る。初めて山の修道院で出会った時、狼退治を四人で行った時、エルは何となく出会ったばかりのセラフィナに好意を抱いてしまった。
人に裏切られたばかりで、他人なんて信じたくないと決め打っていたのに何故か彼女は味方にしたい。そばにいて欲しいと不思議な感情が湧いて彼女を誘い、山の修道院から連れ出してしまったのだ。
「(セラフィナの能力のせいだったのね……)」
天井から落ちた冷たい水がぽとりとエルの顔に当たり、涙のように流れた。
「……黙っていて申し訳ございません、いままで何度もご迷惑をおかけしました」
旅の途中、思い返せばセラフィナはよく男性に絡まれていた気がする。修道院に来た冒険者だってそうだ。恥ずかしげもなく夜の誘いをした冒険者を、エルは下品なクズだと見下したがセラフィナの能力に誘惑されたせいだろうか。
そういえばオズも出会ったばかりの頃はしょっちゅう『デートしよう』とセラフィナを口説いていた。
「……いや、オズはただの軽口な気もする」
「オズ様は魔力をお持ちですわ。おそらくわたくし程度のギフトの影響は皆無です」
「あら魔力があるとギフトの影響は受けないのね。……よかった、じゃあ私が初めてあなたに出会った時、あなたのことを気に入ったのは能力の影響のせいではないのね」
「気に入っていただけたのですか?」
「ええ、前も言ったけど何故かあなたにそばにいて欲しくなったの。素敵なシスターさんに一目惚れしちゃったのかしら」
エルが悪戯っぽく笑うと、ずっと緊張した顔のセラフィナも張り詰めていたものが解けたように柔らかく微笑んだ。
「魅了と言っても基本的にはそこまで強い影響のものではございません。何となく気に入ってもらえる程度です」
「そうねミルリーゼも会ったばかりのあなたに懐くのが異様に早かったし、他の皆もあなたにはあたりが柔らかいものね……でも、それはあなたが親切で優しいからってことも大きいと思うわ。決して能力だけが原因ではないと思うの」
「エル様……」
エルの言葉にセラフィナは目を潤ませると、心から嬉しそうな表情を浮かべた。ずっと他人を魅了してしまう自分の能力に後ろめたさを感じていたのかもしれない。
「それにあなたは美人だもの、美しい女性にあえて冷たくしようとする男なんていないと思うわ」
「エル様もお美しいですわ」
「ふふっありがとう、私たちタイプが違うからお互い被らないし、お互いにもっと美を極めましょう」
エルが気の強い印象の気高さのある美人なら、セラフィナはか弱い印象の儚げな美人だ。
彼女の美しさも、もしかしたら魅了ギフトの影響もあるのだろうがセラフィナの穏やかで気品のある立ち振る舞いなどの内面から培ったものにも感じる。
「わたくしは幼い頃からリュミエールの娘として約束された魅了ギフトを撤退して律してきました。同じギフトを持つ母から、髪を伸ばすこと、笑うことを禁じられ、化粧も許されず、服も教会から支給された修道着のみ袖を通すことを許されました」
「えっ、なにそれ酷い!」
セラフィナが以前ミルリーゼの店にエルと行った時、『この修道着以外持っていない』と語っていたことが頭に浮かんだ。
ルチーア教会の清貧さからだと勝手に解釈していたが、そんな事情だなんて知らなかった。
「仕方のない事なのです。わたくしは王都におりましたので、もし万が一よこしまな気持ちの貴族に目をつけられて……間違いが起こりリュミエールの聖女の血を知らない家に混ぜてしまうような事が起きないように、徹底して美しさとは無縁の世界にいるようにしたのです」
セラフィナは美しい顔で微笑む。
湯上がりで熱った頬が、くらくらするくらいに色っぽかった。
「わたくしだけではございません、これがリュミエール家の女に生まれた宿命だと母は言っていました。仕方ないのです、間違いが起きてからでは遅いのです」
「…………」
「三年前の冬の日、わたくしはエル様に会いました。あなたに会って、美しいあなたに助けられて、その時、母の指導と修行に疲れ切ったわたくしは吹っ切れて家を飛び出したのです」
「それで山の修道院にいたの?」
「はい。そこでわたくしは髪を短く刈り上げるのをやめました。同僚のシスターたちから化粧を習って、孤児院の子供達と過ごすうちに笑い方は自然と覚えましたわ。どなたも優しくて、あの場所はわたくしにとって安らぎの場所でした。なぜ、もっとはやくこうしなかったのだろうと思えたくらいに」
セラフィナの語る過去の彼女の姿は随分と今の彼女と違う姿だ。修道院の再会の時に気づけなかったのは絶対にそれが原因だとエルは悟った。
「………そんな大切な場所だったのね」
だから彼女は、あの夜にたった一人で修道院の脅威となる魔物を倒しに行こうとしたのだ。
彼女にはそれができるだけの力もあるのだ。
その場所から連れ出してしまったエルの誘いは、はたして正しかったのだろうか。
「わたくし、いまがとっても満たされておりますわ。わたくしを真っ暗な日々から抜け出すきっかけをくださったエル様のお役に立てるんですもの」
「セラフィナ……」
「これがわたくしの昔話です。お話を聞いてくださりありがとうございます」
セラフィナはそう言って丁寧に礼をした。
「聞かせてくれてありがとう、話を聞いてあなたのことがますます好きになったわ。頑張っていたのね、これからはたくさんおしゃれして綺麗な服を着ていいのよ。安心して、変な男がいたら私がぶん殴ってあげるから」
「まぁ……では、エル様に近づく不埒な輩はわたくしが成敗いたしますわ」
セラフィナの鉄拳の威力を知っているエルは、意気込む彼女に苦笑した。
「……死人が出そうだからほどほどにね。ふぅ、長湯しちゃったから私はそろそろ出ようかな」
話を終えてエルは体を洗おうと、入っていた湯船から出ようとする。
「エル様、まだお話ししたいことはたくさんあります、また次の機会があったらお話ししましょうね」
「ええ勿論。裸の付き合いも悪くないわね」
「ふふっ、ではお背中流しますわね」
セラフィナも上がるのだろう。湯船から出ようと立ち上がる。その際に湯船の中から現れた彼女の恵まれた美しい体つきをみてエルは目を逸らした。
程よく肉のついた柔らかい体に、エルとは比べるほどもない大きな胸元。
エルは内心思った。
「(セラフィナがモテるのはギフトだけでは絶対にないわ)」
そう一人思うエルの背中をそっと、
いままでの朗らかな感情とは違う青藍の瞳が静かに見つめていることに残念ながらエルは気づかなかった。
セラフィナさんの特殊能力はレオン先生が一番わかりやすいと思います。(※先日までは)
セラフィナさんに対する態度が素の時でも比較的柔らかいです。(※先日までは)




