其の三
ー漆原家ー
漆原家の台所からは美味しそうな味噌の香りが立ち込めている。
父はコーヒーを傾けながら新聞を読んでおり、時折時計に目をやっている。
「あら、もうこんな時間。
子供達を起こしに行かないと。」
母は急いで階段を駆け上がっていく。
「染ちゃん、進ちゃん、朝よ。」
膝立ちでローベッドに上がり、起床を促す。
「…おはよママ。」
「おはよー!」
染一と弟の進次郎はほぼ同時に起床した。
「朝ご飯食べよっか!」
寝ぼけ眼の息子達へ優しい笑顔を向ける母。
寝起きにふと感じる寂しさから2人は思わず抱きついてしまった。
「あらあら、2人共甘えん坊さんね。
よし、ママと手を繋いで行こっか。」
3人は手を繋ぎながら階下へと降りていく。
「おはよう染一、進次郎。」
父親が新聞を置く。
「おはようお父さん。」
「おはよー!」
挨拶をしながら席に着く2人。
「おっと、もうこんな時間か。
母さん行ってくるよ。」
コーヒーを飲み干し、息子達の頭に手を置く父。
「染一、幼稚園楽しんでくるんだぞ。
進次郎はママの言う事をちゃんと聞いてお利口にするんだ。」
『はーい』
父は足早に仕事へと出て行った。
「お迎えのバスが来ちゃうから染ちゃんも早くご飯食べちゃってね。」
「うん。」
母に促された染一は眠い目をこすりながら朝食に手をつけ始めた。
ー漆原家前ー
「おはようございまーす!」
送迎バスから担任の先生が挨拶する。
「おはようございます。
じゃあ染ちゃん、楽しんできてね!」
母が園服の襟を正してあげている。
「じゃあママ、行ってきまあす。」
染一は母親と弟に手を振り、送迎バスに乗り込んだ。
バスは漆原家の前を離れ、徐々に速度を上げていく。
母はその後ろ姿が見えなくなるまで優しい表情を浮かべながら手を振り続けていた。




