閑話・人々
東大陸、エマーン国首都クリネル。
その北部の一角、大商会や役場などのオフィスが集中する『メイダイ通り』。
メイダイなる名をつけた異世界人も伝説の彼方に去った古き町であるが、今もなお大陸をまたぐ商業と流通の中心地であり、人間族を除く多くの種族に溢れかえっている。
さらにその通りの中、とりわけ古く大きい建物が──有名な『サイカ商会』だ。
構成員のほとんどを猫人族がしめるという特徴的なこの商会は、商会のシンボルマークすらも、片目を閉じた小粋な黒猫だ。
まるでウケ狙いのようにも見えるが、そのスタイルで世代交代しつつ数百年の歴史を持っている。
彼ら自身も言っているのだが、彼らは目の前の大金よりも長期の信頼性を優先するというスタイルを決して崩さない。
そして、その変えない、変わらない姿勢がゆえに、彼らの取引先も非常に長いつきあいのところが多く、また深く信頼されているという。
そんな商会である。
そんなサイカ商会の地下駐車場で、ひとりの猫人族の女と、それから魔族の女が並んでいた。
「うーん……」
「ねえオルガ、いくらあなたでも時間がなくない?これを急いで修復するのは無理よ」
「それはそうなんだが……できれば急ぎたいんだ」
「だったら、やっぱり魔石を組み込むしかないわよ」
「これを魔導車に改造するっていうのか?せっかくの異世界の車なんだぞ?」
「それはそうだけど、動かないんでしょう?
それに、どのみち修理できたとしても、専用の燃料が用意できないのでは?」
「う……それはそうなんだが、動くところを彼らに見せたいんだよ」
彼女たちの前には、ボロボロの古い乗り物……ただし見た目こそひどいものだが、この世界では見るはずのない意匠だらけであり、異世界のものと誰の目にもあきらかだった。
その大きく、箱型のボディにはたくさんの窓があった……多くは割れてしまっているが、残っているガラスは恐ろしいほどに平坦で透明で、ありえないほどに高度な技術の産物であることが伺える。
「ところで、ちょっと聞くけど、これは『あるふぁべっと』よね?」
「そうだが?」
「なんて書いてあるの?」
「こちらは『トヨタ』で、これは『コースター』と読むはずだ」
「これはニホン製じゃないの?なのに、どうして外国の文字なの?
それに、こっちに書いてあるのはニホン語よね?読み方はわからないけど」
「それは『幼児バス』と書いてあるんだ」
「ようじ?」
「小さな子供のことだ」
「バスって、乗り合い馬車みたいなもののことよね?
じゃあなに?これは子供用のバスってこと?」
「それを今のわたしに言われても困るな。
座席のサイズ、残されていた荷物からして子供用なのは間違いないが、なんで子供用のバスなんてものがあるのかまではな。
たしか、ヨウチエンなる子供用の施設があるのは知っているが……やはり送迎用なのかもな」
「子供の送迎?
たしかに子供は大切だろうけど、でもそのためにわざわざ魔動車を?」
「魔動車ではない、ガソリン──いや違うな、これは『ディーゼル車』というやつだろう」
「どっちでも同じじゃないの。
もしそんなものが存在するとしたら、よほど子供が多かったのか、それとも超がつくほど豊かな国よね」
「いや、それはわからないぞ」
オルガと呼ばれた女は、指をたてて首をふった。
「子どもたちを守るためなら、多少アシが出ても子供のためなら許されよう。
だとすれば、あとはいくらまで出費を許容するかというだけの話になるだろ?」
「そうね」
「それに大量生産・大量輸送が行われている社会だ。
輸送コストが我らの想定より安いとしたら、いち家庭あたりの出費は意外と少ないのかもしれない」
「……なるほど」
彼女らの想像は微妙に正解しているが、微妙に外れてもいる。
車社会というものを正しく想像できていない彼女らにとり、いかに情報を集めようと正しく推測するのは難しいのだろう。
「ところでオルガ、貴女どうしてそんな急に動き出したの?
これを見つけ出したのって、ちょっと前のことよね?」
「もちろん、彼らに見せたいのさ」
オルガは笑顔で言い切った。
「彼らの正体がなんであれ、地球から転移してきたのは間違いないわけだ。
だったら、いくつか知恵を借りたいんだよ」
「それは──ご両親の研究対象であり、そのご両親が行方不明になった件で?」
「ああ、そうだ。
そして──今回の転移は、まれに見る大規模転移でもあるしね。
経験談にしろデータにしろ、軽く見ていいものじゃないんだ」
「なるほど……じゃあ、この車は手土産ってこと?」
「それは状況次第かな?くれというのなら提供もありうるさ。
けどできれば、この車がどう使われていたかをもっと知りたいね」
「……」
オルガは腕組みをして、その箱型の乗り物──古いトヨタ・コースターをじっと見つめた。
「記録が正しいなら、こいつは百万キロも使われていた事になるんだ」
「百万?」
「ああ、こちらの単位に直すまでもなく、すごいとわかるだろ?」
「え、ええ……よくわからないけど、こちらの単位だと、どのくらいなの?
ここから魔族領まで行けるくらい?」
「ここから魔族領?
ははは、その基準だと、50往復以上はできるんじゃないかな?」
「え?」
猫女が、目をぱちくりとさせた。
「あれ、聞き間違えたかしら?50……50往復と聞こえたんだけど?」
「いや、間違いなく50往復以上だ」
「ま、まさか。計算違いってことはないの?いくらなんでも」
「いや、間違いでもなさそうだ。
外装はこの通りに経年劣化するが、風雪の入り込まない機械部も、ずいぶんと年季が入っていた。
もちろん、わたしは地球の自動車の専門家ではないが……使い込まれた機械の雰囲気が漂っている。
信じられないが……本当にこの機体は、百万キロ使われていてもおかしくないと思う」
「……」
猫女は、じっとオルガの顔を見た。
「一回の子どもたちの送迎にそう長距離を走ったとは思えない。
そう考えるとこの車は、いったいどれだけの途方もない時間、子どもたちを運び続けてきたんだろうな?」
「よくわからないけど……できれば、走り続けた車にふさわしい第二の生をあげたいということ?」
「サイカ、わたしは何かおかしいだろうか?」
自嘲するように問いかけるオルガに、猫女──サイカは答えた。
「学者の貴女としては、らしくない感傷かもだけど……むしろ、初めて出会った頃のあなたを見るようね。
うん、いいんじゃないの?
そのために、異世界人の知恵を借りたいのね?」
「うむ、そうだ。
場合によっては彼らの手で修復なり改造なり、してもらうのもアリだと思ってる」
「そうね、いいかも」
そこまで言うとサイカは、ニイッと笑いを浮かべた。
「だったら、先に連絡しておかないと」
「え、なんでだ?」
「あら、その人たちは魔族領をめざして旅をしているのでしょう?
もしかしたら、ここクリネルを素通りしてしまうかもしれないわよ?」
「あ、それはまずいな。
なるほど、すぐ連絡しよう……でもどうやって?」
「あなたがよければ、商業ギルド経由で連絡したげるけど?」
「おお頼む!」
「はいはい」
サイカは、気の置けない友人の、まるで子供のような態度にクスクス笑った。
同じころ。
ハチたちが目指している南大陸、タシューナン国の某所では。
「お兄様、本当にいくのですか?」
「当然だろう、このチャンスをふいにする気はないぞプリン!」
プリンと呼ばれた山羊人の女は、正装でビシッと固めた兄の姿に、納得いかないという顔をした。
そして、同じく山羊人らしい青年が、楽しげに笑った。
「政治には関心がないと言いつつ、だけど各国の力関係には注意しろったいうのはお兄様の持論ですよね?
そのお兄様がどうして?
彼らは魔力もなく、問題の人物はニホン人であるかすらも怪しいのですよ?」
「だからこそではないか、わかってないのだなプリンは」
にこにこと彼は笑顔だった。
「要するに、彼らは中央大陸のバカどもからすれば、利用価値ゼロなのだろう?
しかも、背後にいる天空人はレベルが高すぎて、手の出しようもない。
だから、今は友好的に接触して技術供与などの道をさぐるのみ……そうだな?」
「ええ、そうね……少なくとも当面の間は、中央大陸国家群の接触はないわ」
「つまり彼らは現時点で、この世界の利害の外にある者。そうではないか?」
「それはそうなのですけど……」
「だったら、話してみたいではないか!
今なら背後を気にする事なく、いろんな話ができるのだぞ?
この機会を逃す手があるものか!」
「……お兄様って、そんなに好奇心あふれる方でした?」
「ははは、遺跡研究にあけくれるあまり、王位継承権を放り出してケラナマー大学に留学までしたおまえには負けるがな!」
「う……それはすみませんと」
「せめておらんよ、気にするなプリン」
クックッと兄は笑った。
「だから父上も崩御が迫り、親戚筋も動けない今、私が王太子を引き受けたではないか。
しかし、おまえもわかるように、わたしに政治家としての才はない。
せいぜい神輿として担がれてやるから、実務はおまえに頼む──この点は問題なかろう?」
「はい」
「ならば、ちょうどよいではないか。
彼らと会うにしても、わたしならお飾りだと内外に知られているから問題にならぬ」
「……それ、単なるお兄様の好奇心ですわね?」
「もちろんだとも!」
「少しは悪びてください、お兄様!」
「はははっ!」
ジト目で怒り出す妹に、兄はさらに笑った。




