???
その日の夜は、なぞの祭壇の近くにある、何もない大きな広場のど真ん中で車中泊となった。
「ここでいいのか?隠れる場所も何もねえぞ?」
『逆じゃ、何もないからいいんじゃよ、ほれ』
そういうと、何か車全体が揺らぎ、みえなくなった。
「これは?」
『熱光学迷彩の一種じゃ、近づかない限りは何も見つからん』
おぉ、SFらしいSF!
触ってみると、何もないのにたしかに触れる。
「なんだこれ……すっげー!」
興奮していたら、なんか微笑ましいものをみる目でみられた。
う……ほっといてくれよう。
『ま、これでわかったろ?
怪しいやつを警戒するやつは基本、物陰のようなところを探すだろうからね。
さて、今夜はここで泊まっておれ……完成予定は明日の早朝じゃ』
「え、そんな早いの?」
ジェット機の修理じゃねえんだぞ、おい。
『もちろん本来は、こんな短い時間では無理じゃ。
じゃが、わしは元々軍事用なのでな。
閉じられた空間で時間制御など、色々と裏技を使うんじゃよ』
「ほう、裏技とな」
『秘密じゃ、軍属時代に装備されたものじゃからな』
「?」
『軍の特殊装備なんじゃよ……空間制御はともかく時間制御は、かなり危険な技術に属するのでな。
本国に戻れぬ状況では返却もできぬが、決まりくらいは守らんとのう』
「たしかに」
なにげにすごい技術らしい。
そして、さすが元軍関係、決まりごとには厳しいね。
『そんなわけなので、一杯飲んで眠っておるがいい』
「え、飲んでいいの?」
俺は、キャンプ場以外の車中泊では飲まない主義だ。
何があるかわからないからね。
『危険が皆無とはいわんが、今夜だけは管理ロボットを外に出しておくからね。
おまえさん、本来は飲み助だろ?』
「そりゃあまぁ、うれしいですけど……なんでまた今夜いきなり?」
『なに、時間制御も含めた作業の最中に、邪魔を入れたくないだけさ……ハチの時もそうじゃった』
むむ?
それだけの理由ではなさそうだけど……言ってくれそうにないな。
ま、いっか。
言われるままに車の方に戻ると、外はまだ明るかった。
ただし暑いので、キーだけオンにしてクーラーを回した。
地球ならこんな真似をするとバッテリーが怖いが、充分に余っているので問題ない。
荷室を片付けて、くつろぎ用のマットを広げた。
夜になったら窓を塞ぐけど、今はそのまま。
就寝マットを半分だけ広げて椅子モードにすると、それに腰かけた。
鉄のハーフ・パイントのカップと好きなバーボン『ジャックダニエル』のボトルをとりだし、トクトクと注いだ。
ああ……そういえば、この世界で初めての飲酒だよな。
「あ」
注いだはずなのに、きづけばボトルのバーボンが満タンに戻っている。
あー……これって、車の一部であるクーラント類やグリス等だけじゃなくて、荷室の消耗品も自動補充されるってこと?
こちとら食料を食べない、水も飲まない身体だから気づかなかった……。
そういや、ルワンさん来た時のお茶も、なんか減らないなと思ったけど……まさか?
「ありゃ」
今気づいた、こっちも減ってねえや……しかも腐りもしてない。
なんで今頃気づくかね?
あー……食事のいらない身体になって、このへん無頓着になってたのかもな。
「……ふう」
一杯やりながら、広がる砂漠の風景をながめる。
実は、今朝あたりから遠くに山脈っぽいのが見えはじめていたんだよね。
富士山だって数百キロ離れた場所からも見える事を思えば、かなり遠いんだろうけど……そして、視線を南にずらすと、そちらはまだ何もない。
ただ、この中央大陸の南端が近づいてるのは事実なんだろう。
だいぶ車内が冷えてきたので、メインキーをオフにしてクーラーを止めてしまう。かなり夕刻に近いし、そろそろ大丈夫だろう。
久しぶりの酔いがまわり、就寝マットを全体に広げた。
その上に銀マットを広げ、寝袋もついでに広げておく。
いつ寝てもいいように用意だけすると、壮大な風景を見ながら寝転んで……。
そして、いつの間にか眠ってしまった……。
◆ ◆ ◆ ◆
不思議な夢を見た。むかしの夢だ。
ずっと昔、よく遊びにいっていたキャンプ場の夢。
いつもの場所に愛車をとめ、小さなテントをはった。
なんとなく小さなタープまで張ってみた。
近郊にある外来可のお風呂に入ってきて、夕食作ってのんびり食べたら、やるべき事は終わり。
葉擦れのささやきと、他のキャンパーのさんざめく声を遠くに聞きつつ、酔っ払った頭でのんびりと夜空を見上げる……ただそれだけの、でも幸せな時間。
ああうん、ぼっちだよ。
けど、そもそもソロキャンプなんだから、ひとりで当たり前だよね?
そんなことを考えていたら、カサカサと枯れ葉を踏む音がして。
ふと目をやると、大きなリュックをしょった、バックパッカーらしき女の子がいた。
おー珍しいな。
大学生かな、えらい可愛い子だが?
今どき珍しいほどのオールドスタイル……俺より上の世代の姐さん方に多かったスタイルだな。
昔の旅行者や山屋の女性は、セクシャルな格好は基本的にしない。
トラブル防止というか、ぶっちゃけ男避けだ。
だって、男に群がられるために旅行や登山するわけじゃないからね。
『ここ、あいてますか?』
『開いてるよ、どうぞ』
もちろん問題ない。
だけど、他にも張るところがあるのに、どうして俺のとなりを選ぶ?
わからぬ。
たまに聞く、怪しいキャンパーもどきかと緊張したのだけど、手慣れた調子で普通にテント設営をはじめてしまった。
ふうむ……普通にキャンパーぽいなぁ。
山にも登るのか、道具類のクオリティが登山仕様に近いな。
俺はバイク旅出身だから、同じキャンプでも道具選びが全然違うんだよね。
ふと、ビスケットとマシュマロを持っていたのを思い出す。
ひとりで食うつもりだったけど、サンドしてガスの火で軽く炙り、スモアもどきを作りだす。
視線に気づいて目線を回すと──おお、女の子の目線が見事に、スモアもどきに吸い寄せられている。
『あ、どうぞ?』
『え、いいんですか?』
『間食用なんですが、たくさんあるので』
受け取ってくれた!
ああ、うれしいなぁ。
はっきりいって、初対面の男のスモアもどきを食べてくれる女の子は普通いない。めったにいない。たいてい、男ひとりで寂しく食べるはめになるんだけど。
え?わかってて、どうしてするのかって?
はじめてキャンプした時、年長の人が、スモアもどきを作ってくれて……とても美味しかったからさ。
マシュマロを棒にさして、焚き火やコンロの火で炙って齧るのもいい……偏見かもだけど、いかにもキャンプっぽい。
だから俺も、機会あれば誰かに食べさせたいと思ってたんだよなぁ。
『どうです?』
『おいしい!』
『それはよかった』
ほんとうによかった。
その笑顔が、最高の報酬です。
甘い物が緊張感を解いてくれたのか、こちらいいですかとタープの下にやってきた。
飲み物としてジュースと酒を提供すると、いたずらっぽく笑い、酒をジュース割りしてきた。
あ、たぶんイケる口ですなこの子。
何を言いたいかというと、自分の限界を知ってて、酔わないレベルにおさえてる。
というか、もう少し自信がないか警戒していたら、ジュースだけだろう。
わずかながらでも飲んでくれるって事は、多少は信頼してくれているらしい。
『アウトドアって、強いお酒をチビチビなめる印象ありませんか?』
『あるある、酒はほしいけど重いしねえ』
『ですです』
俺たちは──少なくとも俺は、結構打ち解けていた。
良い意味で、昔のいわゆる『山女』のお姉さんだ。
昔いたなぁ、こういうひと。
どうも古いタイプの世代だったみたいで、俺が一人前になる頃にはあまり見なくなってたが。
どんどん打ち解けて、大胆にも食事までタープの下でつくりはじめた。
いやま、ぶっちゃけると一瞬、通り雨があったんだよね。困ってたからおすすめしたんだ。
彼女の装備は俺より山志向が強いようで、とても興味深い。
ていうか、お手製の干し飯なんて久しぶりに見たわ。
『あのですね、名前がほしいのです』
『名前って……もしかしてキャンパーネームかな?』
『よくわかんないけど、そういうやつです。
お名前ある人多いですよね?なのに、わたしにはなくて』
『あー、あれは本来、もっと古い時代の習慣だからなぁ』
『古い時代?』
『ネットがなかった頃は、旅先で情報交換が多かったんだよ。
つまり今よりずっと、旅人同士のやりとりが多かった……そんな古い時代の慣習なのよ、キャンパーネームて』
俺がキャンプはじめた頃は、もうそんな時代終わってたけど……先輩キャンパーたちの間でまだ残っていた。
『お兄さんもあるんですか?』
お兄さんときたか……ああうん、わかりやすい気遣いありがとう。
『あるよ、ハチって呼ばれてた』
『いいなぁ……』
いいのかよ。
よりにもよって『ハチ』だぞ、俺は気に入ってるけど安直すぎるわ。
『……ほしいの?』
『はい、ほしいです』
にこにこ笑い。
けど、ここで本当のキャンパーネームをあげたら、きっと気を悪くするだろうな。
キャンパーネームって、かっこいい名前は基本、つけられないからなぁ。
美少女なのに「ごみなげ」とか普通につけられちゃう文化があるから。
ほら、昔のファンタジー漫画で、美少女に「なべやき」ってつけた盗賊たちがいたろ?
ちょっと誤解を生じそうだけど、ぶっちゃけるとそういう、ちょっとアレな名付けする文化があるんだよ。
『うーん……おや』
そこまできたところで、俺は今さらのように気づいた。
彼女、やけに肌が白いと思ったら……日本人じゃないんだな。
髪とかはうまくごまかしてるけど、思いっきり瞳が灰色じゃん。
あっちの人種はよくしらないけど、北欧系かどこかか?
『どうしました?』
『あーごめん、灰色の瞳ってはじめて見たんで……おー、きれいな目だね』
『あはは、ありがとうございます』
引かれたかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
ついでにいうと、彼女はひざ掛けをしているんだけど、その柄が『あやめ』だった。
ああ、いいね。
『ああ……アイリスってどうかな?』
『え?アイリス?』
『ああ、その灰色の瞳の虹彩と、それから、そのひざ掛けのあやめにひっかけたんだ。
日本にいると灰色の瞳は珍しいからね。名前にしない手はないね』
『……』
『う、ダメだった?』
だが、彼女はむしろ「ぱああっ」と花咲くように笑顔になった。
『いいえありがとう!かわいい!
わたしアイリス!今後ともよろしくお願いしますね!!』
『お、おう』
なんか、えらい勢いで喜ばれてしまった。
ん?今後とも?
ああ、まぁ、キャンパーだしな。
昔から、旅人やキャンパーの約束なんて、あってないようなもんだ。
ま、それだけ喜んでくれたって事でよしとしよう。
名前をつけたことで彼女──アイリスは気を良くしたのか、さらに俺との距離が近くなった。
キャンプの話をしたり、旅の話をしたり。
……あ、この子、もしかして結構、胸でかい?
別に薄着になったりしたわけじゃないし注視もしてないけど、眼の前で動き回れば、細かい体型はわからなくとも、さすがに胸が小さくない事くらいは目に入る。
『……あの』
『ああごめん、ぶしつけな視線だった』
『何を見てました?』
あ、これ胸見てたとバレてる。誤魔化すとまずそうだ。
俺は、真っ正直に告げる事にした。
『ああ失礼、ほら、君、体型がわからないようにルーズな格好してるでしょ。
遠目にはパッと見、女の子に見えにくいもんね。
さすがに徹底してるなぁって感心してたんだよ。
けど、そうして動いてると、おなかとかはわからないけど、胸だけはわかるんだなって……ごめんね』
『……さすがに?』
『え、男避けで中性的な格好してたんじゃないの?
実際、楽しい旅行で男がぼんぼん声かけられたらって思うと、俺が君の立場でもそうすると思ったんだけど、違う?』
『……いえ、合ってます』
『うんうん、そうだよね。
旅の仲間に声かけられるのならいいけど、変な下心のやつに声かけられたらイヤな気持ちになりそうだもんね!』
『そうそう、そうなんですよ……ホント、聞いてください!』
あ、なんかエンジンかかったっぽい。
そのあと、しばらくアイリスの愚痴を聞くハメになった。
ハメになったけど……指摘された胸をさりげに隠しつつ、しかもプンプン怒るアイリスは、ちょっと卑怯なくらいに可愛かった。
『そういえば、ハチ様の愛車ってこの黒い車なんですか?』
ん?ハチ様?
『え、ああこの黒セルボ?いや、前のだよ。ちょっと事情があってね。
今乗ってるのは、キャリィバンの後継でエブリイっていって……』
あれ?
そういや俺、なんで、ぽんこつセルボでキャンプしてるんだ?
こいつは大昔の愛車で、今はもう……あれ?あれれ?
……?
◆ ◆ ◆ ◆
そして。
めざめると、俺は大変なことになっていた。
「な、ななな、なんじゃこりゃあ!?」
ぽんこつセルボ:
彼のファーストカー・スズキ・セルボです。
昭和末期に作られた軽自動車で、彼は壊れかけのセルボを安くゲットし、これで運転を覚えました。




