タシューナン離宮
離宮とは一言で言うと、王宮だの皇居だのからすると別館という事になる。
たとえば王宮に住んでいた子供が王太子になった時、両親である国王夫妻とは独立して居を構えるわけで、そういう目的で王宮とは別に作ったものを離宮と呼ぶわけだ。
俺たちが呼ばれた離宮は、タシューナンの王都よりもタナ・タナに近い郊外にあったわけで。
だから、王宮で執務中のはずの妹さんがやってくるのは異常事態ってわけで。
「あれが離宮?」
「そう、あれだ……そこで止めてくれ、兵士に説明する」
「了解」
車をとめると、窓から顔を出したアムダルが兵士に声をかけた。
「殿下!」
「うむ、私だ。
これは異世界人ハチ一行で、私が頼んで取り急ぎ、離宮まで送ってもらっているのだ。
通ってよいな?」
「は、はい……そういう事なら問題ありませんが、ひとつお願いが!」
「何だ?」
「できれば顔を出しつつ通っていただけますでしょうか?
見慣れない車でガラスの奥に引っ込んだままですと」
「拉致されたと勘違いしかねないか……それも道理だな。
ハチ、窓を開けっ放しでよいか?」
「はい、いいですよ?」
「すまん、ありがとう。
というわけだ、通信で急ぎ、問題ないことを皆にも伝えてほしい」
「はっ!」
「頼んだぞ」
そういうと、アムダルは涼しい顔で窓から顔を引っ込めた。
「やってくれ」
「了解──なんか王子様みたいだな」
「ははは、王子様だからな!」
あ。
「すみません、なんか素で突っ込んじまって」
「かまわんかまわん、むしろそのまま普通に話してくれ。
僕は孤児院で童心にかえって子供らと遊ぶのが息抜きの楽しみでね。
わが妹だって、ずっと大学で研究生活に明け暮れていたんだ。
我々の前で取り繕う必要はないぞ!」
「わかりました……いや、わかった。
それで殿下、次は?」
「おう、そこの木の横を右だ!」
「おーけー!」
離宮の駒止広場は、なんと離宮の真正面と言うか、とにかく非常に目立つ場所にあった。
「駒止広場に泊まろうなんて者は隊商とか、ある程度の規模の事が多いからね。
それに警備上も、下手に裏に隠れるより表の方が守りやすいのさ」
「へえ……」
「それで、草の上と堅い所、どっちに止める?」
「草の上で」
なぜ草の上なんて場所があるかといえば、テントやタープを張るためだという。
この世界での交通は、地域によって馬車だったり、魔獣に引かせる魔獣車が基本で、たまに魔石ってやつを使って走る『魔動車』があるくらいなんだという。
で、各地には日本で言う道の駅みたいなのがたくさんあって、そのままテント張って泊まってもいいんだと。
だから、各地の道の駅のまわりには飲み屋や各種商店、場合によっては花街なんかもあって、旅人がお金を落とすのを待っていると……まぁ、そんな感じらしい。
「さすがに離宮の広場に花街はないがね」
「そりゃそうだ」
そんな話をしながら、草の上の区画に停めた。
「区画って、この広いのが区画?」
「そりゃそうだ、車両と魔獣、そして天幕のぶんを考慮した広さだからね」
「なるほど」
道の駅的に、みっしりと停めるイメージとは違うわけだ。
さて。
まだ昼にもなってないけど、おそらく今夜は泊まる事になるんだろうな。
なので、たまに使うUVカットのカーサイドタープを張ってみたんだが、問題が発生した。
「これは、もしかして陽光の熱気まで遮るのか?」
「UVカットっていうんだけど……真夏の日差し対策には便利なもんだよ」
「ほほう、さすがは異世界製、こんなものすら高性能か……しかし少し狭くないか?」
「ひとり野営用だからなぁ」
そうなのだ。
来客どころか、アイリスとの二人利用でも狭いくらいなんだよな。
そんな風景を「ふむ」と見ていたアムダルが「そうだ」とポンと手を打った。
ちなみに、そんなアムダルの隣にはいつのまにか、いかにもメイドさんな感じのおばさんが湧いていた。
で、そんなメイドさんに無言で「うむ」みたいな感じでアゴで指示してる。
うわぁ……文字通り、アゴで人を使う人って初めてみたわ。
「長年世話になってるメイドだからな、何も言わずとも通じるのだ」
「ああ、それはありがたい存在だね。大切にしないとね」
「無論だ……あまりにも重用しすぎて結婚を逃してしまったのが痛いところでな」
それは大変だ。
いろいろ苦労もあるんだろうなぁ。
「僕としては、彼女が誰とも知らん男のものになるのも我慢ならないので、近くに相手がいないのなら僕の子をうまないかと持ちかけているのだけどね」
……ん?
「それって、側室になれってこと?」
「正室でも僕は全然かまわないが、当人にもご実家にも、ついでに妹にも反対されてな。
あまりにも社会的な立場が違いすぎると、軋轢から命の危険もあるからってね」
「あ、そういうこと」
近代の地球社会では、王族と一般人が結婚するのをいいニュースのように言うけどね。
ガチの王国社会では、それはむしろ大切な人たちを危険にさらす行為ってわけか。
「なるほど……苦労してるんですね」
「自分にはわからないけどって前置きついてるだろう?」
「げ、すみません」
「いや、いいさ。事実なんだしね」
アムダルは妙に楽しそうだった。
そのうち、メイドさんが何か……四角い布の塊のようなものを持ってきた。
大きさは……ちょっと前に日本でキャンプしていた人ならキャンプ場でよく見たろう定番テント、モンベル・ムーンライト3の収納状態を、ちょっと想像するものだった。
なんだろ?
「ここでよろしいですか?」
「もう少し離して、入り口を彼の車の方に向けてくれる?」
「はい……これでよろしいですか?」
「おう」
「では『展開』」
……え?
次の瞬間、俺の目は点になっていた。
だってその瞬間。
まるで魔法のように、遊牧民の移動式住居……地球でゲルと呼ばれるものに似た建物が、唐突に目の前に立っていたからだ。
な、ななな、なんなんだこれぇ!?
「な……え、ええぇ!?」
俺も驚いたけど、アイリスも目を剥いていた。
「どうだい、すごいだろ?
皆、ちょっと手を貸してくれ。ペグをうって固定するからね」
あ、普通にペグは打つんだ。
見たところハンマーで、地球のテントと同じようなペグを打ち込んでいるようだ。
手伝おうとしたら断られた。
「いいよ、それより地球製との差異とか、興味深いところがあったら観察してみてくれ」
「お、おう」
思わず、そう答えるしかなかった……。
ゲルもどきの完成には五分とかからなかった。
しかし、これは本当に驚いた。
「どうかな、少しは驚いてくれたかい?」
「これ以上なく驚いたよ」
地球にも、たしかにパッと設営できる『ワンタッチテント』みたいなものはある。
だけど、これ見たら……ただのおもちゃにしか思えないね。
「これは、魔法ってのを使ってるのか?」
「そうらしいよ、空間魔法というらしい」
ほほう。
「こんなのが普及しているのか……魔法おそるべしだな」
「いや、さすがに普及はしてないよ。
少し高いのもそうだし、何より、少し前に出たばかりなんだ」
「え、そうなの?」
「ある魔族の学者が、自分の移動研究室として開発したものなんだと。
今、隊商なんかの間でめちゃめちゃ話題になってるのさ」
「そりゃそうだろ……俺だってほしいくらいだ」
「え、そうなの?」
「こんなのが最初から日本にあったら、俺は箱型の車なんて買わなかったんじゃないかな?」
箱型の車はたくさんメリットがあるけど、純粋に走りを楽しむには全く向かないし燃費も悪い。
特に二輪出身の俺は、その点だけは苦手だったりするんだよな。
「ちなみにこのすごいテント、なんて名前なの?」
「『ライダーテント』だ」
……は?
「……マジでその名前?」
「ああ、そういう商品名だが?」
だって『ライダーテント』が翻訳でなく日本語そのままに聞こえたぞ。
「ゆ、由来プリーズ?」
「うむ、かまわないぞ。
なんでも異世界から流れ着いた、傘のように開いて設営できるテントが原案らしい。
でもさすがに小さすぎるから、自分のニーズにあわせ、自分の使える技術で新しく開発し直したそうだよ。
だから全然別モノらしいが、名前だけは、オリジナルにあやかったものにしたらしい」
「ああ、それで『ライダー』ね」
たぶんその人が見たのは、某社の『ワンタッチツーリングテント』とか、そのあたりだろうな……。
オリジナルの製作元さん、大阪のメーカーだっけ?
あの会社のスタッフが見たら、きっと「その技術をみせてくれ!」って言うかもな……もちろん新テントのために。
「テントはまぁ天幕だよね?けどライダーってどういう意味なんだい?」
「騎乗する者ってことですよ。
地球では二輪車や自転車の乗り手に使う事が多いけど、騎乗動物に乗る人もライダーですね」
「ああ騎乗者か、なるほどな。
では元の小さな天幕というのは、騎乗で旅する者むけの商品だったわけか」
「俺の想像通りのものが元祖なら、たぶん正解かと」
そんな話をしていると、メイドさんたちが肉や野菜などを運んできた。
「え、もしかして?」
「まだ陽も高いが、どうせ世界人がきたとなれば、面白がったやつも来る事だろう。
なので『お客』でもしようと思ってね。どうだい?」
「え、お客?」
「ああそうか、知らないよな。
宴会のことをタシューナンでは、客を呼んで行うことからお客というんだよ……ハチ君?」
「いやその、実は……父の里でもそう言うんですよ」
亡き父の故郷、高知県では宴会のことをお客という。たぶん理由も似たようなものだろう。
「いいですね、やりましょう!」
俺は思わず、そう答えていた。
あの会社:
DODの事ですね。
元のブランド名称をDOPPELGANGER OUTDOORっていったところです。
有名なBUNDOKと並び、攻めてるアウトドア用テントを出してるところです。
(登山用ではないので、ガチの悪天候には要注意)




