てやんでえ旅情[2]
管理棟の中を探したら、ヘルメット、それにライディングブーツにカッパ、グローブ……そして何故か見覚えのある、長靴型安全靴まで出てきた。
この安全靴、俺がブーツ代わりに何年も履いてたやつじゃん……思わず笑った。
ちゃんとブーツを用意しながら、こっちも用意する……どっちを使うかは俺任せってか?
この合理性よりメンタルを優先する思想。実にマザーらしい。
しかし、本当にすごいもんだ。
民宿の女将とか似合いそうだよな。
え?警察もいないのにバイク用品なんかいらんだろって?
あのさあ、バイク用品は警察対策でつけてんじゃねえんだよ。
単車に乗る時は安全装備をつける。当然のことだろ?
さて。
心の中でマザーに礼を言いながら、俺はブーツでなく安全靴を履いた。
だがもちろん、アイリスには安全なブーツを履かせるぞ。
「メットかぶってみろ……よしよし」
「おー」
メットの感触に喜んでるアイリスに、ブーツと手袋をつけとけと渡し、俺は釣り道具と下着類・タオル・靴下を積む。
釣り道具を後ろの大型サイドバッグにぶちこむ。釣り竿は当然はみ出るが、後ろに出した。
まぁ対向車もないし、ゆっくり行くから問題ないだろ。
さらに、すき間に細かいものを詰め込み、釣り道具が暴れないように。
右側の小さいバッグには、からっぽの畳めるバケツとゴミ袋だけが入ってる。
「アイリス、入れるもんがあったら入れとけよ」
「ないよー」
「よし」
レブルのエンジンをかけた。
軽快だけど歯切れの良いシングルボイスは、騒々しくはないけど、自己主張はしっかりしている。
おー。
これも裏では電動化してるんだろうけど、こうしてる分には元のレブルと全然わからねえな。
「よし、後ろに……お」
見れば、なぜかブーツでなく安全靴を履いたアイリスが。
いやいやちょっと待て。
「おい、なんで安全靴履いてるんだ?
ブーツ渡したよな?サイズ合わなかったか?」
だけど、アイリスは渋い顔で言い切った。
「パパと同じがいい」
「え」
「ずるい」
「……あちゃー……そうきたか」
あーうん、ダメだな。これは教育上よくない。
俺は一度エンジンをとめて単車を降りた。
「わかったわかった、俺もブーツ履くから、おまえもブーツ履こう。それならいいだろ?」
「んー」
「んーじゃない、同じならいいんだろ?」
「……わかった」
なんで不満そうなんだよ。
ちなみに俺が安全靴を使う理由、そして本当はダメな理由について、念の為に説明しとくよ。
一部例外もあるにはあるけど、まぁ多くの単車はシフトレバーを左足で蹴り上げたり、踏み降ろしてギアチェンジする。
でも、ここに問題がひとつある。
単車のシフトレバーってやつは、変速機のギアボックスから直接生えているに等しい代物なのだ。
何が言いたいかというと、むきだしの『機械』の一部なのである。
つまり堅く、ごつい。
具体的に言うと、シフトレバーを蹴り上げる行為は多くの場合、ひどく堅い。やわな靴だとボロボロになってしまうほどだ。
だからバイク用ブーツは、この部分が強化されているし、普通の靴に装着して蹴り上げに耐えられるようにするプロテクターも売られているほどだ。
ところで安全靴は現場などでの怪我防止のため、つま先に金属板が入っている。
これがとても頑丈なもので、当然、単車のシフトの蹴り上げにも平気なのである。
しかも、ライディング用より圧倒的に安い。下手すると、ひと桁は値段が違う。
実際、俺に安全靴で乗る事を教えてくれた人は、年季の入った安全靴ユーザーだった。
だけど安全靴はあくまで現場作業用だから、単車で転倒時の安全までは考慮されてない。
安全第一なら、やっぱりライディング用を買うべきなのだ。
いやマジで。
ふたりともブーツに変更した。
「歩きづらい……拘束目的?」
「アホなこといってないで乗れ」
「はーい」
改めてまたがり、エンジンをかけた。
クラッチを握り、ギアをローにぶちこんだ。
「しっかり捕まってろよ」
「うん!」
適度に湿度をまとった山間の細い小道を、レブル250の軽快なエンジン音と共に俺たちは進んでいく。
ちなみにアイリスは……。
『すごい!きれい!』
めっちゃうれしそうな声が、ヘルメットの通信機を通して流れてきた。
ははは、だろうな。
さっきみた地図によると、この道の奥に湖があるらしい。そこは景観もあり、釣りには最適と書いてあった。
しかし、この細道……なだらかではあるけど、これ狭いよなぁ。やっぱ車道じゃないのか?
こんなんメンテどうすんだと思ったら。
「お」
どうやら対向車きたっぽい、カーブミラーにヘッドライトの光が映ったぞ。
路肩のふくらんでるとこに寄せて停め、待つ。
『どうしたの?』
「車がきたんだよ……ほら」
『あ』
「な?って、へえ……」
やってきた車を見た俺は思わず二度見した。
「ミゼットかぁ……だろうな、狭い道だし」
それは大昔のダイハツ・ミゼットにそっくり……要するに昭和中期の小さな三輪自動車だな。
まぁ、さすがに2サイクル音はさせてなくて、スーパーカブみたいな音をたてているあたり、俺の記憶から作られたレプリカなんだろうな。
俺は本物のミゼットに乗った事がないし、音も聴いたことがないから。
ミゼットとすれ違った。
「おつかれー」
プッとお礼のホーンを鳴らしてきたので、こっちも手をふって返答しておいた。
そして再び走り出す。
『ねえパパ』
「ん?」
『だろうなって、何に納得してたの?』
「ああ、この道って狭いと思わないか?」
『狭いと思う』
「そうだろ、こんな細い道じゃあ、普通は車なんて使えない。
けど、さっきのミゼットなら、横幅たったの1.2mだ。
だから、なるほどミゼットかって納得したわけさ」
たぶんこの小道、車幅は1.5mくらいしかない。
はっきりいって、この幅で安全にすれ違えるのは歩行者だけだと言っていい。
実際、ところどころに退避所があるのは、作った側も狭いと自覚しているって事だろう。
そりゃあ、ミゼットが役立つわけだわ。
そんな話をしているうちに、小さな峠のようなところを越えたらしい。
頂上部にある細い隧道を、入り口のところでピッとホーンを鳴らしてから通過すると、その先は。
「うお……これは」
『すっごーい!』
背中のアイリスが大喜びだが、俺も同感だ。
こりゃーすごい。
まさにこれは湖。
立派な大きさの湖が、そこにあった。




