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推しメンに熱愛が発覚したような寂しさ

いよいよ明日はZ高との練習試合。


部活後、男テニ一同と歩いて男子部室棟に向かう。

学校の片隅、体育館にもグランドにも遠い隔離されたようなこの場所は、自然発生的女人禁制。女子の間では、有毒ガスが充満しているとか、第二次世界大戦のときの不発弾が埋まっているとか噂があるエリア。


男子部室棟の周りには、様々なものがある。バスケットゴール、ベンチ、ハンモック、物干し、二層式洗濯機。

サッカー部軍団がハンモックやベンチ周辺に荷物を置いて、バスケをして遊んでいた。


「ゴールうぃぃぃ」


ゴンッ


だらだらと時間を潰す声が聞こえてくる。

サッカー部の集団の中には、タケちゃんの姿もあった。


「負けたらラーメンのトッピング奢り、な」

「よっし、チャーシューと卵シュート!」


ぱさっ


「おっしゃ。ラーメン」

「なー。でも明日、集合早いベー」


サッカー部であろうとテニス部であろうと、安定のだらだら感。我が校はスポーツ弱々。



男テニの部室内はどんよりとしていた。

恒例の、ジャンケンジュースパシリのゲームをする気力はオレ達に残っていなかった。翌日のZ高との練習試合が憂鬱過ぎる。誰もが口数少ない。


着替え終わって部室の外に出ると、サッカー部はいなくなっていた。

横浜駅周辺のラーメン屋でばったり会うことが多い。今日もその辺にいるのかもしれない。


ん?


ハンモックに何かが乗っかている。

近づいてみると、それはアディダスの巾着袋。ヒモを通す部分にはうさぎの絆創膏。


これ、タケちゃんのじゃん。


「なー。サッカー部は?」


オレは手にぶらーんと巾着袋を掲げて聞いた。


「帰ったんじゃね?」


と小田。部室に入る前に騒がしかったバスケットのゴール周りには誰もいない。

巾着袋の中を見てみればスパイクシューズ。


「明日、サッカー部、試合っつってた。埼玉まで遠征するって」


誰かが教えてくれた。


スパイクなかったら困るじゃん。タケちゃん、レギュラーじゃん。

タケちゃんに電話してみた。出ねーし。

LINEを送ってみた。既読んならねーし。


「オレ、これ、タケちゃんに届けてくる」


ぞろぞろと大勢で校門をくぐるとき、オレはマック行きをパス。


「タケちゃんに? 何それ」


タケちゃんと仲のいいミナトが足を止めた。


「スパイク」


それを聞いて、ミナトはあちゃーっという顔をした。それは周りにいたみんなも。


「やば」

「なかったら出れねーじゃん」

「サッカー部、朝早いっつってたしな」

「宗哲、家知ってんの?」


女テニの可愛い子が片っ端からサッカー部にもってかれようが、男テニは基本、いいヤツばっか。逆恨みするなんて陰湿な心はない。様々な面において己を知っている。


「この近所」


横浜駅方面に向かうみんなと分かれて、オレはタケちゃんの家方面に向かった。


「宗哲、タケちゃん家ならオレも行く」


たったったっとミナトが走って来た。


「タケちゃん、電話出ねーし。LINE気づいてねーみたい」

「駅ら辺で遊んでんのかもな」


タケちゃんちの家は、反町の外れ。学校から徒歩で行ける。坂を下ればOK。

てくてくと坂を下ると割と近かった。道路の先にタケちゃんとこのアパートが見えてきた。

歩きながら再度連絡してみたけど、反応なし。


「留守っぽい」


スマホをズボンのポケットに入れながらミナトに告げた。


「アパートのドアノブにでも掛とけば?」


くねくねと曲がった車1台が通れるくらいの道を歩きながら、壁がすすけた古い木造2階建てのアパートを眺めた。カンカン足音がする茶色い外階段がついている。何度も訪れたことがあるから知っている。それはもう所々塗装が剥げて錆びついている年代物。

タケちゃんの部屋は、2階の外階段を上ったすぐの部屋。


建物に近づいて行くと、アパートのタケちゃんの部屋のドアが開いた。

ミナトとオレは、同時に足を止めた。なぜなら、ドアの陰から身切れて見えたのが紺のスカートに紺のカーディガンの背中だったから。

女の子。


次に片足が見えたとき、すぐ分かった。ももしお。

ももしおは、日本人離れした小顔で手脚が長い。プロポーションのバランスが一般人とはまるで違う。

あんな、すぺーんと棒みたいな脚、ももしおしかいない。顔の部分が見えていなくても特定できる。


オレは声を出さずにミナトに口パク。


『ヤバイ』


ミナトも目をまん丸にしてコクコクと頷いた。急いで、タケちゃんの木造アパートから3軒ほど手前の別の集合住宅のポストスペースに入った。


カンカンと階段を降りてきた足音は、こちらには向かってこなかった。


そっと道路を見ると、ラケットバッグを背負ってぴょんぴょんと跳ねるように歩く後ろ姿。縦長のシルエットは反町駅方向へ遠のいて行った。


「マジでー?!」


思わず声が出てしまった。


「お似合いだよな。今更感あるけど」


ミナトはぼそっと呟いた。


オレは手にぶら下げていたアディダスの巾着袋を持ち上げた。うさぎの絆創膏。

してたじゃん。ももしおが。右手の人差指に貼ってた。

普通の女の子だったら、女子力を見せるためにほつれた部分を縫ってくれるのかもしれない。だけどさ、ももしおが針仕事をするなんて想像できない。ほつれた部分に絆創膏なんて、いかにもやりそう。


「そっかぁ。もう、ももしおちゃん、とんでもなくエロいこと平気で言わなくなるのかー。なんか、地味にショックだなー」


ん? ショック?


「ミナト、ももしおのこと、いいと思ってた?」

「そーじゃないけどさ、なんか寂しくね? なんかこう『子供だ子供だと思ってたのに、いつの間に』みないな」

「それ、親父かよ」

「いや、そこまでじゃ。ほら、推しメンに熱愛が発覚したような寂しさっつーの?」

「おー。なんか分かるかも」


オレだってけやき坂46の白石麻衣ちゃんが熱愛でスクープされたらショック。

ももしお×ねぎまは、やっぱ学校のアイドル的存在なんだな。


ねぎまとつき合うようになったとき、オレはヤローからじろじろ敵意の目で見られたりした。当然だ。オレはタケちゃんのことをそんな目で見るつもりはないけどさ、なんつーの、やっぱ超絶美少女は、学校生活の潤いだったわけで。共有財産的な?

ねぎまをカノジョにしたオレって、罪深かったんだなー。


それにしても。


「なんでオレらに言わないわけ?」


祝福するのに。

ミナトとオレどころか、ねぎまにも話していなさそう。知ってたら、ねぎまはあそこまで悩んでねーし。


「だよなー。ももしおちゃん、ゼットンのこと騒いでたすぐ後だから、気まずいとか?」

「いやいやいや」


オレは否定した。だってももしおは、カリスマ投資家に告白した舌の根も乾かないうちに、堂々と次の男への一目惚れ宣言をしたようなやつ。(「ももしお×ねぎま 夏カノ相場」でのストーリー)


「だったら、恥ずかしがってるとか?」

「いやいやいや」


と再びオレは否定。だってももしおは、覆面告白企画とはいえ、全校生徒の中で堂々と告ったやつ。(「ももしお×ねぎま 恋愛のボラティリティを見極めよ」でのストーリー)


「うーん。だよなー。ももしおちゃんが隠す理由が分からん」


ミナトが首を傾げる。


「でもま、ももしお本人が隠してるなら、知らんぷりするしかねーじゃん」


不本意だけどさ。


ももしおが授業をサボってる理由は、タケちゃんが知ってるのかもしれない。



今タケちゃんのところへ行くと、ももしおを見てしまったことがバレる。ミナトとオレはきっかり5分ぼーっと過ごし、タケちゃんとこのアパートの前で、再度電話してみた。


『はい。西武です』


出た。

オレは歩を進めて、木造アパートのとこ度心錆びついた階段を登り始めた。ミナトもオレについてくる。


「タケちゃん? 宗哲だけど。LINE見た?」

『ごめん。まだ見てへん』

「今、アパートの前。タケちゃん、スパイク忘れてった」

『マジで? ありがとお』


かちゃ


2階の部屋から顔を出したタケちゃんに、階段の途中から手を振った。


「ありがとお」


タケちゃんは部屋から出て来て、後ろ手にドアを閉めた。オレ達がいる階段のところまで来て、スパイク入りの巾着袋を受け取った。


タケちゃんは今日も魚の臭いを身にまとっていた。

ももしおの手にウロコがついてたことがあったっけ。魚飼ってるとか?


そして、いいヤツタケちゃんは、アパートの前の道路まで出て来て、オレ達を見送ってくれたのだった。


タケちゃんの姿が見えなくなったところで、ミナトが言った。


「こーゆーのって聞きにくいよな」


同意して頷く。


「ねぎまに黙っといて」


ミナトに口止めした。


「は? ももしおちゃんって、ねぎまちゃんにも言ってねーの?」

「うん。たぶん、あの辺の女子も知らねーと思う」

「へー」


「でもさ―、ミナト。普通につき合ってるんだったら、授業と部活サボることなくね?」

「タケちゃんの方は、授業さぼってんの?」

「出てる」


オレは同じクラスだから分かる。タケちゃんはちゃんと授業を受けている。


「だよなー。タケちゃんはサッカー部もちゃんと出てるし。

 あ、ももしおちゃんが手料理作ったりするのに時間かけてるとか。ww」

「ももしおのヤツ、そーゆーの苦手っぽいもんなー。ww」


憶測はその辺りで打ち切って、ミナトとオレは話題をインスツルメンタルのバンドに切り替えた。


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