生身で○○を跳ね返そう
「姉さまの記憶によれば、技術もまた文化なのだそうだ。
ムギ嬢の演奏技術も地球の科学技術も、この星に息づく魔法技術も、究極を言えば等しい存在という事だな。
だがそれは残念ながら、悪い意味でも成立してしまう問題なのだよ」
「悪い意味?」
「ひとは、生まれ育つ過程で触れ合った文化しか身に着けられない生き物なのだよ。
たとえばムギ嬢だ。
彼女は素晴らしい音楽技術を持っているが、それは遠いよその星のものだ。
もし彼女がこの世界に伝わる音楽と触れ合っても、それを極める事はできない」
「あー……そういうのってこの世界にもあるんだ」
「おや、地球にもあるのかねえ?」
「あるよ」
「興味深い、教えてくれるかねえ?」
「『人が身につけられる音楽性は14歳くらいまでに見聞きしたもの』って聞いたことがあるよ」
音楽センスというのは子供時代に身につけるものだ。
たとえ日本人でもブラジルの育て親にブラジルで育てられれば、ポルトガル語を話しブラジル音楽に染まった子供になるだろう……何らかの方法で日本の音楽にも触れ続けない限り。
よくわからんけど、そういうものらしい。
「うんうん、まさにソレだねえ」
「でもこれ音楽の話だぞ?
技術も同じだっていうのか?
俺が魔法を使うのは、異質だから……科学世界の人間だから無理だと?」
「いや、無理というのはさすがに早計だな」
リンは首をふった。
「よいかなハチ殿。
晴天の砂漠にいきなり雨を降らせるのは、魔法でも決して容易な事ではない。
だが科学の力で空気を湿らせ、雲を呼んでから雨降りの魔法を使うのなら話は別だ。
ちなみにその場合、最も幼稚な雨降りの術でも雨を降らせる事ができると実証されている」
「なるほど……わかりやすいな」
これ以上なく簡潔な説明だった。
「ここまで言えば、君にふさわしい方法があるのもわかるだろう?
現状打開にとてもいい方法がある」
「……えー、具体的には?」
「君が全く新しい魔法を学ぶのは、とてもむずかしいだろう。
なぜなら君の言う通り、君は魔法なんてもののない世界の住人だからだ。
だが君はすでに、原始的ではあるが魔法を使った実績がある。
それをただ使いこなすだけなら簡単だよ。
何しろ単に再現させ、反復練習すればいいだけなんだからね──ホレ」
「!」
そういうと、いきなり周囲の世界が切り替わった。
まるでゲームみたいに。
そこは空間。
さっきまで峠の広場にいたはずなのに、いつのまにか古い特撮映画の採石場みたいなところにいた。
俺、アイリス、ムギ──そしてリンと車だけがそのまま。
なんだこれ?
「パパ」
「ん?」
「ここ例のエネルギーに満ち溢れてる」
ここが?
「魔力に満ちた異空間」
ムギも同じ意見なのか。
「現在地は?」
「全然わかんない──森林公園と同じ」
「同じ?」
「位置情報が意味をなさない」
「!?」
ということは、ここも異空間なのか?
俺たち一歩も動いてないのに?
いったい、いつのまに誘導されたんだ?
「いい場所だろう?
ここは魔に満ちているがゆえに、とても魔法の発動がしやすい。
いわばプライベートの練習場さ。
出してみるがいいハチ殿」
「あ」
その瞬間、なぜか意味がわかった。
言われた通りに『心に念じて』みた。
「お、おお……!?」
その途端、体の中で何かが働いた。
「マジか……今まで全然感じられなかったのに」
すげえ、なんて簡単なんだ!
「どうだ、ここなら実に簡単に発現するだろう?
ここで一日訓練してコツを学ぶんだ。
一度身につけば、あとは息をするように自然に扱える。
外の世界でも発動可能になるぞ。
……どうだ、やるかい?」
「やる!頼む!」
「うむ、では始めよう」
リンは笑顔になった。
俺たちは。
リンの見事な采配で、その場で簡単な魔法の使い方を教え込まれていった……。
「強さは必要ない、それより素早く正確に!」
「はい!」
「不意打ちに対応するには瞬時の発動が必要だ。
今の君らに剣はいらない、まずは盾だ。
瞬時に盾を使えてこそ初撃を防ぎ、はじき、回避できるのだから」
「おう!」
そして、この日の後半は訓練で終わった……。
◆ ◆ ◆ ◆
ハチたちの魔法の訓練より、少なくとも一日以上過ぎた後。
クリネル峠近くの上空を飛ぶ飛空艇がひとつあった。
ただしその飛空艇は、中央大陸でよく目撃されるものとはだいぶ違っていた。
デザインも模様も全く異なっており、そして中央産にはない装置がたくさんとりつけられていた。
それは寒さや空気の薄さに対抗するためなのだが、それを知る者はここにはいない。
もっとも。
そもそも標高5000mを越えるクリネル峠のさらに上空を飛んでいるわけで、地球でいえば少なくともジェット機程度の気密性は確保しているはずだった。
「異世界人の乗り物を発見しました!」
「ふふふ、ここまできた甲斐があったな」
一隻の空飛ぶ船が、クリネルに向かう長い長い坂を走る車を追っていた。
空とぶ船に対し、向こうは地を駆ける車。
負ける道理などなかった。
だが彼らにも計算違いはあった。
「まだ魔に染まらぬ異世界の乗り物と聞いてきたが、妙ではないか?ずいぶんと魔が濃い」
「汚染が進んでいるのかもしれませんね」
彼らは東大陸の山脈の向こうにある、中央大陸とは別の系列の者たち。
ハチたちの情報を聞きつけて調べにやってきたようだが。
「まさかとは思うが……。
うむ、ためしに一撃食らわせてみるか」
「え、まさか」
「誰か照準持て!
副砲のひとつに遊び弾を込めよ!」
男は有線のリモコンのようなものを受け取ると、ちょんちょんと何かを操作した。
「よし──総員備えろ……発射ぁ!」
その瞬間、船の主砲のひとつが火を吹いた。
エネルギーの弾丸のようなものがひとつ、車に向かって伸びていったが。
「なに!?」
「ほほう!」
男たちの見守る中。
車に当たるはずのエネルギー弾は、命中直前できれいに弾かれてしまった。
そして、あさっての方向に飛び去ってしまった。
「やれやれ、大当たりだったか」
「本艦の砲を弾いた!?」
「そんなバカな!?」
「取舵だ、全力で逃げよ!」
「は、はい!!」
総員がただちに動き出し、船はたちまちに回頭して逃避にとりかかった。
「逃げるんですか?」
「今のを見たろう?
どうやら情報通りあの女の手が回ったようだ。
ひとあし遅かったようだ」
「ですが艦長、報告はどうします?」
「無理だと伝えろ」
「中央が納得しますでしょうか?」
「いかに中央でも、魔族に取り込まれたものを奪おうなんてバカはおらんよ。
自分の首をしめるからなぁ」
魔族には手を出すな、むしろつきあって恩恵を受けよ。
それは彼らの国、キ民連の長年の戦略である。
「わかりました、では『高位魔族の手に落ちたので無理』と伝えます」
「たのんだぞ」
「はっ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「なんなんだ今の」
走ってたらゾッとした。
反射的にリンに習った『盾』のイメージをバッと広げたんだけど。
いきなり、なんかすげーの来た。
「どうやら跳ね返したようだな」
「うっそだろ……たった一日教わっただけなのに」
なんか宇宙戦艦の主砲みたいな、すんげーエネルギー弾だったぞ。
それを跳ね返した?俺が?
「もともと君にはこれくらいできたんだよ。
わたしは単に、それを常時発動可能にしただけさ。
簡単なことだろ?」
「いやいやいや、全っっ然、簡単じゃないから!」
俺は思わず頭をかいた。
「だけどまぁ、これで大砲も防げるようになったんだ。
これで発動さえ遅れなきゃ、暗殺者の凶刃だって二度と君には届かないさ」
「あー……それで威力でなく発動の速さを?」
「もちろん。
そもそも君に必要とされているのは攻撃力じゃなくて、敵をやり過ごす能力だ。
攻撃力ならマザー殿が持っている。
君はただ無傷で生き延びてマザー殿に通報できればいいわけだな」
「たしかに」
めちゃめちゃ正論だった。
「ちなみに逃げていった相手だが、おそらく姉さまの介在を確認したかったんだろうねえ」
「む、どういうことだ?」
「副砲に、たった一発だけテスト用の弾丸をこめる。
威力もさっきのものなら、姉さまなら片手で防げるさ」
「防げなかったらどうなるんだよそれ。
まったく、なんつー物騒なテストだい」
「少なくとも魔族がいるのは確実とみたから試したんだろう」
「やめてくれよ……これから、こんな物騒なのが増えるってか?」
「いや、少なくとも今のやつらはもう来ないぞ」
え?
「どういうことだ?」
「あの船の胴元の国はね、魔族領には手を出さないって方針なんだ。
東大陸の国には多い考え方だけどね。
手を出しても消耗するだけなので、生かして取引して恩恵を受けようってね。
だから手を出さない。
『この車に魔族がいる』と認識した時点で、魔族に取り込まれたと判断して手を引くのさ」
「……そうなの?」
「ああ、これで当面の危険はないよ。
それで、だ。
ひとつハチ殿に聞きたいんがね」
「え、なに?」
そう言うと、リンはクスクス笑った。
「生身で戦艦の大砲を跳ね返したご感想は?」
「……超ビビッた」
めっちゃ笑われた。




