お昼の音楽
爺さんは「あとかたづけと火の始末はお気をつけて」というお決まりの言葉と共に去っていった。
俺たちは爺さんを見送ってから、昼飯にする事にしたが。
「ここでカーサイドタープを張って食べるのと、偽装結界張って森林公園で食べるのとどっちがいい?」
「森林公園でお肉!」
「肉!ナーダ!」
「ああうんわかった。
ところでムギ、ナーダってなんだ?」
「ええと……」
「楽器」
アイリスが悩んでいるうちにムギが即答した。
「楽器のことをナーダっていうのか?」
「正しくは『弦』って意味で、転じて弦楽器を意味するんだよ」
アイリスがそれに補足してくれた。
「パパ、弦楽器『ナーダ』は銀河系のヒト型種族の間ではすごく有名なの」
ほう……なんか地球の弦楽器の名付けとよく似てるな。
三味線の元の名である三絃は三本弦って意味だし、インドの『シタール』だって、あっちの言葉はよくわからんけど、タールが弦を意味するって聞いた事がある。
ピンと張られた弦は弦楽器の特徴だもんな。
そりゃー命名にも使うか。
「どんな弦楽器なんだ?」
「こんなの」
そういうと、ムギは器用に空気中に映像を投影して見せた。
「うお、なにこのウインドウ?」
「パパこれ技術映像じゃないよ」
え?
つー事は例の魔法ってやつか?
「こんな事もできるのか……大したもんだな」
「そっちはどうでもいい、これがナーダ」
「お、おう」
感心していたらムギに怒られた。
改めて映像を見る。
写っているのはクラシックギターとマンドリンを足して割ったような楽器だった。
「わかりやすいタイプの弦楽器だな。弦は12本か?」
「六コースの複弦という方がわかりやすい?」
「ああわかる、単弦六コース、つまり六本弦もあるんだな?」
「ある」
現代のギターとだいたい一緒だな。
指板にはフレットも打ち込まれていて、取り扱いもギターにかなり近そう。
「フレット打たれてるみたいだけど、オクターヴあたりいくつだ?」
「12」
「12音音階か!」
西洋音楽と一緒じゃねーか。
こりゃあ驚いた。
「宇宙の音楽は12音階なのか?」
「そんなことない、もちろん違う地域もある。
だから、それに合わせたナーダも作られてる」
へええ……。
「ここまでギターに近いなら、使えるかもな。
触ってみるか?」
「弾いてみたい」
「わかった」
アイリスにメシの支度を任せて、俺はムギと共に管理棟の倉庫に入った。
「これだこれだ、あった」
懐かしいギターケースはおそらく中学時代に見たものだろう。
出してみると、見覚えのあるクラシックギターが現れた。
「どれ」
耳で適当にチューニングをあわせ、軽く弾いてみた。
うん、たぶん問題ない。
俺から得たデータでマザーが作ったものだけど、ちゃんとギターしてるようだ。
「弾かせて」
「まてまて、こんな倉庫の中で弾かんでもいいだろ」
外に出た。
良さげなところにパイプ椅子をひとつ置いて、そこでムギにギターを渡した。
「好きにしてみろ」
「うん」
ムギは、おっかなびっくりで触り始めて……だが途中から納得したようにうなずき、あとは慣れた手付きでギターをいじり始めた。
ふむ、どうやら触った感じもナーダとやらとそれほど違わないようだな。
けどチューニングもそのままなのか?なんで?
いや、楽器触らん人にはわからないと思うけど、弦楽器のチューニングなんて同じ楽器でもジャンル変わるとコロコロ変わったりするもんなんなんだが?
なのに地球のギターと同じチューニングでいいの?なんで?
お、弾くらしいな。
肉声も出すって事は弾き語りするつもりか?
ほうほう。
だけど俺は、次の瞬間に驚く事になった。
だって。
「──え?」
ギターを弾きながらムギが歌い出した歌は、古いが俺のよく知るものだったからだ。
蘇州夜曲。
戦前に映画の挿入歌として作られて大ヒット、戦中から戦後を越えて歌い継がれ、平成にも令和にも盛んにコピーされ映画やドラマでも使われた超有名曲だ。俺もカラオケで歌った事がある。
──だけど、宇宙人製アンドロイドのムギがどうしてこの曲を?
しかも指使いやアレンジも、昭和のニオイのする弾き語りの雰囲気なんだが?
歌い終わったところで、俺は盛大に拍手をした。
調理しながら聞いていたらしいアイリスも笑顔で拍手した。
「すごいすごい!うまいね!」
ああまったくだ。
たまげた。
まさか猫っ子にこんな才能があったとは。
それにしても。
「しかし蘇州夜曲かぁ、すごいな。
日本にいた時に誰かに習ったの?」
ていうかギターも日本仕込みだろうこれ。
だけど。
「違うチキュウじゃない」
「え、違う?」
「メルに習った」
「メル?」
「ボルダで教育中にできた友達」
「ほう、教育中にね……そのメルって人もアマルーってやつなのか?」
「違う、チキュウ人」
え?
地球人?
「ちょっとまった、宇宙で地球人に習ったってのか?
メルってどこの人だ?フルネームわかるか?」
名前からして日本人じゃなさそうだけど、ちょっと確認。
「メルはニホンの名前じゃないよ?」
「……わざわざそんな言い方をするって事は、まさか日本人なのか?」
そんな馬鹿な!
「んーとね……ちらっと聞いたけど、ノザワとかいってたかな?」
「ふむ、野沢かな?」
名字だとすると完璧に日本人だな。
「ちなみに他にも習ったのか?」
「習った」
「いくつか弾いてみてくれるか?」
「わかった」
ムギは続けて何曲か披露してくれた。
全く聞き覚えのない歌もあったけど、何割かは日本の歌だった。
俺がよく知るような曲もあれば、かなりマニアックな曲もあった。
ただし。
「なんつーか……マニアなうえに渋いな」
「パパ?」
いつのまにかアイリスもこっちに移動していた。
「終わったのか?」
「うん、食べよう?」
「そうだな、ムギ、昼にしよう」
「うん!」
無心に食事にガッつくムギを見ながら、俺とアイリスは話をしていた。
「どうしたの?」
「ムギの先生て……もしかして結構なお歳だったんじゃないかな」
「そうなの?」
「選曲が古いうえに、ものすごく特徴的でね」
特に、最後に登場した『旅の終わり』が決定的だった。
実はこの曲、昭和時代の北海道の若者むけ宿で歌われたもので、一般のヒット曲とは少々毛色が違うらしいんだよね。
俺も年配の人に教えてもらわなかったら、たぶん知らなかったろう。
「昭和時代って音楽を外に持ち出すのも大変だったんだって。
俺のスマホに音楽、いっぱい入ってるだろ?」
「うん」
「だけど昔はそんなものなかった。
音楽好きは、旅に楽器を持ち出して自ら愛唱歌や流行歌を弾き語ったんだ。
当然、素人演奏家がものすごい数──21世紀の常識ではありえないくらいにたくさんいたんだって」
「そうなんだ」
そんな時代の人が、どんな理由かしらないけど宇宙に出る事になった。
そして現地の楽器をギター風に調整して日本の歌をうたい、それをムギに伝えたわけだ。
「で、それをパパとわたしが異世界で聞いた……そういうこと?」
「そういうこと」
食べ終わったムギは再びギターに戻ると、今度は俺の知らない歌を弾き出した。
「これは……?」
歌だけでなく、歌詞も知らない言語だった。
なんだこれと思っていたら、アイリスが教えてくれた。
「古いけどオン・ゲストロ語だよ」
「マザーのとこの歌?」
「昔の銀河の流行歌だね」
「へえ……」
俺たちは感心しながら、猫女の歌声と演奏に聞き惚れた。
ムギの意外な才能でした。




