ふざけるなっ
パン屋の後、カモメ橋を横浜駅方面に渡った。
西口に出て、ももしおの案内でてくてくと進むと、大きなビルが立ち並ぶ大通りを自動販売機のある角で曲がった。すると、やや小さ目のオフィスビルが立ち並ぶ通りになった。所々、搬入用なのかトラックが停車していたり、清掃会社の車が停車したりしていた。大通りではないが、大きなトラックが停まっていても、充分他の車が通れる道幅があった。
働き方改革が行き届いているのか、7時の今、道路に人通りはほとんどない。
道路の端、ビルの前でももしおが立ち止まった。
「ここ」
それは隣のビルとの境界辺り。隣のビルの前には、2トントラックが停車していた。
ん?
獣臭い。
オレが顔をしかめると、ねぎまが気づいた。
「そんなに怒らなくってもいーじゃん。宗哲クン」
ねぎまはオレが怒っていると勘違いした。
「じゃなくて、なんか、モケ山動物園のにおいがする」
モケ山動物園は街中の狭い場所に多くの動物がいるせいか、結構な獣の臭いがする。
「「言われてみればそうかも」」
すんすんすんとねぎまとミナトが臭いを嗅いだ。
ももしおは、プレーリードッグみたいに手を前に、上を向いてすんすんすんと臭いをだとってふらふらと歩いて行く。おいー。どこまで行くんだよ。
ももしおは停車していた2トントラックの荷台の後ろ、ちょうど出し入れの扉があるところで中に向けて指を差した。
はい、そこまでー。
もうダメ。それ以上関わるな。逃げるぞ。
そう思ったのはミナトとオレ。目が合った。
「あー、開いてるよ」
「あ、ダメじゃん、シオリンったら」
!
目を疑った。
あろうことか、ももしおはがちゃっがちゃっぎーっとトラックの荷台の扉を開けて中を覗き、するっとねぎまがトラックの荷台に飛び乗って中に体を滑り込ませた。
マジで?
驚いてトラックに駆け寄ったときには、ももしおまでトラックの荷台に乗り込んでいた。
ミナトとオレはフリーズ状態。
「ねーねー、来て」
暗がりからねぎまが誘う。ふざけるな。色っぽいシチュエーションじゃないから行きたくない。
そーゆー問題じゃねーよ。オレはモラリストなんだよっ。
「宗哲、人が来る」
ミナトのその一言で、オレの脳は冷静な判断を失った。心臓が飛び出るくらい誤作動した瞬間、オレはトラックの中に身を隠してしまった。それはミナトも。
見つかったら殺されるかも。変な汗を流しながら、心臓はばっくばく。
なのに、ももしお×ねぎまは、
カシャカシャカシャカシャ
フラッシュを使って写真撮影。しかも連写する音が聞こえてくる。
人の足音が遠のくまで、ミナトとオレは、トラックの荷台の扉にくっついて固まっていたというのに。
ほっ
人が通り過ぎたようだ。
トラックの中は、息を止めたくなるような獣臭。いったい何?
そっとももしお×ねぎまのスマホの光を頼りに、恐る恐る奥に進んだ。
「ぎぎーっぎぎーっ」
「キィーー」
ばたばたばた
でかいオウムが3羽いた。暗がりで模様は不明。きっと派手なんだろーな―。1つのカゴに1羽ずつ。
他にも派手な亀。それからネズミザルっぽいやつ。詳しくねーけど、いかにも動物園にしかいねーじゃんって感じの。
それらは檻に入れられていて、周りには、カモフラージュのためなのか普通の段ボールや木箱も積まれていた。
ももしお×ねぎまは1つの大きな檻の前で立ち止まっていた。
ねぎまがそっと檻の中にスマホの光を当てた。
「ぶーぶー」
その動物は押したら音が出る赤ちゃんの玩具みたいな声で鳴いた。
これは何かの冗談だって。きっとさ、シロクマがサングラスかけて耳に黒い帽子被ってるだけだって。
あ、シロクマもなんかレッドリストっぽいよな。ってことは、クマだ。クマ。クマがうっかり白い粉で顔洗ったんだよ。
『に・げ・ろ』
オレはスマホを持つねぎまの手首を掴んで、光を自分の顔に当てた。暗がりで必死の形相を作って訴えた。
それから急いで、ねぎまの手首を掴んだままトラックの扉に向かう。
と、扉から微かな光が漏れてきた。縦一直線。
ヤバい。
オレは、すぐ傍に積んであった段ボールの影にねぎまを押し込み、自分も身をひそめた。
変な汗が出る。胃が潰れそう。
縦一直線の光は徐々に幅を広げ、誰かが音もなく乗り込んできた。
奥にいるミナトとももしおは上手く隠れたんだろうか。
細いペン型の懐中電灯の光が目の前を横切って行った。足音を立てずに進む様は、そいつが正式な訪問者じゃないってことを示していた。
光の場所が止まった。
「はーっ」
小さく息を吐く音。
しばらくしてから、声が聞こえた。電話してる?
「あー、オレ。パス。
人間しかやらないことにしてんだよ。金はいらねー。他当たって」
声は男。
そのすぐ後、懐中電灯の光が動いていく。
息を殺していたというのに、光はオレの靴の先を照らした。そして、次の瞬間、眩しいほどの光がオレの目を直撃した。
ねぎまだけは守らないと。
そう思ったオレは、段ボールにつかまりながら、立ち上がって光の中に身を晒した。
「チャイニーズ?」
そう聞かれた。
「ジャバニーズ」
「何してる」
光が眩しくて、男の顔は確認できない。
「獣の臭いがしたから、気になって」
「見た?」
こくりとオレは首を縦に振った。
男は、はーっと再び息を吐いた。
「あれだけは、ヤバいんだよ。国交問題。だから、30分以内に、もう1人来る。その前に出ろ」
「どうなるんですか?」
「ここにいたら、先にお前が消される。じゃなくても、エサを調達した運転手が帰ってきて見つかったら青龍刀で首詰められるぞ」
男は足音を立てずに歩を進め、無音で扉を開けて出て行った。
男が外に出たときに後ろ姿が見えた。
デニム、黒のジャンパー、ニューバランスのグレーのシューズ。顔は見えなかった。
男が出たってことは、今なら大丈夫ってこと。
「逃げろ」
オレはミナトとももしおに言った。そして、ねぎまの手を握った。
そっと扉を開ける。人影はなし。オレはトラックの荷台から飛び降りた。すぐ後にねぎま、続いてミナト。
そして、ももしおとパンダ。
え?
ももしおは赤ちゃんでも抱っこするように、パンダを抱きかかえて、ぴょんと地面に降り立った。
「逃げるよ!」
そう一言残して、ももしおが走り出す。
「ふざけるなっ」
急いで後を追う。速ぇっ。
1ブロック走ったところで、ももしおがやっと立ち止まった。そして、カーディガンを思い切り伸ばして、抱きかかえているパンダの模様が見えないようにした。
いやいやいや。耳見えてるし。
ももしおが抱っこしているパンダはどう見ても赤ちゃんパンダ。見た感じ、家に届く30キロ入りの米袋くらい。かわいいサイズを通り越してるじゃん。可愛いけどさ。
「ももしおちゃん、気持ちは分かるけど、ペンギンどころじゃないヤバさだって」
いつもは穏やかなミナトもさすがに厳しい顔。
それでも、ねぎまはももしおの味方だった。ももしおの前に立ちはだかって真剣な目をミナトとオレに向けた。
「私だって近くにいたら、同じことしてた。シオリンを責めないで」
なんか、もう、ももしお×ねぎまってオレのキャパ越えてるよな。
「なあ、取りあえず、どこ行く? コンシェルジュがいて監視カメラもあるミナトのマンションは危ない」
「プールの男子更衣室」
ねぎまが言った。
でもさ、暗幕も返した。今は夜。
「オレんちの船行こ」
小さな釣り船。キャビンは狭くても扉が付いている。
どう考えてもパンダを飼うことはできないが、人目を避けて話し合うことはできる。
リュックに入るスイカは隠すのが簡単だった。
どーするよ。このデカさ。どーやって船まで行く?
ももしおは平気な顔で抱っこしてっけどさ、たぶんすげー重いはず。
タクシーを捕まえた。タクシー会社にオレ達の映像が残るだろうが、電車やバスに乗るよりは安全だろう。今の時間、帰宅ラッシュと重なる。パンダはミナトが抱っこした。頭にスポーツタオルを被せ、ウィンブレで覆った。オレはミナトのラケットバッグを持ってタクシーの助手席へ。
「でかい荷物だねー。トランクに入れようか」
タクシーの運転手は一旦走り出してから停車した。
「大丈夫です。近いんで」
オレはマリーナの場所を告げた。
「へー。じゃ、それ、船の荷物?」
「まあ、そんなとこです」
助手席のオレは、どうごまかそうか焦った。そんなとき助け船を出してくれたのはねぎま。
「平日でも道が混むんですね。あ、金曜日で週末だからですか?」
さんきゅー、ねぎま。
「そーなんですよ。でも、今日でよかった。明日はもっと混むから」
「明日は土曜日ですもんね」
上手く話題を逸らすことに成功してるじゃん。
「それもだけど、海の方、パピコ横浜の方が交通規制かかるんですよ」
「マラソンでもあるんですか?」
「中国の物産展だかなんだか、結構大きいイベントが開かれるらしくて。偉い人でも見に来るんでしょう。噂ですけど」
「そうなんですか」
眉唾物。偉い人が来るって理由で交通規制?
「偉い」って曖昧な言葉だよな。
タクシーの運転手は嬉しそうにねぎまと話し、
「短い距離だけど特別にサービス。チケットはお客さんに貰ったんだよ」
なんて言いながら、飴、おしぼり、パピコ横浜のイベントのチケットをくれたのだった。




