別れの準備
チャラッチャラッチャ、チャ♪ チャラッチャラッチャ、チャ♪
チャラッチャラッチャ、チャ♪ チャラッチャラッチャ、チャ♪
頭の中でミッションインポッシブルの音楽が流れる。
気分はトム・クルーズの助手。トム・クルーズ役はももしお。
動物園を後にした3人で、衝撃を吸収するものを考えた。
スポンジ。
情けないが、それくらいしか思い浮かばない。
「例えばさ、でかいスポンジを買うとするじゃん。通販だったら記録が残るから、事件扱いになったとき、足がつくよな」
オレは最悪の事態を想定してしまう。
「どやろ。そんなん言うたら、ホームセンターで買ったかて、足つくで」
タケちゃんの言う通り。この世の中は履歴社会。そして監視社会。
たとえばこういったやりとりを、ネットでしたら残ってしまう。
「じゃ、スポンジじゃなくて、スポンジが入った別のものを買うとか」
ミナトが提案してくれた。
「もう買ってあるもん使えたらええんやけどな」
タケちゃんは斜め上に視線をやって考え始めた。
そんなタケちゃんに、ミナトは爆弾を投下。
「タケちゃん、ももしおちゃんのこと好きなの?」
「な!」
……んてことを聞くんだよ。
ミナトだってももしおのことを好きかもしれない。なんか、心臓に悪いんだけど。
「なー、なんも思うなっちゅー方がムリやと思わへんか?
夜、いきなり来たんやで。あんな可愛い子に頼られてみぃ?
風呂上りにうろうろされてみぃ?
トドメはベッドや。最初、迫られたんかと思うたわ。したら、寝とるし」
「ももしおファンに聞かれたら、タケちゃん、刺されるかも」
笑ってお茶を濁すオレ。気の毒というかなんというか。
「なあ、ミナト。ミナトんとこのマンションの方が学校に近かったら、確実にミナトの方へ行っとったで。百田はそーゆーヤツや」
「ははは。かもな。良かったよ。オレじゃなくて。ま、ちょっと面白そうではあるけど」
なーんかミナトの気持ちって掴めないよな。経験のあるヤツの余裕ってことかも。
ふと想像する。仮にミナトのマンションが学校の近くにあったとしたら。
風呂上りにウロウロ……ミナトのマンションにはしっかりと洗面所があってドライヤーがあった。きっとしっかり着替えて髪を乾かしてからリビングに現れるだろう。
ベッドにもぐりこむ……ミナトのマンションには部屋が複数ある。数人で泊ったとき、ヤローはリビングに雑魚寝だったけど、ももしお×ねぎまは広いベッドで眠った。他の部屋にもベッドはあった。つまり、ミナトのマンションだったとしたらベッドは別。サプライズはなし。
結論、広くてゴージャスな高級マンションでは、男女の距離は縮まらない。
オレ、一人暮らしするときは、狭いとこにしよっと。
なんにせよ、あの高級マンション、オレ達の憩いの場が魚臭くならなくてヨカッタ。
「なあ、あの髭の男なんなん? 百田の男か?」
おおーっと、タケちゃんがゼットンのことを出した。
「つき合うとかまでは行ってないと思う」
ミナトがタケちゃんを宥める。
どーなの? つき合ってるよな。だってさ「会いたくてどーしよーもない」みたいなこと言われたとかって。でもって、ももしおの方は一目惚れって言ってたもんな。
「つき合うって、どっから?」
オレの質問に、タケちゃんとミナトは目をまん丸にした。
「つき合うって認めたらじゃね?」
とタケちゃん。
「んー。ま、場合によるかな。ももしおちゃんの場合は、特に」
ミナトは大人な発言。
「ももしおはさ、ゼットン、あ、あの髭のこと。オレらゼットンって呼んでんの。
ゼットンを株主総会で見かけたんだって。だから気になってるだけだって。
でもさ、それとなくドル円とか日経平均の話を出しても乗ってこないっつってた」
タケちゃんを安心させようと、オレはももしお情報を伝えた。
「株主総会。あかん。それ、百田のどストライクやろ」
逆効果だった。
「ははは。ももしおちゃん、ゼットンとそんな話しようとしてんの?
じゃ、タケちゃん、安心すれば? 株の話したいだけじゃん。それしか興味ないってこと。ははは」
ミナト、笑ってるし。
「そっかなー。でも、男前やったで。よー鍛えた、アスリートの脚しとった。なんや顔だけの男やったらなんも思わんけど、筋肉質の脚見るとな、負けた思う。あの男の方が頑張れるヤツやないのかって」
分かる、それ。アスリートあるある、体育会系あるある。
そんな話をしていると、ミナトが言った。
「イスの座るとこって、スポンジだよな? どっかに壊れてるのないかな。男テニの部室にパイプいすあったけど。まだ壊れてないしなー」
おおっと、スポンジの調達方法考えてたんだっけ。
「サッカー部の部室は、長いイスや」
「バド部に聞いてみる?」
オレはももしお×ねぎまにメッセージを送った。
すぐにももしおから返信があった。
『物色してくる』
それって、壊れてもいないイスのスポンジを抜くってことなんじゃ。ももしおならやりそう。
どこに物色に行くんだろ。
チャラッチャラッチャ、チャ♪ チャラッチャラッチャ、チャ♪
チャラッチャラッチャ、チャ♪ チャラッチャラッチャ、チャ♪
再びオレの頭の中にミッションインポッシブルテーマ音楽が流れ始めた。
夕方、プールの男子更衣室に集合。
スイカは「びーびー」と鳴いてよちよちと歩いていた。かわいー。
外見は可愛い。が、意外と大食漢。
でかいクーラーボックスの中には、大量の魚が入っている。
ももしおは慣れた手つきで魚を3枚におろし、骨を捨てて内臓も一緒にミキサにイン。げー。味は想像したくない。
「シオリン、お魚さばくなんてすごーい」
ねぎまが褒めたたえる。
プールの更衣室には、既にスポンジが用意されていた。ももしお、仕事早っ。
「なー、ももしお、このスポンジどーした?」
「テニスコートの隅にあったパイプ椅子からスポンジだけ抜いてきた」
「あー、あの、ガタガタになってたイスね」
ミナトももちろん知っている。
テニスコートの隅、プールの壁にパイプ椅子が立てかけてある。プールの壁の出っ張りが雨避けになって、一応雨からは守られていた。テニス部顧問用。
顧問は気まぐれにテニスコートに現れ、プールの壁のところから自分でパイプ椅子を持ってきて適当に座って見学する。暑い日と寒い日は来ない。職員室で仕事があったり、テストの採点のときは来ない。
パイプ椅子に座っているときは、テニスの見学や指導の時間よりも、寝ている時間が長い。
「ももしお、椅子触った後、手ぇ洗った?」
「なんで?」
「耳クソついてるかもしんねー」
そんなパイプ椅子。
ガタガタなだけじゃなく、スポンジまでなくなったのか。寝心地悪そう。
「スイカねー。来週までにもっと大きくなると思う♡」
ももしおはまるで我が子を自慢する母親。
「これに入りきらないくらいにはならないよな?」
確認せずにはいられない。
「どーかなー。大丈夫じゃない? スポンジを減らせば」
スポンジ減らしたら危ねーじゃん。
「てか、もっとスポンジ要るかも。こーんな感じにしようと思って」
オレは絵を描いてももしおに説明した。
「大丈夫。いろいろ物色したから任せて」
今度はどこから調達してくるのやら。
「はい、これ♪」
ねぎまが嬉しそうにペンギンのぬいぐるみを出す。
大きさは今のスイカと同じくらい。30センチほどのぬいぐるみ。
「ねぎまちゃん、さんきゅ。これでどんな感じにするか試せるじゃん」
ミナトがぬいぐるみを手に取った。大きさはいい感じ。ただ、重さが。
「なー、これに重りつけていい? 練習もしないと」
「うん。重りなるものも探さなきゃね。シオリン、スイカの体重は?」
「うーんと」
ももしおはスイカを持ち上げて首を傾げる。おいおい。測ろうよ。
「適当で大丈夫やろ。まだ育つんやし」
タケちゃんが意外と大雑把。オレ、グラムまで合わせようとしてた。
オレはプールの角を、モケ山動物園のペンギンのプールに見立てて柵の端となるところに印をつけた。
印と言っても、その部分のタイルのまわりの雑草を抜いただけ。分かり易い。
自分でいろいろ試してみる。
「なー長くした方がよくない?」
実際に実行するのはももしおだから、本人に聞く。
「ううん。大丈夫。延長なしで」
とカラオケにかかって来た電話に答えるような感じで返って来た。
「できる?」
「腕の長さがあるから」
ももしおに任せよう。
オレも練習した。
何故かって。ももしおができなくなるかもしれないから。
何日も一緒にいて、情が移ってる。手放せないかもしれない。ももしおが渋ったら、オレがやる。
プールで飼うなんて続けられるはずねーじゃん。
他の環境を知らないスイカが、1匹で寂しいと感じるのかは分からない。
寂しそうだとは思う。
スイカのことを知ってから、ペンギンについて調べた。寿命は20歳くらい。
なあ、ももしお。
この先、20年もどうやって隠し通せる?




