休憩所にて
広場はすぐに見つかった……というより超わかりやすい分岐と看板があった。
「なんか書いてあるな」
もしかして東大陸の文字か?
「パパ、東大陸文字のデータベース持ってないの?」
「ない、アイリスは持ってるのか?
あれ?でも?」
言語学習データはマザーから与えられているはずだ。
つまり。
少なくともタシューナンあたりからこっち、毎晩寝ている最中にデータ更新されている俺とアイリスの言語データが食い違うなんて事はないはずなんだが?
「あー……そういうことかぁ」
「?」
「ごめん、わたし、東大陸語は前に勉強したから」
「前?」
「パパのとこに来る前」
「あー、学習ずみだったんだ」
「うん。
ちょっとまって、今、データ更新してもらう」
「おう頼むわ」
ファンタジーによくあるお約束では、異世界の言語はひとつしかない事になっている。
だけどこの世界は地球同様、多言語文化圏になってる。
だいぶ統合されてるみたいだけど、それでも十や二十ではきかない言語があって、とても全部を学んではいられない。
「更新した」
「ありがとう、どれ」
看板を見直すと、今度は読む事ができた。
『この奥、サイカ商会が開拓した野営場。
私有地ではないので利用制限はないが、使用後はキレイにする事。
管理人に受付をお願いします』
利用制限かけてないのか。
管理人か……今はいないようだけど、通いなのかな?
まぁいい。
とりあえず、ちょっとだけ貸してくださいね。
俺はウインカーを出して野営場への坂道に入った。
「アイリス、ムギも一応だが警戒してくれ。
ひとにしろ動物にしろ、警戒すべきものは全部」
「わかった」
「にゃー」
きちんと返答するアイリスと、緊張感のかけらもないムギ。
ま、そんなもんだろ。
上がっていったところにあったのは、そこそこ整備された広場だった。
「ちゃんと草刈りもされてんな……ふむ」
「?」
「利用頻度が高いってことさ。
ちゃんと話を通してるなら別だけど、いきなり部外者が利用するのはまずそうだなってね」
「……別に怒られないと思うよ?」
「俺もそう思うけど、ここまできれいに整備してるんだぞ?
それを勝手に使ったら、現場じゃいい気分はしないだろ?」
「いえいえ問題ありませんよ」
「!?」
突然に割り込む声に驚いた。
振り向くと、そこにはファンタジー映画たいな優雅なワンピースをまとった白猫の……おっさんっぽい感じのが立っていた。
な、なんだこいつ!?
センサーにも全然ひっかからなかったぞ!?
見ると俺だけでなくアイリスも驚いていた。
……あれ?
ムギは驚いてない。なんでだ?
「やぁクロ、連絡ありがとうな」
「クロ違う、ムギ」
「ムギ?もしかして名前をもらったのかい?」
「そう、これに」
そういうと、ムギは俺の服を掴んだ。
「そうか……とうとう見つけたのかい、それはよかったね」
おっさん……もしかして爺ちゃんなのかな?
猫じいさんは、やさしげに目を細めると俺たちを見た。
「えっと、この子と知り合いですか?」
「前にウチで泊めた事がありましてね。
宿代がないというので、管理棟に泊めて仕事を手伝ってもらいました」
ああなるほど。
「申し遅れました。
わしはクリネルのサイカ商会所属、野営地管理人のジージと申します」
「どうも、旅人のハチと仲間たちです。
常勤の管理人さんですか?
たしかによく整備されてると思ったけど、まさか管理人までいるとは」
「ここの専任というわけでもないのですが。
わしの担当は国境検問から峠までの間にある野営地の管理なのです」
「へえ……結構広い範囲ですね、ごくろうさまです」
「ああ、移動はアレを使っているのですよ」
言われたところを見ると、何か円盤みたいなものが炊事場の横に置いてあった。
「あれは?」
「ソーザという移動用魔道具です」
へ、あのでっかい円盤が?
「一人乗りで荷物も乗りませんし不安定ですが、わずかな魔力で高速移動ができるのですよ。
乗りこなしが面倒ですが、扱えればひとりで広範囲の仕事もこなせます」
へえ……。
あんなものでそんな事ができるのか。
すげえんだな魔法って。
「それでここの管理人やってんのか……えーと、爺さんでいいのか?」
「できればジージと」
「おっと失礼、じーじ、さん」
なんか言いにくいな。
「発音しづらいなら、爺さんでも結構ですよ。まぁ、じじいですしね」
「すみません」
俺は頭をさげた。
「ご利用は宿泊ですか?」
「いや、ここは昼飯です。
そうだ、ここから峠までの間にも野営地あります?」
「峠の直前にひとつ、ここより大きいのがありますよ。
トイレと水場、かまどがあります」
「いいですね、ではそこを予約できますか?」
「はい、今日なら問題ないと思われますが……高山病対策は大丈夫ですかな?」
「え?」
高山病?
「峠のあたりはかなりの標高になり、空気も薄くなりますが?」
ああ、そういうことか。
そういえば俺たちの体って高山病対策は……。
「問題ありません」
俺がなにかいう前に、アイリスが言い切った。
「なるほど、それではこれを」
そういうと爺さんは、どこかから記入用紙らしいものを取り出した。
……えっと、どこからどうやって取り出してるんだ?
「パパ、わたしが書いていい?」
「おう頼む」
アイリスが用紙とペンを受け取り、さらさらと記入した。
「ここのデイキャンプと、峠に近いところの野営地の宿泊手続きでいいよね?」
「それでいい」
「わかった、それで料金は?」
「では、銀貨一枚をいただけますか?」
「え?銀貨一枚?」
価格レートが日本と全然違うけど、銀貨一枚ったら数千円って感じだろう。
んー……一泊プラスデイキャンプ、しかも数名で車だからなぁ。
単車や徒歩だと高いと感じるけど、オートキャンプならそうでもないだろう。
「もしかして結構安くないですか?」
「金をとるのは儲けのためではありませんから」
あ、そういうこと。
「もしかしてだけど、無料だとマナーが悪化する?」
「よくご存知で」
「故郷のキャンプ場で似た話があったからね」
どんなサービスでもそうなんだけど無料サービスってのは決して良いものではない。
無料だからという理由でタダ乗りして好き放題しようって奴が湧いてしまう。
だけど本格的にやっても儲けが出なかったり、そもそも儲けが目的でない時はどうするか?
そういう時は有料化のための有料化をする。
そうして生まれたのが「有料だけど高くないサービス」ってわけだ。
話してみると、爺さんは目を細めた。
「ここの目的は利便性の提供で、ここで儲けたいわけじゃないんでしょ。
あと野営地の秩序の向上かなと思ったんですが……」
「はい、ご指摘の通りです」
そういって、爺さんと楽しげに笑った。




