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饗宴編 セラフィナの秘密①

※温泉回です

 




「くぅぅぅ!いたいぃ!」


 ガラハッド邸、大浴場。


 質実剛健なガラハッド邸で唯一ここだけは、とても豪華な造りになっている。


 白い大理石の清潔な浴場、複数人が余裕で入れる広い浴槽からは常に温かな大量のお湯が溢れていて、そのお湯からはほんのりと硫黄の香りがした。


 おそらく近くに火山があり、そこから湧き出ている温泉を引いているのだろう。


 ガラハッド家の屋敷には男女別に同じサイズの大浴場があるのだ。

 ガラハッド辺境伯は、必要以上の財を求めず使用人も最低限で伯爵夫人が自分で家事をする程度に質素な暮らしを営む印象だが温泉だけは別なのだろう。


 温かな癒しを与えてくれるこの場所は、清潔好きなエルはとても気に入った。

 そのお湯に浸かりながらエルは昼間の訓練の成果に涙を流していた。


 全身が筋肉痛でいまだに上手く歩く事ができないし、手は豆ができた上に潰れてしまってお湯がとても沁みるのだ。


「セラフィナに癒して貰えば治るけど、レオンが手の皮を厚くする為に治癒を使うなって言ってたもの……我慢するしかなさそうね」


 真っ赤になった手を見ながらエルは一人ぼやいた。


 そのレオンは「急用ができた」と言って、ガラハッド騎士団の本部からどこかに行ってしまったし、一緒に来ていたセラフィナも行方不明だ。

 探そうとしたエルをレオンはなぜか必死に止めて先に屋敷に戻らせたのだ。


「レオンったら、何かあったなら教えてくれてもいいのに……」


 不満気に呟きながら温かなお湯に浸かった。

 心地よい適温の温泉は何時間でもゆっくりと入れそうだ。





「エル様」


 訓練の疲れからうっかり浴槽の中で微睡んでいたエルの頭に聞き覚えのある穏やかな優しい声が降り注いだ。


「セラフィナ!?おかえり、帰ってきていたの?」


「はい、先ほど戻りました。ご一緒してもよろしいでしょうか?」


 セラフィナは長い髪を纏めて、入浴スタイルで佇んでいる。先客エルがいたのは予想外だったのだろう。


「勿論いいわよ。背中、洗ってあげましょうか?」


「うふふ光栄ですわ、では……失礼しますね」


 セラフィナは丁寧に掛け湯をしてから、ゆっくりと浴槽に身体を入れる。

 ジロジロ見るのは失礼だと分かっていても、自分にはないセラフィナの女性らしい柔らかそうな身体に目が行ってしまい慌てて目を背けた。


「……エル様?」


「ねぇ、騎士団で何をしていたの?レオンには会えたかしら?」


 不思議そうに首を傾げるセラフィナに気まずさから、強引に話題を出した。


「はい。少しお話をしていたのでこちらに戻るのが遅くなってしまいました。申し訳ございません」


「二人で話をしていたの?」


 レオンとセラフィナは、旅の途中でも特に衝突している印象はないが、共通の話題がある感じもしなかったのでどんな話をしているのか少し興味が湧いた。

 レオンとミルリーゼだったら、二人で仲が良さそうに漫才のようなやり取りをよくしているので見慣れているのだが。


「はい…………ダンスのことなどを尋ねられました」


 パーティーに招かれたカイルとパートナーとなったセラフィナは絶賛ダンスの練習中だ。

 逃走中のエルたちが世話になり多大な恩のあるこのガラハッド辺境領の運命が彼らにかかっていると言っても過言ではないのだ。


 ガラハッド辺境伯にいろいろと縁があるレオンが気になっているのも納得である。


「セラフィナはこの短期間で未経験からと考えたらかなり頑張っていると思うわ。たまにテンポがズレるけど」


「お恥ずかしいです……もっと頑張りますね」


「えぇ、あなたはもっと上手になると思うわ。自信を持ってね……カイルは、明日からもっとビシバシ鍛えないとあと二ヶ月でどこまでいけるかしら」


「うふふ……」


 ダンス講師役を立候補したエルは楽しそうに燃えていた。その横顔を愛おしそうに慈愛深い瞳で見つめながらセラフィナは微笑む。



「私の顔、何かついてる?」


「いいえ、とっても素敵なお顔です」


「ありがとう、セラフィナもとっても綺麗よ」


 女同士、風呂場で裸で何を言っているんだとエルは若干の気恥ずかしさを誤魔化しながらあたたかな湯に肩まで身体を沈めた。

 セラフィナが基本的に自分のことは全肯定するのは気づいていたが、ストレートに褒められると賞賛の言葉に慣れているエルでも反応に困る時がある。




「エル様、本日はお疲れ様でした。最後まで見届けることができず申し訳ございません」


 本日の剣術授業をセラフィナが労う。


「レオン怖かったでしょう?先生の時はとっても厳しい人なの」


「はい……でもエル様のことを思うが故の言動なのはわかっておりますわ」


「本当?よかった、レオンがあなたに誤解されるのは胸が痛いって言っていたの」


 エルはホッとした様子で安堵の息をついた。


「あの、エル様……どうして突然剣術の授業を受けたのですか?」


「私も強くなりたくなったの、いつまでもあなたやレオンに守ってもらってばかりじゃいけないって」


「お考えは立派ですが、わたくしもレオン様もあなた様をお守りすることに何の不満もございませんわ」


「私が不満なの。中途半端な戦力なんて言われたくない。私だって戦うわ、守ってもらってばかりなんてイヤ」


 中途半端な戦力は、旧都にてミルリーゼに言われた言葉だ。ミルリーゼ自体に恨みはないが、ずっと胸に引っかかっている。


 当の言った本人は、自分に戦闘力がないことはしっかりと認めて特に武器を持つこともなく割り切っている。

 旧都からの旅路で魔物が出た時は、即座に荷物の影に隠れて小さくなりエルの仲間が魔物を倒すまで大人しくしているくらいだった。


 エルにはそんなミルリーゼのように、あっさりと無力な自分と割り切る事はどうしてもできない。


「ミルリーゼのことも私が守らなきゃ、あの子に戦う力はないもの」


 エルの後を妹のように慕ってついてくる小柄で元気な少女。

 ちょっと言葉が強くて、わがままと感じる時もあるけれど彼女は大切な仲間でエルに親友になりたいと言ってくれた存在だ。


「ミルリーゼ様もきっとお喜びになりますわ」


 セラフィナの脳裏に先ほどのミルリーゼ本人とのやりとりがよぎる。


 ミルリーゼは確かに武器を持たないし、セラフィナのように格闘や治癒魔法の技能を持っているわけでもない。

 だが彼女は知識と情報を武器に、エルのために役に立とうと奮闘している。全ての情報を取捨選択して、教えるべき相手も見極める優秀な情報屋だ。


 お互いに知らぬうちにお互いを思い、助け合おうとする少女の友情に尊さを感じたセラフィナはただ静かに言葉なく微笑んだ。




「……エル様、少しわたくしのお話を聞いていただけませんか?」


 ゆっくりとエルが佇む隣にセラフィナが移動した。

 お湯に浸かった影響か彼女の白い頬が赤らんでいる。

 大切な仲間に失礼な感想かもしれないが、同性のエルから見ても少し色っぽい感じがして胸がドキドキした。


「えぇ、せっかくの裸の付き合いだしね。ゆっくりお話ししましょう。何の話かしら」


「……そうですね。すこしばかりわたくしの昔話を」


 そう言って熱った耳に髪をかき上げるセラフィナを見て、


(やっぱり色気あるな……)


 とエルは思った。


 スマートな体型故にあきらかに存在する自分との肉付きの格差に少しだけ悲しみを覚えた。


エル様はスマートなモデル体型をイメージしております。セラフィナさんはやわらかい感じ。

しかし鉄拳シスターなので筋肉はバキバキについている

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