5章 4話 アイサらしさ
便利屋の事務所のソファに、俺とアイサは向かい合わせに座り、看板娘コンテストのパフォーマンスを考えていた。
室内には、沈黙が鎮座する。
俺たちは難しい顔をして、何時間も同じ姿勢で、頭を悩ましている。
アイサがソファに倒れ込んだ。
「何も思い浮かばないよ~」
「便利屋をアピールできるパフォーマンスって、どういうのだろうな」
便利屋は、業務内容が多様過ぎるのだ。
飲食店は料理を提供するし、青果屋は野菜や果物を販売する。
便利屋には、「便利屋と言えば、これです」というような象徴がない。
だから、衣装を選んでくれた春子と音羽に対しても、曖昧模糊とした説明になってしまったのだ。
アイサに尋ねる。
「リオは去年何やったんだ?」
「料理の乗ったお皿を右手と左手に三枚ずつ持って、踊ってたよ。絶妙にバランスを取って、くるくる回って、凄かったな~。その前の年は、鉄の鍋でジャグリング、その前はパンの早食いだったかな」
いろいろやってるんだな。
「ちょっと休憩にしようか」
「そうだね」
アイサが起き上がって、台所へ行った。
しばらくして、二人分の紅茶を持って戻ってくる。
紅茶を一口すすった後、アイサがぽつりと呟いた。
「私って無個性なんだよね」
「なんだよ、急に」
アイサは紅茶に視線を落としたまま、
「小さい頃からぼんやりしててね。人より優れていることとか、取り柄みたいなものがないの。勉強も運動もできなくて。リオみたいにしっかり者でもないし、ショウみたいに社交的でもない。便利屋も、レンが手伝ってくれるまでは、全然だったしね」
自身を卑下するアイサ。
「俺は無個性だなんて思わないぞ。まだそんなに長い付き合いじゃないけど、アイサは人に無いものをたくさん持ってる。いつも笑顔でいるところや、気配りができるところ。それから、アイサくらい他人のことで一生懸命になれるやつは、そうはいない。アイサに救われたやつはいっぱいいるはずだ。俺だってそうだ。初対面の俺を、しかも違う世界から来た、なんて不審な男を助けてくれたんだからな」
「ありがとう。レンはやっぱり優しいね」
アイサは俺に微笑みかけた後、
「今日ずっと元気がないけど、何かあった?」
「…………」
表情や態度に出さないようにしていたつもりだったが、気を遣わせてしまったらしい。
「もしかして、レンの世界の愛砂さんのことで悩んでる?」
女の勘とでも言うのだろうか。どう答えようかと迷っていると、
「レンの世界の愛砂さんはどんな人なの? 私そっくりって言ってたけど、外見以外も似てるの?」
「そうだな。性格は全然違うな。落ち着いていて、あんまり喋らない。近寄りがたいっていう人もいれば、クールでカッコいいっていう人もいる。勉強はかなりできるな。俺の学年で一番頭が良い」
「私とは大違いだね」
昔はそうじゃなかったんだけどな、と言いかけて、口を噤んだ。
それを言えば、杏さんについて触れないといけないから。
俺は話の接ぎ穂を探し、
「でも、似てるところもあるぞ。あいつも泳げないんだ。そこは共通してるだろ」
「レンは愛砂さんのこと、よく見てるんだね」
「こっちの世界の愛砂と俺は、幼馴染だからな」
アイサは何か言いたそうに口唇を微動させたが、ゆっくりと閉じられた。
何を言おうとしたとしたのか、聞こうとしたとき、アダムが帰ってきた。
アダムも打ち合わせに参加してもらおうと思っていたのだが、今日に限って外出していたのだ。
「どこ行ってたんだよ?」
「これを探しに行っていたのです」
アダムは首に掛けていた鞄を下ろし、中から束の羊皮紙を出し、テーブルに並べた。
「なんだ、これ」
「過去の看板娘コンテストの資料です。お店の種類と出場者の名前、そしてどんなパフォーマンスをしたのかが、一覧で載っています」
羊皮紙に目を通す。
洋服屋、メリー、自分がデザインした衣装のプレゼンと披露。
武器屋、フィーネ、剣を使った舞踊。
楽器屋、シー、レベックの演奏。
この調子で、出場者の情報が羅列されている。
「こんなのどこで手に入れたんだ?」
「コンテストは労働組合が運営委員会を立ち上げるのですが、そこが毎年記録として残しているのです。それをお借りしてきたのですよ」
「さすがアダムだね。偉い、偉い」
アイサが、アダムの頭を執拗に撫で回す。
「あの、アイサ様。摩擦で頭が熱いのですけど」
アイサとアダムを他所に、俺は資料を読んでいく。
過去数年分の出場者を見ていると、あることに気付いた。
優勝者のパフォーマンスは、その子の店の仕事と関係がないのだ。
ずっと便利屋らしさとは何か、ということばかりを考えていた。
そうじゃないんだ。
看板娘コンテストは、自分が働く店の宣伝の場だと思っていた。
もちろん、そういう側面もある。
だけど、それよりも出場する女の子の魅力を引き出す方がいい。
つまり、アイサらしさを追求すればいいんだ。
「なぁ、魔術なんてどうだ? コンテストのパフォーマンス」
アイサは虚を突かれたというように、目を丸くした。
「無理だよ。私の魔術なんて、人に見せられるようなものじゃないもん」
「でも、巨大スライムから俺を助けてくれたとき、凄い魔術使ってただろ」
「だから、あれはたまたま上手くいっただけだよ」
「俺は、アイサならできると思うけどな」
アダムも俺に同調する。
「恐れながら、私もそう思います。アイサ様の体内の魔力は、以前よりも確実に強固なものになっています」
アイサはしばらく考えた後、小さく頷いた。
「やってみるよ」
「そうか。それと衣装なんだけど、いつも事務所で着てる格好でいいんじゃないか」
アイサは事務所では、普段着に簡単なエプロンをつけている。
「え? そんなので大丈夫かな?」
「下手に背伸びするより、アイサの人柄を知ってもらえるようなものの方がいい」
衣装についてもアイサは納得し、それから俺たちは炎の魔術を扱ったパフォーマンスを考えた。




