きっと大丈夫
1週間は早い。
学校では次の定期テストの範囲が話題になっていた。
ももしおは、学校の粗大ゴミ待ちの古い事務椅子からも分厚いスポンジを調達した。
オレは朝練、部活、塾の合い間を縫って、スイカをモケ山動物園にINする準備に勤しんた。
テニスコートの隅、プールの壁にもたせ掛けてあるパイプ椅子は2脚に増えた。
スポンジが抜かれて寝心地が悪くなったから、顧問が別のを持ってきたんだろーなー。
試行錯誤の結果、パイプ椅子のスポンジは薄すぎるから使うのをやめることになった。顧問、さーせん。
土曜日、ねぎまはバドミントン部を欠席した。ももしおと違い、顧問や部員に申請済み。
タケちゃんはサッカー部の公式戦。
いくら弱い部でも、ベストメンバーで挑む。よって、タケちゃんはモケ山動物園行はパス。
オレ達は部活をサボる。もともと欠席の報告は要らない部。テニスコートの数に対して部員が多過ぎるため、休むとありがたがられる。
ミナトとオレはバス乗り場で合流することにした。プールの隣はテニスコート。オレ達が学校へ行くと、ペンギンを連れ出すときに男テニメンバーに出くわす恐れがあるから。
11時半にバス停で落ち合った。スイカはももしおのリュックの中。バスの中では、さりげなくリュックの付近に立って、スイカが潰れないようにした。
バスの中では「びーびー」と鳴かなかった。
それに気づいたのは、モケ山動物園に入ってからだった。リュックの中から鳴き声が聞こえて子供が振り返ったから。バスの中でスイカは寝ていたのかも。
暗いリュックに閉じ込められて、スイカは不安だろーな。
待ってろよ。
男2女2のオレ達は、どっから見てもWデート。
ペンギンのコーナーへ行ってみると、やっぱり大人気。リュックの中のスイカのことを考えて、歩き回るのをやめた。ペンギンコーナーと通路を挟んだ休憩スペースで4人、腰を下ろした。
ももしおは口数が少なくなっていた。
それを埋めるかのように、ねぎまが喋る。そうせずにはいられないんだろうけどさ、ねぎまは気ぃ遣いすぎ。カップケーキまで作って来てくれて。ありがと。でも、そんなに頑張らなくてもいいよって言ってやりたい。
休憩スペースにいても、オレ達はただ通路を挟んで向こう側にあるペンギンの方を見ていた。
時刻、12時40分。
すぐ傍でレジャーシートを広げていた家族は、キリンのお披露目式の話をしていた。
食べ終わったがきんちょ2人はじっとしていることに飽きてしまったらしく、そこら辺を走り回っていた。
「遠くに行っちゃダメだからねー」
そんなことを母親に言われもどこ吹く風。がきんちょ達はたたたっと走って、隣のペンギンコーナーのところに行ってしまった。そして、1人がたたたっと戻ってくる。
「ねーねー、ママ。ペンギンがお家作ってるよ。来て」
女の子が母親の手を引っ張る。
「片付けてからね」
「ねーねー、来てよ。お家作ってるんだってば」
「あ、もうすぐキリンさんの時間だ」
母親はペンギンのところに足を運ぶのは面倒くさかったのだろう。見事、がきんちょの注意を逸らすことに成功した。ちょろっ。
「キリンの赤ちゃん!」
「そうそう。お姉ちゃんを読んできて」
「うん」
がきんちょが、たたたっと走って、ペンギンのところにいる姉を呼びに行った。
ペンギンが家?
オレは目を凝らしてペンギンの方を見た。
「なー、なんか、茶色いもん置いてね?」
「ん?」
ミナトもじーっとペンギンの方を見た。
休憩スペースからどんどん人がいなくなっていく中、オレ達はペンギンのプールに近づいて行った。
来園者のお目当てはキリンの赤ちゃん。キリンコーナーはペンギンコーナーとは方向が違う。園に入ってから真っ直ぐにキリンコーナーに向かうと、ペンギンの付近は通らない。だからか、土曜日のお昼というのに辺りは閑散としてきた。
「御来園の皆様にお知らせします。本日午後1時より、キリンの赤ちゃんのお披露目式があります。
御来園の皆様にお知らせします。本日午後1時より、キリンの赤ちゃんのお披露目式があります。
可愛いキリンの赤ちゃんを、ぜひご覧ください」
園内放送が流れた。
ますます人はいなくなっていく。
人がほとんどいないペンギンコーナー。ペンギン達は思い思いに泳いだりぺたぺたと歩いたりしていた。
ペンギンコーナーの隅には藁が置かれていた。ペンギンたちの一部は、藁をせっせと運んでいる。運ぶ先は、陸の上のところどころに設けられた小さな穴の中。それはペンギン1匹が通れるくらいの縦に空いた長方形の穴。穴の中は小さな部屋のようになっているように見える。
藁1本を口に咥えて運ぶヤツもいれば、お辞儀をしたような姿勢で頭の部分を使ってブルドーザーのように運んでいるヤツもいる。
巣?
藁が積み上げてあるのは陸部分の隅。ちょうどスイカを着地させたいと思っていた辺り。
藁があれば衝撃が吸収される。水で滑ってどこかに当たる危険も防げる。超ラッキー。
オレ達はペンギンを見るには不自然な位置に立った。ペンギンプールの柵の終わり。
ペンギンコーナーは、ステージの様に陸地部分が設けられている。プールは横長の長方形のステージの前に半円状。プールの周りの殆どの部分は高さ120センチの柵がある。そして、プールの端の陸地まで2メートルくらいの部分は、柵ではなく壁になっている。
オレ達が立っているのは、ペンギンの陸地部分に1番近い場所。陸までの距離、左方向へ約2メートル。但し、柵と壁あり。
「マイマイは宗哲君と休憩するとこの方に立って。ミナト君は私の隣で」
「「「分かった」」」
返事をしながら、ミナトはジャケットのボタンを外し始めた。
12時57分。観客はオレ達4人だけ。
ねぎまと歩いてペンギンプールのド真ん前、休憩コーナー方向に歩いて行く。万が一通路を歩いてきた客がいても、ねぎまとオレで見えないように。ももしおを隠すのがムリでも、注意がこっちに向くだけでいい。
ももしおがリュックを足元に置く。
ももしおの右に立つミナトが、ばっとジャケットを広げた。
次の瞬間、ももしおはサッカーボールを入れるネットに入ったスイカを振り子のように揺らした。
ネットの中には、胸辺りまでをスポンジで覆ったスイカが入っている。スポンジは巻き付けたりしていない。座布団のように平たいぶ厚めのスポンジ。その真ん中にスイカを置いてサッカーボールの代わりにネットに入れてある。
ネットのヒモの部分は陸まで届かせるには少し短い。けれど、ももしおは「延長なしで」と言っていた。
ももしおは、腕を伸ばして、腕も振り子の一部にして振る。プールの上で1回。陸から反対側に振り子状に揺れたスイカは、プールの水面すれすれを通って、今度は陸側に揺れる。
振り子は真下に来たときが1番スピードがある。けどさ、1番揺れて最高到達点になったら、スピードはゼロ。手でほおり投げたときよりも着地するときの衝撃が弱い。それに、振り子にするヒモの分だけ、目的地に近くなる。
とさっ
音は聞こえなかった。でも、そんな感じの着地だった。
ヤバい。神。
スイカは下半身をスポンジに覆われ、サッカーボールのネットに入ったまま、陸の藁が積み上げられているところで「びーびー」と声を上げている。
ネットの中のスポンジは、平たい状態に戻ろうと広がり始めた。
ネットの素材は化学繊維。滑りが良くて、スポンジが広がろうとするときにボールの出入口が開いてしまう。最初はこれを防止するために何かで留めようとしたんだよ。指紋が残るかもしれないセロテープとかじゃなくて糸とかで。着地した後、スイカが歩いたらプールに落ちるじゃん?
でも、考え直した。スイカにプールサイドを歩かせたら、恐がって水のある方へは行きたがらなかったから。
危険を避ける、本能なんだろーな。
頼む、水に落ちないでくれ。
溺れるな、スイカ。
いつの間にかジャケットのボタンをきっちり留めたミナトは、ももしおのリュックを持ってねぎまとオレのところに歩いてくる。
鼻を真っ赤にして、泣くのを耐えているももしお。
「シオリン、ナイス! 行こ」
「ももしおちゃん、怪しまれないように」
「キリンの赤ちゃん見に行くぞ」
「うん」
ももしおはねぎまの服の裾をぎゅっと握って、振り返らずに歩いた。
ももしおを慰めるふりをしながら、振り返っていたのはねぎま。
「シオリン、スポンジが広がってスイカがサッカーのネットから出てきたよ」
「きっと大丈夫だって。上手くいくって」
「ももしおちゃん、頑張った」
前を歩くももしおは、いつもと違って俯いていた。
泣いてる? よな。
キリンコーナーは人がいっぱいで、最初は全くキリンの赤ちゃんが見えなかった。
近くでキリンの赤ちゃんを見ることができたのは、1時半過ぎ。
「キリンって、生まれたときからキリンなんだね」
ももしおが言った。
スイカは産毛に覆われてて、大人のフンボルトペンギンとは似ても似つかない姿だったもんな。
目と鼻を真っ赤にしたももしおを見ているのが辛い。今にも泣き出しそうじゃん。
「もう1回ペンギンコーナー行く?」
オレは言ったけど、ももしおは首を横に振っただけだった。




