猫と
田舎ののんびりした、しかし野原の広がる、癒やしに満ちた景色のいい道。
そんな道をのんびりと軽自動車で進む俺たち。
そして。
「さっきの猫の話、続きが聞きたい」
「いいよー」
アイリスは笑うと、話を再開してくれた。
「これはお館様の情報だけど。
転移でこの世界に来てしまうのは人間だけじゃなくて、他にもいろいろ来たらしいの。
特に猫はなぜか多かったけど、こっちの人は扱いに困ったらしいの」
「扱いに困った?」
なんで?たかが猫じゃないか?
だけど。
「猫の飼い方、接し方を知ってる人がいなかったんだよ」
ほう?
「あ……もしかしてこの世界の人、猫を飼わない、いや、猫がいないのか?」
「いるよ、さっきいったミアなんて、猫によく似た動物だよ」
ほうほう、いるのか。
でも。
「だけど、そのミアってやつを飼う習慣がないんだろ?」
「うん、そう。
猫ってこっちの人々には、リアやミア……要は猫によく似た魔獣の一種に見えるわけ。
けど、こっちの人たちはリアやミアを飼わない。
だから、取り扱いがわからなかったんだって」
「なるほど」
地球の人間が猫を飼い始めたのは、ネズミから農作物を守るためだ。
だけど地球の猫だって、古代エジプトなどで飼われ始めた頃は、今よりずっと大きくて、そしてワイルドないきものだったときいたことがある。
その歴史をこの世界は経験してないわけだ。
なるほどなぁ。
猫ならある程度家畜化されてきているわけだけど、それでも未知の動物。
魔獣なんて連中もいるこの世界じゃ、気軽に扱えないんだろうな。
「猫もやっぱり人間同様、異世界転移すると例のエネルギーに汚染されているの。
だから人間同様に追い回されたんだけど……聖国で『あんな小さな生き物まで捕らえて、死ぬまで魔力を搾り取り続けるのか』って話が出たらしいのね。
で、なんだかんだで聖国は、異世界『ネコ』を聖国で保護すると報奨金付きで布告を出したんだって」
「保護ねえ……その聖国でも猫を利用すつもりだったんじゃ?」
「大人の事情はあったみたいだよ?」
ほう?
「くわしく」
「魔を帯びた猫って人間ほど魔力がないらしいの。だから旨味もないの。
なのに、賢さや敏捷性、隠密性は素の状態とは比較にならないほど高くてね。
捕まえるだけでも大変なんだって」
「あー、猫だもんなぁ」
小動物や虫などをとらえて食べるのが本来の猫の姿。
そんな猫が例のエネルギーを手にいれたとなると……狩りの能力を高めるのは自然だな。
「そんなとこに布告でしょ?
争っていた人たちは顔をつきあわせて、聖国に情報を流したらしいの。
自分たちで捕らえるのはめんどくさくて、そのわりに旨味が少ない。
しかも通報すればいくらか報奨金が出るし、捕獲も手伝ったら謝礼金もつく。
その方がいいんじゃねって事ね」
「そして捕獲にきた聖国の担当は当然、猫に詳しいやつを連れていると……うまいなぁ」
俺でもわかる納得の構造だ。
「いろんな思惑が重なって、猫は聖国にって図式が定着していったって事か」
「うん、そうなんだって。
しかも聖都で聖職者が飼うことで、飼い方も広まって。
それからは経済的に余裕のある個人が餌付けして……なんて事も増えたらしいの」
おもしろい歴史だなぁ。
「じゃあこの世界には野良猫っていないのか?」
「ううん、保護された猫や捕まった猫は一部だけで、多くの猫は元気に生きてるらしいよ」
「あー……この世界でも猫は猫なんだな」
「よくわかんないけど、たぶんそう」
たくましく生き延びてるってわけか、猫たちも。
しばらく続いていた悪路が、やがて元のハイウェイに戻った。
「このままガゾを目指すぞ」
「途中の町には寄らないの?」
「ああ、よらない」
俺は言い切った。
「俺たちは異邦人で、持っている情報も少ないだろ?
そんで、その持っている数少ない情報源が、このあたりはスルーしろと言ってるからね」
「お館様の情報では、特に危険って事はなかったよ?」
それでも寄らないのか、とアイリスは無言で問いかけてくる。
「うん、たしかにそのとおりだ。
だけどアイリス、ひとつ大事な事を忘れているぞ」
「?」
「マザーが俺にこうして旅をさせているのはなぜだ?」
「えっと、パパがお館様に頼んだから。旅させてって」
「うん、正解だな。
だけどアイリス、マザーだって、なんの思惑もなく俺を送り出してくれたわけじゃないんだぞ?
ちゃんと理由があるんだよ」
「そうなの?」
「もちろん」
「……」
あれ、もしかして聞いてないのかな?
意外だ。
だけどこれは……たぶんアイリスに自己判断させるか、俺から話せって事だよな?
うん、伝えておく事にしよう。
「ごめんごめん、ちょっと意地悪な問いかけだった。
答えを言うよアイリス。
俺は旅をしたいって話をした時、マザーに言われたんだよ。
探査機でわかる事は、よくも悪くも探査機による情報だってね。
もちろんそっちも重要だけど、それだけじゃ足りないんだってね」
「……その、足りないところを埋めるのがパパ?」
「そういうこと。
俺に求められているのは、俺の考えによる俺の判断なんだよ」
探査機は詳細なデータをとれるが、人間相手に聞き取り調査は簡単ではない。
そして俺は聞き取り調査はできると思うが、逆にマザーのような詳細なデータはとれないわけだ。
しかも俺たちは種族的な面も異なる。
当然、お互いの視点は違うものになってしまう。
「マザーは俺の目で見て、俺の考えで行動する事を望んでるんだよ。
だからこそ、大事な相談以外はあまり連絡してくんなって言ってるだろ?」
「……うん」
あーうん、納得してないって顔だな。
アイリスの反応を見て、そして俺はナビの通信ボタンを押した。
少ししてマザーが出た。
『なんだい?』
「いきなりごめん。
ところで、今の話は傍受してたよね?
アイリスに、そのあたりの考えを聞かせてやってほしいんだ」
『アイリスが言う事きかなきゃ、あんたが命令すれば聞くようにと言ってあるよ?』
「俺にも命令権をくれてるのか、ありがとう。
けど、俺とアイリスは立場上、マザーに作られたって意味では同格なんだろ?」
『ああ、そうだよ』
「その上で、マザーと俺の見解が違う時にどうすればいいかについて、線引きしてあげてほしい。
ダメかな?」
『それは確かに、わしの仕事かね……アイリス?』
『はい、お館様』
マザーの映像がアイリスの方を向いた。
『ハチには前にも話したが、改めて言っておくよ。
そもそも、ハチがビークルで旅しているのは、わしの探査機などによる調査では埋められない、自分の意思で旅する者の見解が欲しかったからなのさ。
もしその必要性がないなら、今ごろハチはわしの元で雑用をさせるか、仕事ができるまで待機モードにしていたさね』
「自分の意思で旅する者の視点、ですか」
『ああ、そうとも。
その結果が良くても悪くてもかまわない、要はわしと違う視点がほしいのさ。
行き先や行動指針について、ハチの好きにさせているのはそういうわけだよ。
わかったかい?』
「なるほどわかりました……そうなりますと、わたしの立場は?」
『それはそれ、これはこれというやつさ。
いくら結果を問わないといっても、先の一件のように殺されたりするのはやっぱり良くないからね。
しかもハチは、お人好しで他人を傷つけるのを好まないときた。
危なっかしいったらありゃしないからねえ』
「……なるほど、だいたい理解できました」
アイリスは大きくおなずいた。
「では、わたしの仕事はハチ様のサポートでなおかつ、
今回のような局面ではハチ様のお考えを尊重する事でよいのですね?」
『ああ、たのむよ』
「了解いたしました」




