社会の理不尽
男テニ処刑の日は、雲一つない秋晴れだった。
ももしおが、いつも一緒にいる友達と7、8人で、テニスコート横に現れた。
「宗哲君、ミナト君、応援に来たの。がんばれー」
調子のいい。
あれ? ねぎまの姿がない。
「ねぎまは?」
「マイマイはバド部」
そーいえば、練習試合があるって言ってたよな。
「「「「「「こんにちは。今日は頑張ってね。ミナトくーん♡ あ、宗哲君も」」」」」」
金網越しにミナトを応援するみなさん。どうも、このメンバーにとって、オレはミナトのおまけらしい。
「マイマイはね、副部長なの。だからバド部をさぼれないの。ごめんね、宗哲君」
ももしおの友達の1人が教えてくれた。
「え、副部長? 部長は?」
「私」
普通に答えるももしお。
「おいー」
やりたい放題だな。部長のくせに部活サボってんのか。
ももしおは確かに運動神経抜群。バド部で1番強いのは容易に想像がつく。でもさ、部長を任せていい人間かどーかは見極めろよ、バド部。
「ホントはね、マイマイも誘ったんだけど」
「ムリだよー」
「マイマイ、真面目だもん」
「ごめんごめんー、宗哲君」
「もともと、シオリンがこんなだから、マイマイが副部長にされたんだしねー」
「部長の仕事、ほぼほぼ、マイマイがやってない?」
ももしおの友達が口々に暴露する。
Z高が来るという噂は女子の間に拡散されていたらしく、テニスコートの周りに女子がいっぱい。
観覧スペースなんてもちろんない。金網の向こうにずらーっと立ち見。
男テニ始まって以来のギャラリー。
でもって、いたよ。
髭のヤロー。
投資部じゃなくて硬式テニス部だったのかよ。
タケちゃんの件ですっかり忘れかけてた。
ももしおの目は髭のヤローにロックオン。ゼットン、ビンゴか。
竹野内豊にマジ似。
おい、ももしお、タケちゃんはどーなった。
練習試合開始。
なんか、モテ高、ナンパ軍団のくせに巧いんっすけどー。わりとコテンパンっすけどー。
顧問曰く、半分は、幼少のころからきっちりテニスをしてきた人間なのだとか。フォーム、めちゃ綺麗。逆になんで練習試合にオレらの高校OKした? コートだって凸凹で整備行き届いてないのに。
女の子達の黄色い声は、テニスコートに立つ相手選手のイケメン度で変わる。
竹内涼真風、キャ―――――――がんばって―――――♡
柳楽優弥もどき、キャ―――――――がんばって―――――♡
なんちゃって菅田将暉、キャ―――――――がんばって―――――♡
EXILEがんちゃんっぽい、キャ―――――――がんばって―――――♡
普通男子、声援なし。
どーなの、これ。
男見ないで試合見ろよ。あ、やっぱ試合は見るな。
オレら、女子の前で公開処刑されるって何?
運悪く、超強いヤツに当たると瞬殺。
ダブルスで髭のヤローと当たった。オレは小田とペア。
試合前に小田の目は闘争心よりも、嫉妬心に燃えていた。
「宗哲、漢には絶対に負けられない闘いがある」
「やー、でも、フツーに強くね?」
「諦めんのか? イケメンで脚長くてモテ校でいいテニスコート使ってるヤツに負けられるかよっ。
こっちだって、漢のプライドってもんがあるだろ。髭なんか生やしやがって」
既に心が負け犬の小田。
「ま、とりあえず、頑張ろーか」
強ぇ。球避けたい。走らされて遊ばれてる。
とりあえず、負け。
顧問はご機嫌。教え子がこんな情けない状態なのに、どーなの?
「はははは。お前ら、こんなに走ったことないだろ。いつもちんたら部活してるもんなー。走っとけ走っとけー」
顧問、Sだな。
練習試合後、オレ達はよれよれ。Z高のヤツらは爽やかなまま。
だろーよ。走ってねーもん。余裕で試合してやがった。
ももしおと7、8人いる友達は華やかで綺麗な子ばっか。しっかりナンパされていた。
ねぎま、来なくて正解。
試合が終わると、我が校の顧問とZ高の顧問がジャージからお洒落な私服に着替えていた。いつの間に。
「先生、髪まで遊ばせちゃってますけど、どーしたんっすか?」
聞いてみた。
「いや、この後ちょっと」
20代後半の顧問は毛先を気にしている。いつも耳クソ飛ばしてんのにさ。
そこへZ高の顧問がスマホを見ながらやってきた。
「おい、横浜の女の子、レベル高ぇ」
と、Z高の顧問は嬉しそうに我が校の顧問の首にがしっと腕を回し、スマホ画面を見せた。
すかさずオレは、スマホと顧問の間で鑑賞。画面には20代の女性が4人。笑顔。
「綺麗な方々ですね」
「どけ、宗哲」
「先生、ひょっとして、合コンついでの練習試合だったんですか?」
オレは核心を衝いたようだった。
「なんだよ、宗哲」
「別に」
ムカツク。今日の惨憺たる試合は、たかが合コンのせいだったなんて。
「宗哲、大目に見ろって」
「そうだよ。君」
なんだかZ高の顧問までオレに話しかけてくる。
「なぁ宗哲。教師って職業は、圧倒的に出会いがないんだ。どんなに可愛い好みの女子生徒がいたって、禁断の果実。うっかり手を伸ばそうもんなら、淫行で社会から抹殺される。いや世論による撲殺だ。教育実習に綺麗な子が来たからって、飲みに誘えば、パワハラ&セクハラ。
職場に、フリーで適齢で自分の好みの女が赴任する可能性なんて奇跡に近い。
日本の少子化に歯止めをかけるためにも、オレ達は頑張らなきゃいけないんだ」
けっ。長い言い訳しやがって。
「私立男子校の現状はもっと悲惨だよ、君。
教育実習は卒業生。つまり、全員男。公立と違って、教職員のメンバーが入れ替わることは極めて少ない。男子校ということもあって、女性の教師はほぼいない。いたとしても、すっげーババア、ん、っと、熟女だったりする」
Z高の顧問は、うっかり「ババア」発言。
「あれ? この間お前、派遣の23歳の事務の子とやっちゃったとか言ってなかったっけ?」
と顧問。
「うるせーよ。お前こそ、前任のとこの卒業生に手ぇ出したんだろ?」
とZ高の顧問。
2人はお互いに弱味を握り合っているようだ。
あほくさ。
帰ろ。
こんな風にぼろっぼろに負けた日は、騒ぐしかねーじゃん。
「カラオケ、予約したぞー」
さすが部長。部長らしい仕事ぶり。
「「「「「「おおおおーーーーー」」」」」
どっかで食って、7時半カラオケ集合。男テニ2年は総勢40名ほど。幽霊部員も多い。
本日の参加者は20名以上。全員が同じ場所で夕食を食べるのは、土曜日ということもあって難しいから、カラオケ店現地集合。
オレ達は8人でぶらぶらと横浜駅方面へ向かった。
そして、駅から少し離れた場所にあるファミレスに入った。
一目見て隔離したいと思われたのか、案内されたのは、仕切りの向こうの1番奥の席。どさっどさっとラケットバッグを隅に積み上げ、4人ずつに分かれて座った。
「疲れたー」
「オレ、たぶん明日筋肉痛」
口々に本日の感想やら感情やらが出てくる。一応オレは、顧問の合コンについて黙っておいた。今ゲロったら火に油。来週月曜くらいに顧問が闇討ちに会いかねない。
「オレも筋肉痛」
あらら、男テニの筋トレマニアすらこの調子。
「いつも筋トレあんなにしてんのに? プロテイン飲んでさ」
突っ込むオレ。
「あかん。女にモテる胸筋と上腕二頭筋しか鍛えてねーし」
だらーっと寛ぐと、1日の体の疲れた和らいでいく。
練習試合だからとか、そーゆーことじゃなくて、負けて悔しいとかは全く無い。そこまで真剣にテニスをやってるヤツがいないから。大学生になってから、女の子とテニスしたときに、教えてあげられる程度でOK―――そんなスタンス。
炭水化物をひたすら補給。
「モテ校で強いとか、ねーし」
悔しくなくても、こてんぱんに負ければ凹む。しかも大勢の女子ギャラリーの前で。
「反則だよな」
負け犬小田もオレに同意した。
「社会の理不尽っつーの?」
おおっと、ミナトまでカルボナーラを食べながらぼやく。確かに理不尽。合コンついでの練習試合なんて。
筋トレマニアはプロテイン入りの容器をテーブルに出していた。
「お前、まさかのここでプロテイン?」
「動いた後が効果的なんだって。宗哲も飲む?」
「や、今度にしとく」
テニスの話なんて秒で終わり。オレ達はお笑いの話なんかをして盛り上がっていた。
そんなとき、少し高い声が耳にい入ってきた。ももしお達、女子集団の声。
「12名様ですね。お席が2つに分かれてしまいますがよろしいですか?」
社員教育が行き届いた店員は、よく通る聞き取り易い声で案内する。てくてくと歩き、オレ達のいる席の、仕切りを挟んで隣の席にももしお達を案内した。
仕切りの高さは約140センチ。上の方はすりガラスで店名が模様になっている。店名の模様部分は透明なガラス。低い壁状のしきりとガラス部分との間にわずかな隙間があり、不自然な姿勢になれば、そこから隣のテーブル席を覗くことができる。
もちろん覗いた。小田とオレ。




