第13夜 再び
辺りを静寂が包む。
明里はもう一度襖に手を掛けた。
ガラガラッ
先程まで鉄扉だったかのような襖が簡単に開く。
大量の血が飛び散った部屋。
所々に首の無い修験者達が転がっている。
ここからでは暗くてよく見えないが、木製の不動明王のあぐらにはボウリング大の球のような物が積まれている。
明里は不動明王に近付く。
「っ!!」
人間の頭だ…
床に転がっている修験者の身体に付いていたはずのものが、顔がこちらを向くかたちで積まれている。
明里は吐き気を伴うと同時に気を失いそうになるが、何とか気力を振り絞り、祖父を探す。
「お祖父ちゃん!」
祖父はもう殺されてしまっているのではないか?
鬱陶しいぐらいに頭をよぎる不幸な結果を必死に振り払い、何度も声をかける。
「お祖父ちゃん!!」
「ぅぅううう…」
祖父の声だ!
しかし辺りを見回しても祖父の姿は無い。
ポタッポタッ
水の滴る音…
「お祖父ちゃん!!」
天井を見上げると、玄海が結界用に張り巡らせていた太縄が、首を括るような格好で梁から祖父をぶら下げていた。
祖父は太縄と首の間に顎を入れ、何とか窒息を免れている。
「待っててお祖父ちゃん!今降ろすから!」
明里は修験者達の頭部を踏まないように注意をしながら、不動明王をよじ登り、梁を伝って祖父に近付いた。
太縄を切る為に修験者の傍にあった短刀を持っていったが、太縄は不動明王と梁に引っ掛かっていただけで簡単に祖父を降ろすことができた。
「お祖父ちゃん、大丈夫!?」
横たわる祖父に駆け寄る。
!!
「お祖父ちゃん、右腕が…」
祖父の肩から先が失くなっている。
そしてその肩からは止めどなく血が溢れていた。
祖父の袴は血を吸っていてグッショリと濡れている。
明里は短刀で祖父の袴の裾を切り、肩にギュッと巻き付ける。
「お祖父ちゃん、しっかりして!!」
明里が祖父を抱える。
「ぅぅう…明里…無事か…?
玄海の法じゃ…。
明王様がわしの身代わりとなってくれた。
とにかく急いでここを出て警察を呼ぶのじゃ。
まだあやつが居るやもし………」
祖父は気を失った。
明里が不動明王の首元に目をやると、横一線に傷痕がある。
身代わりに切られたという事なのだろう。
明里は祖父に言われた通り110番通報をしたが、館から出る気は無かった。
「お祖父ちゃん、今警察と救急車を呼んだから…。」
大粒の涙を流しながら祖父に語りかける。
とはいえここは山奥。
近くに人は住んでいない。
警察と救急が来るまで一体どれぐらいの時間がかかるのか。
そして夥しい出血の量…
明里の目から見ても祖父が助からない事は明白だった。
涙を拭い、祓いの間を出る。
そして明里は3階へ続く階段をゆっくりと上がっていった。
黒い少女を探して…
3階、"玄海の間"と書かれた扉の前に明里は立つ。
「ここで終わらせる…。」
そう呟き襖に手をかける。
ガラガラッ
部屋に入ると異様な光景が明里の眼に飛び込む。
不動明王の絵画に玄海が逆さまに張り付いているのだ。
否、張り付けられている。(・・・・・・・・・)
まるで標本のように両足を重ねた所に錫杖が刺さり、逆さまで張り付けられている。
そして振り子運動のように錫杖を支点として死体が左右交互に揺れている。
その死に顔は恐怖という言葉では言い表せないほど酷く歪み、黒く、黒く変色していた。
明里の意識が遠くなる………
気を失う直前、かすれゆく視界の中心で、黒い少女がこちらを見ていた。
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夢を見ている。
そう、ここは夢の中。
部屋の片隅で少女が泣いている。
小学生ぐらいだろうか?
何かを繰り返し呟いている。
明里は耳を澄ませて言葉を拾う。
「ーなさい、良い子にしますから。
ごめんなさい、良い子にしますから。
ごめんなさい、良い子にしますから。」
ガチャッ
鍵を開ける音がして部屋の戸が開いた。
もう1人、同じぐらいの歳の女の子が入ってくる。
「お母さん出掛けたよ!はい、これ。」
自分で作ってきたのか、両手いっぱいに米粒を付けながら、ぐちゃぐちゃのおにぎりを差し出した。
「ありがとう…。ぐすっ…ぐすっ…」
何と、顔を上げた女の子はおにぎりを差し出した子と同じ顔をしている。
…双子?
バタン!!
母親らしき人物が勢いよく入ってきた。
「何やってんだてめえ!!」
バシッ、ドカッ!!
泣いていた女の子に力一杯の張り手と蹴りを食らわせる。
「うぐっ!!」
痛みでうずくまる女の子。
「ううぅ…ごめんなさいっ…ごめんなさい!
お腹空いてませんから!お腹空いてませんから!
許してください!」
おにぎりを持ってきた女の子は、恐怖で身体を震わせながら黙って見ている。
「やめて!!」
明里が止めに入ろうとすると突如空間が歪み始めた。
辺りが激しい炎に包まれる。
次の瞬間、明里の視点が母親の視点に切り替わった。
しかし身体の感覚が自分のものではない事をすぐに理解する。
「許してください、許してください、許して…」
女の子は火災の事など気に止めず、謝り続ける。
「急いで逃げないと!!」
明里が女の子の手を引く。
グンッ
明里は掴んだ少女の手を、逆にもの凄い力で引っ張られて倒された。
その間に双子は部屋の外に出て鍵をかける。
「熱っ!!」
火の勢いが増す。
『ふふふふ ふふふふ』
ドアの外から双子の笑い声が聞こえる。
明里はドアに手をかけるが、鍵が掛かっていて開かない。
「ねえ!そこに居るんでしょう?!出して!!
熱っ…」
『…………』
笑い声が止んだ…。
やがて明里の身体は炎に包まれる。
「あああああああああああああっ
熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!」
自分の声ではない声が悲鳴を上げる。
しかし炎に包まれているのは確かに自分だ。
『…ね。』
ドアの外から女の子の声がする。
明里は火災に包まれながらも必死に叫ぶ。
「熱いぃぃい、助けてえっ!!」
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
明里は激しい炎の中、ドア越しに少女達の呪いの言葉を聞きながら生き絶えた。
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「きゃあああああああああっ」
明里は悲鳴を上げながら飛び起きた。
「はあっはあっはあっ…」
どうやら目覚めた場所はまた病室のようだ。
明里は汗ばむ身体に気持ち悪さを感じながらも、夢と現実の境界がどこかを考えていた。




