学者
森林公園に追加されたステージと外部映像。
調整ができるようだったので夜間限定で、カメラの拾った星空を森林公園の上空に投影してもらう事にした。
しかもただ映すだけでなく、実際の東西南北にこの空間のそれを合わせるという徹底ぶりで。
「本物の夜空だ」
「きれい」
「おー」
「うむ、まっとうな技術の使い方だな」
「え、そうなの?」
てっきりテクノロジーの無駄遣いと言われるかと思ったんだが?
思わずリンにたずねてしまった。
「それは風景など何の役にもたたないという価値観による考え方だろう?
だがそれは早計というものだ」
「そうなの?」
「うむ」
リンは大きくうなずいた。
「音楽や絵画がそうであるように、風景もひとの心に訴える力をもつだろう?
それはつまり、なんらかの効能があるという事さ。
影響を与えられるのなら当然、使いみちもある。
それを無益などと言い切れるのは、そいつは何もわかってないって証明でしかあるまいよ」
「……」
「正直に言わせてもらえれば。
そういう短絡的に有益無益を決めてしまう考え方は、余裕のない社会を生み出すのでオススメしかねるね」
「……耳が痛いね」
まさに日本は、そんな社会に突入しつつあった。
即物的に金にならないものには出資できない、そんな社会に。
実に耳の痛い話だった。
夜空を見上げての楽しいキャンプの翌朝。
ちょっと飲みすぎた重い頭で軽くシャワーをあびた。
夜中に何をしていたのか汚れてたアイリスとムギを温泉にいかせた。
で、先にシャワーしたらしいリンの手を借りて二人で片付け。
「悪いな、調査の仕事があるだろうに」
「問題ない、調査は片手間でする事になっているのでな」
「そうか」
少し考えて、俺はふと思った事を聞いてみた。
「カジヤン族の村について聞いていいか?」
「あまり情報はないぞ。
わたし自身はもちろん、姉さまも一度行った事があるきりだからな」
「頼む」
なにせ本当に情報がない。
アイリスの持っていたマザーの情報でも、湿地帯でまったりする彼らの映像しかなかった。
「といっても、本当にまったり暮らしているだけらしいんだがな……」
「産業はないといっても衣食住は必要だよな?
どんな家に住んでる?
湿地帯だと何を食べてるんだ?」
「そういうレベルなら少しはお役に立てるかな」
ふむ、とリンはうなずいた。
「カジヤ芋という特産の芋があるんだ。
イモ類としては二級品のうえ湿地帯でしか育たないので外にはあまり売れないが、彼らの老廃物を含んだ湿地帯では実によく育つんだよ。
それも、居ながらにして食を満たすだけの量がね」
「芋か……それが主食?」
「そうだ」
リンはまるで、俺から何かを見極めようとするかのようだった。
ひとつひとつ確かめるように、俺に語りかけている気がした。
「それで生活できるにしろ、ずっと食べてたら飽きるだろ?」
「うむ、そうだな。
それで飽きてしまった一部の者を使い、先の温泉勤務をさせているとも言える。
そう。
地球的な物言いをすれば『ガス抜き』だな」
「くわしいんだな」
「姉さまは貪欲な研究者だからな。
世界の向こうからやってくるもの──君たちのことも研究しているとも。
あの車だってそのひとつさ」
「あー……なるほど」
適材適所なわけだ。
「そうだな、そのあたりが理解できるなら教えてやろう。
現在、村にはいくつかの設備が作られている。
保存食を蓄える食料庫、体調の悪い者を水からあげて休ませるシェルター。
そして、それらを維持管理するには外貨が必要なわけだ」
「……つまりサイカ商会がすべての元凶だと?」
「その言い方だと彼らが悪人になってしまうな。
むしろ彼らは君の観点でいえば、カジヤンたちを助けているのだと思うが」
「助ける?」
「商会が関わる前のカジヤンの生活がわかるかい?
彼らは獣のように、湿地帯で半野生の芋を食べて暮らしていたんだ。
災厄どころか不作への対策もなく、家も持たずにね。
どうしてかわかるかい?」
「どうしてって」
そんなんわかるわけないだろと言いかけて、ふと気づいた。
「お、オイまさか」
「さすがはハチ殿、いい理解力だ。
そうだよ、そうだとも。
彼らカジヤンは、自らの選択として原始生活をしていたんだよ。
その理由もわかるね?」
「……俺の想像通りだったら、だけどな」
「その想像っていうのは以下で間違いないかな?」
リンはにっこりと笑った。
「彼らはわざと自然の猛威の中で暮らす事で自然淘汰を起こし、人口を抑制していた」
「!」
「場合によっては、ひとりで生きられなくなった者を処分していた可能性もある。
そうする事で種としての優位性を保ち、生き延びてきたんだろう……というのが姉さまの結論だが、どうかな?」
「……やっぱりそうなのかよ」
「ふむ、やはりハチも気づいていたか」
「まあな」
温泉で話したカジヤン族の人たちが、全然別の生き物に思えてきたよ。
だが眉をしかめていたら、リンが微笑んだ。
「気にする気持ちはわからなくないけど、さすがにこれは昔の話だよ。
たしかに過去、彼らはそういう歴史を歩んでいた。
そしてサイカ商会と出会い、路線変更すると決めたんだ。
少しずつゆっくりと、過酷な楽園だけに閉じこもるのをやめていく。
温泉事業に参加したり保存食を蓄えたりね」
「……良くも悪くも?」
「ああそうだ、良くも悪くもだ」
リンは俺の顔を見て、そして言った。
「……やはりだな」
「え?」
「君はすばらしい、そう言ったのさ」
クスクスとリンは笑った。
「昔のカジヤン族の生活は、ひとによって評価が大きく分かれる。
文明と触れ合わず平和に生きていたと考える者には楽園にも見えるだろう。
逆に、過酷な環境で弱い者が次々と死んでいく光景を地獄だったとみるかもしれない。
そして──サイカ商会と関わった結果の変化についても、同様に評価は真っ二つのはずだ。
まぁ当然だ。
それが人間というものだからね」
「……」
「だが君は違うだろう?
君は両方の暮らしの良い面と悪い面を見て、良くも悪くもと考えた。
どちらでもあり、どちらともいえないと。
違うかい?」
「ああそうだよ」
俺はうなずいた。
「けどそれが普通じゃないのか?」
「綺麗事を言えばそうなんだけどね。
だけどね、心の底からその客観的評価をくだす人間は意外に少ないものだよ。
弱い立場の者は、弱者が生きられない世界を許容できない。
逆に強い者は、社会の抑圧に縛られない点ばかりに目がいくかもしれない。
どちらも客観的な評価とはいえないだろう?」
「だな」
そういうと、リンは微笑んだ。
「なんか嬉しそうだな」
「まあね。
君は自覚ないと思うけど、こんな話のできる人間は意外に少ないものさ。
対等に話せる仲間……これは姉さまですら未だに叶ってないんだ。
ふふ、わたしはとてもラッキーだね!」
「……」
その瞬間。
リンの笑みが、影のある微笑みから満面の笑みに変わったように思えた。
そんな話をしているうちにアイリスたちが戻ってきた──が。
「なんつー格好で戻ってくんだよ!」
「えへへ、せくしー?」
なんと。
ブーツだけ履いて、下着姿でバイクに乗ってやがった。
「アホか!バカな格好で走ってんじゃねえ!」
「誰も見てないよ?」
「そうじゃねえよ!あぶねえっつってんだよ!!」
たまにいるんだよな。
下着はさすがにいないけど、キャンプ場の道とかですごい格好でバイク乗るやつ。
俺も昔、トップレスからウエットスーツまで色々見たわ。
そりゃ公道じゃないけど危険度は変わらないってのになぁ。
え?
合成人間なら頑丈だから問題ないだろって?
そういう問題じゃねえっての!
「はいはい、わかりましたって」
ちなみに裸同然なのにブーツだけはちゃんと履いてるのがさらにエッチだ。
「……悩殺?」
「あほう!」
ごつんと頭を叩いてやると、アイリスは涙目になりつつもムギと管理棟に入っていった……。
まったくもう。
すこし後、俺たちはやっと出発した。




