第12夜 坂元玄海
明里は何とか頭の整理を付けようとしている。
「目的は私ってどうゆうこと?」
「それはわしにもわからん。
じゃがお前は幼い頃、悪霊や物の怪に憑かれやすい体質じゃった。
歳を重ねていく内に無くなっていったんで安心してたんじゃが今回はそれが出たんじゃろう。
お前ではなく、彩香ちゃんに憑いてしまったのは気まぐれか、図ったか、偶然か…。
しかしあくまで推測の域を出ん。
じゃからわからない事だらけの内は、間違っても自分のせいなどと気に病むでないぞ?
お前がそんな気持ちでいると、助けられるものも助けられなくなるかもしれんからのう。
いずれにしてもわしの甘さが招いた事態じゃ。
本当にすまなんだ。」
祖父が頭を下げる。
「そうだね…
とにかく彩香と笑実を助けることに気持ちを集中する。
それとお祖父ちゃんのせいでもないと思うよ。
少なくともその男の子は救われたんだもんっ!
頭を上げて…?」
(優しい子じゃ…。
灯子…この子は立派に育っておるぞ…。)
祖父の目からは涙が溢れそうになっている。
「すまないっ…。
しかし、彩香ちゃんと笑実ちゃんは必ず助け出す!
わしのこの命に代えても。」
固く決意した祖父の右手は相変わらず黒いが、力強く握った拳は小刻みに震えていた。
「大丈夫だよお祖父ちゃん。
私も絶対に2人を助け出すから!」
眩しいぐらいの前向きな明里の言葉が、祖父の沈んだ気持ちを持ち上げる。
「そうじゃな…必ず助け出そう!
して、明日は早くから行動せねばならぬ。
今日はもう休もう。」
祖父が再度促がす。
「うんっ。
明日に備えて今はゆっくり休むよ。
おやすみ、お祖父ちゃんっ!」
そう言うと明里は自分の部屋へと戻っていった。
「おやすみじゃ明里…。
………………
灯子…こんな時にお前が居てくれたらのう…
一体今どこにいるんじゃ…」
陽神神社の夜が更けていく
ー翌日
タクシーを降りた明里が会計を済ませる祖父を待っている。
「お祖父ちゃん、これからどこに行くの?」
トランクから荷物を取り出しながら明里が聞く。
「青森じゃ。恐山は知っとろう?」
「うん」
「その麓に修験者が拠点とする館があってのう…
そこの主に会いに行くんじゃ。」
明里は修験者が何かわからなかったが、とりあえず核心を聞いてみた。
「その主の人ってどんな人?」
「坂元玄海じゃ。
お前さんも名前ぐらいは知っとろう?」
坂元玄海…
5年程前、明里がまだ小学生だった頃に世間を騒がせていた霊能力者だ。
「知ってる…昔よくTVに出てた人だね。
その人なら彩香と笑実を助けられる…?」
「わからん…が、他の霊能者達には電話の時点で断られてしもうた。
皆、一様に"自分の手には負えない"と言ってのう。
玄海は拝金主義じゃが、実力は確かじゃ。
おそらく今日本で1番強い霊能者じゃと思う。」
1番強い霊能者…
その言葉が明里の中の希望の光を強くする。
「心強いね!玄海さんならきっと助けてくれる!」
明里は坂元玄海という希望に胸を躍らせながら新幹線に乗り込んだ。
「ああ、若い頃わしもあやつと共に修行してたが、今まで出会った誰よりも優秀じゃった。
きっとこの状況を何とかしてくれるじゃろう。
ほい、これ。」
道中買った駅弁を明里に手渡す。
「良かった…これで助かる…。」
明里はそう呟くと、駅弁の包装を剥がしていった。
ーその頃 恐山麓の館
「準備はできているか?」
金ピカの袴を纏った長髪の初老男性が部下らしき修験者達に尋ねた。
『はい、玄海様!』
修験者達は声を揃える。
「今日の相手は厄介そうだ。
白石との電話の最中も、"お前を殺す"としきりに耳元で囁いておったよ。
ふははははははっ!」
何がおかしいのか聞ける雰囲気でもなく、修験者達は下を向いたまま跪いている。
「ん…?
何だお前は…?
そうか、お前か…例の黒い少女は!!」
本日の儀式の為に玄海が用意していた太縄の結界の前、背丈5m程の不動明王の依代の膝下に黒い少女が佇んでいる。
修験者達も玄海の視線の方を見る。
!!
居る。確かにそこに居る。
しかし全員に見えているわけではなさそうだ。
「あれが見える者は俺の背後に付け!!
見えない者は結界を囲んで読経を始めよ!!
"俺を殺す"か…
ふふふふふ…面白い!
白石が来る前に祓ってやるわ!!」
黒い少女に表情は無いが、その場の見える(・・・)全員に嗤っているのがわかった。
「ここじゃ。」
明里と祖父は坂元玄海の館の前に立つ。
辺りはすっかり暗くなり、館の前の街灯だけが闇の中に浮かんでいる。
館は戦国時代の城のような出で立ちで所々に金箔を取り入れた、いかにも(・・・・)風貌だ。
「すごい…なんだか昔のお城みたいだね…。」
息を呑む明里。
「玄海の趣味じゃろうが、おそらく恐山周辺の景観に合わせたというのもあるじゃろうな。ここは国内外問わず、人気の観光スポットになっているからのう。」
祖父は青森県の経済事情も踏まえた説明をしながら、ある違和感に気付く。
「それにしてもおかしいのう。
ここには多くの修験者が居るはずなんじゃが、人の気配が全くしないのう…。」
「確かに人が居る感じはしないね。」
明里も同意する。
「ふむ、とりあえず入るかのう…。」
祖父は言い知れぬ不安を覚えながらも館の敷地内へと足を踏み入れた。
少し遅れて明里が続く。
敷地内はいわゆる日本庭園風で、玄関まで続く石畳が緩やかなカーブを描いている。
池には鹿威しがあり、時折「カコーン」と音が鳴る。
その側には長い縁側がズラッと出っ張り、この庭園は和を感じる場としては最高の空間となっている。
2人がベタな雰囲気を味わないがら進んでいくと、観音開きの扉の前に着いた。
中は外観に違わず伝統的な日本の城のような造りになっており、1階の広間にはオレンジ色の電灯が薄暗く光っている。
広間の壁際には所々に甲冑が置いてあり、今にも動き出しそうだ。
「おかしい…やはり人の気配がしないのう。
あやつは約束を違えるような奴では無いんじゃが…。
まさかっ…!」
祖父は急ぎ足で2階へと歩を進める。
「お祖父ちゃん待って!どうしたの!?」
明里も急ぎ足で後を追う。
祖父は緊迫した様子で、明里の声は耳に入っていないようだ。
2人は長い階段を上がっていく。
折り返しの踊り場に上がった時、祖父が突然左手を差し出し、明里を制止した。
鼻をつく異臭…
嗅いだことのない悪臭が立ち込める。
「お祖父ちゃんこれ何の…」
「しっ!静かにするのじゃ!」
祖父は明里の言葉を遮る。
そして祖父がゆっくりと階段を上がり始める。
明里も静かに付いていく。
1段、また1段と上がる…
階段先の廊下が見え始めた瞬間!
一瞬2人の心臓の鼓動は動きを止める。
階段先の廊下にドス黒く変色した足首。
踵がこちらを向いている為、背を向ける格好になり、明里達には気付いていない様子。
"黒い少女"だ。
もう少し階段を上がれば全体が見えるのだが、それができない。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、本能が"動くな"と告げている。
廊下が軋む音が聞こえる。
1歩、また1歩、黒い少女がゆっくりと廊下の奥へと歩いていく。
どれぐらいの時が経っただろうか…。
階段に佇む2人の下には大量の汗が滴っている。
「明里、ゆっくりと付いてまいれ。
絶対にわしから離れるんでないぞ。」
「わかった。」
祖父は左手で印を結びながら進む。
階段を上り切ると、奥に長い廊下が続いており、その先には3階へと続く階段がある。
黒い少女は居ない。
左手には廊下と同じぐらいの長さで襖が設置されており、祖父の記憶では襖を開けた先が祓いの間のはずだ。
印を解いた祖父は恐る恐る襖を開く…
!?
祓いの間の光景に絶句する。
「明里、こっちへは来るでない。
警察を呼ぶんじゃ。」
「え、どうゆうこと!?」
「大丈夫じゃから早く呼ぶのじ…」
突然祖父の右手が燃えるように熱くなる。
「ぐぅぅぅぅっ…」
「お祖父ちゃん!!どうしたの!?」
明里が祖父に駆け寄るー
次の瞬間
襖の隙間からスッと黒い手が伸びてきて祖父の右手を掴んだ。
反応する間も無く祖父は引きずり込まれ、襖が閉まる。
「お祖父ちゃん!!お祖父ちゃん!!」
必死に襖を開けようとするが、まるで鉄扉かのようにびくともしない。
「うああああああああああああああああ!!」
祓いの間から祖父の叫び声が聞こえる。
「お願い!開けて!開けてぇぇぇええ!!」
嘆願する声虚しく…
ブシャアアアアッ
「明里…逃げ…」
泣き崩れている明里の耳に、祖父の呟きが微かに聞こえた。




