其の十一
ー漆原本家ー
宙には相変わらず葉巻の煙が漂っている。
「物の怪って…。」
漆原学は少し怒ったような表情をしている。
「親父、何を言うてるんや。
それに明人兄さんまで…」
「学よ、最後まで話を聞け。信じる信じないはその後に決めても遅くないやろ?」
黙って2人の様子を見ていた明人が呆れた様子の学を説得する。
銀治が灰皿に葉巻を置きながら口を開いた。
「せやなぁ…まずは昔話をせないかん。
うちの開祖の話はした事あったかいな?」
「ああ知っとるよ。陰陽師の…"漆原染界"様だったか?
染一の名前もそこから取ったんやもんな?」
学が確認しながら返事をする。
「せや。染界様は幼いころから陰陽道の修行に明け暮れ、その後は政府付きの陰陽師として漆原家の地位を確立させていった。」
銀治は腕を組み、やや上方を見つめながら話している。
「だから漆原家は今でも政府と繋がりがある。さっき警察のお偉方が来てたんもその為やろ?」
学が捕捉するように返す。
「その通り。まあ、とはいえ…漆原家には陰陽師としての仕事ができる人間はもう居らんがな。」
銀治の視線は上方から学、学からまた上方へと戻っていった。
学もやや上方を見つめ、記憶を辿るように話す。
「そもそも陰陽師って今で言う占い師や医者みたいなもんやろ?
陰陽師関連の文献を子供の頃から穴が空くほど見せられたおかげで、陰陽師のいろはが頭に入っとるわ。」
「せやな。それが漆原家に生まれた者の宿命やさかい。
才能の有無に関わらず、皆陰陽師のいろはを叩き込まれる。
しかしそれは表の面や。
裏の面をお前は知らん。」
「裏の面?」
訝しげな表情の学。
学の表情を気に留めていない様子の銀治が続ける。
「これまで何べんも言うてきたが、お前には才能が無かった。
それに…教師になるゆう夢もあったしな。
せやから漆原家の陰陽師稼業は俺の代で終わりにしよう思うて、お前に裏の面…つまり"陰法"の事は話さなかったんや。」
「陰法?」
銀治に対し、険しい表情をしている学の様子は、修行時代の親子関係を容易に想像させる。
「その昔、染界様が生きた平安時代には妖怪や鬼…いわゆる物の怪が当たり前に存在する世界があった。
そして陰陽師…特に染界様やその師、"安倍晴明"は占いや医術だけでなく、物の怪退治も生業としていたんや。
そして物の怪を退治する為の手段が陰法という力。
まあ実際に俺も見た事あるわけやないが、陰法とは星を操る力と言われとる。
漆原家の長い歴史の中でも陰法が使えたのは染界様を含めた数人程しかおらんかったらしい。
ちなみに俺が占いや祈祷に使うのは陽法と言う。」
銀治は話しながら再び葉巻を口に運ぶ。
思い出すような仕草をしている学。
「安倍晴明か…ガキの頃に文献や占事略決は見せられてたが"何だかすごい人"っていう印象以外はようわからんかったな。
しかし、星を操るとはまたスケールのでかい。」
「まあ本題はここからや。
安倍晴明の出生についての逸話は知っとるな?」
質問と同時に葉巻をふかす銀治。
「ああ、あの狐と人間の子とかいう…」
「せや。それはな、ほんまの事なんや。
晴明様は平安時代に生きた妖狐と人間の子なんやよ。」
「…え?」
目をまん丸にして驚いている様子の学と、真剣な眼差しの銀治、そしてその2人の様子を見守っている明人。
3人の頭上には再び葉巻の煙がふわふわと漂っていた。




