第19夜 張り込み
漆原家付近
「もう2時間は経つぞ…
今日はあの彼と家でデートか〜?」
横流しの前髪にスラッとした体躯の男が漆原家付近の物陰で独り言を呟いている。
ネイビーの背広は新調したばかりなのかパリッとしていてとてもよく似合っている。
スマホのバイブレーションが鳴る。
「はい、もしもし。逆井です。
あっ、反町さん!お疲れ様です。
どうかしましたか?」
逆井は小声で話す。
[この間の血液検査の結果がようやっと出たんだ。
お前今どこに居る?すぐ戻れそうか?]
「今は白石明里の彼氏ん家付近です。
まだこの場を離れられそうにありません。」
[恋人が居たのか!
まあいい。
代わりの者を向かわせるから引き継ぎ次第戻ってこい!]
「わかりました。何かわかったんですね?
代わりが来たらすぐに向かいます。」
[そうだな…まあ話は戻ってきてからだ。
気を付けて戻ってこい。じゃあ後でな。]
逆井はスマホをポケットにしまった。
「いやーしかし暑いなぁ。
でもこのスーツ新調したばかりだから着ていたい…
TVに出てたモデルもおゃれは我慢って言ってたしな。
我慢!我慢!」
能天気な独り言を呟いていると、ブラウンの背広姿の男がやってきた。
「お疲れ様です。逆井巡査!
先月から捜査第一課配属になりました三者剛士巡査です。
反町さんの指令でこちらに伺いました。
白石明里の動向調査、自分が引き受けます。
ガタイの良い角刈りの若者がビシッとした姿勢で敬礼している。
「…三者さんっていくつなの?」
貫禄のある風貌と高い声のギャップのせいで年齢が掴めない逆井が聞く。
「自分は25歳であります。」
三者は依然敬礼を崩さない。
「俺の2個下…見えねえ…
でもやっと俺にも後輩ができたのか。
よし、三者くん、よろしくね!
じゃあ引き継ぎの内容だけど…」
逆井はメモを取り出し、引き継ぎを済ませた。
「じゃあ後はよろしく!」
両者は敬礼し合い、逆井はその場を離れた。
漆原家から徒歩5分程のコインパーキングに着いた逆井は自分の駐車ナンバーを確認し、精算機の前に立った。
「えーと9番9番っと…ん!?」
精算機には4,000円と表示されている。
「何で!?1時間600円だから1,200円だろ!?」
逆井は料金表の看板を確認した。
そこには【時間貸し1h600円】と記載されている。
「壊れてんだな、この精算機…
管理会社に電話してやる。」
看板に記載されている番号をスマホに入力した。
[はいもしもし、月美商会です。]
女性オペレーターが淡々とした口調で電話を取った。
「あーもしもし?
そちらの管理してるコインパーキングを利用した者ですけど。
精算機が壊れてて2時間で4,000円になっちゃってるよ。」
[大変失礼致しました。
それではお調べ致しますのでそちらのご住所をお教えください。]
「天海市天海ヶ丘4丁目」
[ありがとうございます。少々お待ち下さい。]
キーボードを打つ音が聞こえる。
[お待たせ致しました。
そちらの精算機は正常に作動しております。
この時間帯は1時間2,000円でのご提供となっておりますので2時間4,000円でお間違いありません。]
相変わらず淡々とした口調で話すオペレーターの女性。
「は!?
だって看板には1時間600円って書いてあるけど!?」
[いえ、それは夜間から早朝までの料金でございます。
日中は1時間2,000円と表記されてるはずですが。]
逆井は目を凝らして看板を見つめる…
あった。
看板の左下の隅に小さく【7:00〜19:00 1h2,000】と表記されていた。
「いやいや、こんなの気付かないよ!
おたくね〜、これは詐欺だよ!」
逆井は声を荒げる。
[と、申されましてもこちらは記載義務を果たしておりますので、お支払い頂けない場合は警察へご連絡させていただきますが。]
「ははーん。そーゆー態度ねぇ。
俺は警察官だ!
君達に厳重注意する。
今後は看板の表記を変えて適正価格に戻しなさい。」
[さようでございますか、それでは所属先とご指名を伺ってもよろしいでしょうか?]
「疑ってんな?
神奈川県警天海署捜査第一課の逆井健人巡査だ!」
[かしこまりました…
5分後に上の者から折り返させますので一旦切らせていただいてもよろしいでしょうか?]
「よろしい。あまり待たせないように。」
勝ちを確信した逆井の顔には余裕が見える。
ピッ
「全く!悪い奴が居るもんだな〜。
しかし正義の男、逆井健人が許さんぞ!
国家権力舐めんなよ!」
そんな独り言を言いながら電話を待っていると…
ブーッブーッ
ピッ
「もしもし、天海署の逆井巡査です。」
すぐに警察とわかるよう、逆井はそれっぽく電話に出る。
[逆井…お前何やったんだ?
今本庁からお前に厳重注意の電話が来たぞ。]
電話の相手は反町だった。
「えっ!?反町さん!?
てか厳重注意って何でですか!?
何もしてないですよ!」
余裕の表情から一転、逆井は焦っている。
[月美商会に厳重注意したって?
あそこは月美学会のグループ企業だ。
クビが飛ぶぞ。]
「えっあの宗教団体の!?
でも明らかにぼったくりですよこれ!
だって2時間で駐車料金4,000円ですよ!?
そんなの聞いた事あります!?」
逆井のスマホを持つ手は怒りで震えている。
「駐車料金は経費で落ちるようにしてやるからとりあえず帰ってこい!
月美学会に関しての話も帰ってきてからだ!」
ピッ
一方的に電話を切られた逆井は地面を力強く蹴り飛ばす。
「痛って!」
爪先を地面に強打した。
「月美学会って何なんだよ。チッ…。」
逆井はブツブツと文句を言いながらも精算機に4,000円を投入し、車へと乗り込んだ。
いつもご愛読いただきありがとうございます。
ウィルス性胃腸炎でくたばっておりまして、執筆が遅くなりました。
まだ本調子ではありませんが、何とか書いていきますので引き続きお楽しみいただければ幸いです。
皆さんもこの時期生の海鮮や生焼けの鶏、卵等の食品はもちろん公共のトイレの長居にはお気を付けください。
黒川一




