第7夜 猫
明里も笑実も何故隠れているのかはわからない。
しかしこの異常な状況で突如現れた何者かに対し、自然と隠れる選択をしたのだ。
「何で隠れるんだよっ、あの人にここがどこか聞けばいいじゃん!」
明里の手を引き剥がした彩香が小声で言った。
「ダメだよ絶対。様子がおかしい。」
笑実が緊張した様子で呟く。
突如として現れた"あの人"は異様に髪が長く、顔は見えないが体格の大きな、いや大き過ぎる男のようだ。
繰り返し壁に向かって何かをしている。
薄暗い電灯の下で壁に向かってしゃがんだり、中腰になったり…
明里が記憶を辿る。
そこは確かポストがあった場所…
「各部屋のポストを覗いてるんだ…」
パキッー
明里の言葉で"あの人"の異常行動を理解した彩香が思わず後退りし、木の枝を踏み付けてしまった。
男の動きが止まり、3人に緊張が走るー
男はこちらを振り向くと、ゆっくり歩き出した。
時折り低く野太い声で、「ふふっふふふっ」と笑っている。
こちらに近付いてくるにつれ、徐々に男の全貌が見えてきた。
顔は相変わらず髪の毛でよく見えないが、右手には大きな刃物を持っている。
身長2m以上はあろうかという大男で、がっしりとした体格だ。
視線は確認できずとも、明らかにこちらを見ている事がわかる。
男との距離が3m程となった時ー
「ミャア」
公園の方から声がした。
機敏な動きで男が振り向く。
3人もまた、草陰から公園を見る。
ブランコの近くに猫が居た。
首輪が確認できる為、飼い猫のようだ。
男は猫に近付くと、ポケットから餌のようなものを取り出して与えた。
極度の緊張で感覚が麻痺していた3人は、目の前の温かい光景にホッと胸を撫で下ろす。
しかし次の瞬間ー
「ギャッ!!!」
男が餌のようなものを食べている猫に刃物を突き刺した。
痛みでのたうち回る猫を見つめながら何度も突き刺す。
男はやがて動かなくなった猫の身体を掴み、首を切り落とした。
「ふふふっふふっ」
男が笑う。
そして猫の頭部を口いっぱいに頬張り、ゴリゴリと咀嚼しながらエントランスへと戻っていった。
笑実は涙を流しながら必死に嗚咽を堪えている。
明里も無言で涙を流しながら彩香と笑実の手をギュッと握る。
彩香はしばらく固まっていたが、恐怖と怒りでパニックになり、飛び出そうとするのを明里と笑実が必死に止めた。
「彩香落ち着いて。」
明里が小声で叫びながら彩香を抑える。
笑実も涙を流しながら叫び出しそうになってる彩香の口を塞いだ。
やがて男は、猫の身体をエントランスのポストに無理矢理ねじ込んだ後、建物の中へと入っていった。