モケ山動物園
土曜。
テニス部終了。部室でウィンブレだけを羽織ってミナトと坂道を下った。
タケちゃんのアパートに行くと、タケちゃんはすでに焼きそばを作り始めていた。
焼きそば、すっげー量。盛りつけはオレがやったんだけどさ、フライパン、めっちゃ重かった。量が多過ぎて、混ざり切ってねーし。
部活のシャカパンから私服に着替え。ラケットバッグをタケちゃんの部屋に置いたまま、3人でモケ山動物園へ向かった。
天気は快晴。
よかった。雨天は中止の予定だったから。様子を見るという目的には天気は関係ない。むしろ、雨の日は人が少なくて調べやすいのかもしれない。
でもさ、怪しすぎじゃん。
ってことで、天気に感謝。
決行の日、スイカは鞄に忍ばせて連れてくるとしても、衰弱させたりしないようにしなければいけない。電車とバスにどれくらい乗るのか、どれくらい歩くのか、人はどれくらい多いのか、エサのために飼育員の目がある時間は何時なのか、調べたいことはたくさんある。
例えば、閉園のときにどこかに潜んでいてペンギンを置いてくるとすると、隠れる場所はあるのか。
トイレというのがすぐに思いつくが、見つかる。トイレ点検はそういった施設では必ず行うものだから。
そして、もしも隠れて、夜、こっそりペンギンを置いてくるとしたら、果たして動物園から出られるのか。
監視カメラはあるのか。
例えば、開園中の人目がないときに置いてくることができるのか。
気分はミッションインポッシブル。
モケ山動物園は坂の上。徒歩も可能だが、スイカのことを考えるとバスがいい。
小さなころは車で行ったっけ。バスは人がいっぱいだった。これなら目立たない。
モケ山動物園入園。
フンボルトペンギンを見て、歩き回って、またフンボルトペンギン。
「ダメだ」
「あかんって」
「ムリムリムリ」
売店でジュースを買って、広場のイスで密談。
テーブルとイスがセットになって屋外に置かれている。家族連れがお弁当を食べたり休憩できるようになっている場所。
まず、フンボルトペンギンは元気に泳いでいた。
が、ギャラリーいっぱい。ペンギンの午前11時と午後4時のご飯タイムにはさらにギャラリーが増えるらしい。
屋外で柵は低い。でも、来客が観覧できる柵の下はプールになっている。
スイカはまだ泳げない。泳げるペンギンだったら、人がいないときにぽいっとプールに落とせば泳げそうな高さで、楽勝。でも泳げないからどうしようもない。
柵が低いから、人目がなければペンギンの柵の中に入ることはできるかもしれない。夜とか。でもな。夜って、ペンギンは屋内じゃね? スイカが烏の餌食になるじゃん。
野鳥なんかに狙われないように、鳥カゴとかに入れて置き去りにするって手もある。で、朝、見つけた飼育員が保護するって形。
それだと、夜、動物園にいなけりゃいけねーじゃん。
隠れる場所がなかなかない。だいたい狭いんだよ。街中だから。草が鬱蒼としてる場所とかが少ない。
その前に、鳥かごとかで運ぶとしたら、昼間。人目につかないように持ち込むには大きすぎる。
更に、出る時どーすんだよって話。
土曜日に隠れて、夜、ペンギンを置き去りにして、日曜に立ち去るって方法が1番人目につかないだろう。
が、問題がある。
動物園の出入口は1つ。監視カメラがあった。
当然だ。動物園は子供が集う場所。誘拐の危険があるのだから。
例えば、万が一、あらゆることが上手くいってペンギンを置き去りにできたとしても、そんなことがあったら誰だって監視カメラをチェックする。バレる。土曜入園&日曜退園なんて。バレバレ。
「どっかに隠れて夜、Pを置き去りって方法はムリだよな」
オレはミナトとタケちゃんに確認した。Pはペンギンのこと。安直な隠語。
「そしたら昼間? 人目があり過ぎるって。Pって人気ものじゃん?」
ミナトがコーヒーをぐびっと飲む。
「あかん。人目とかの前に、柵の下、プールや。溺れてまう」
はーっと3人で項垂れる。
「いっそのことドローンで運ぶとか」
ミナトの提案は不可能。
「ムリだって。Pを運べるドローンなんて、結構でかいやつやないとダメじゃん」
「昼やったらコントローラー持っとるの、むっちゃ目立つで」
タケちゃんは飲み終わた紙コップを潰した。
「パソコンで遠隔操作するにしても、ちょっと難しいよな。夜だって宿直の人いるだろうし」
ミナトが「宿直」と言う。そっか。動物園は生き物相手。泊りの職員がいるのか。
「投げれたらいいのにな。ぽーいって。それくらいの距離じゃん」
オレの言葉に、タケちゃんが反応。怖い顔で睨んでくる。
「スイカはぬいぐるみやないで」
「だから、いいのになって言ったじゃん」
笑いながらタケちゃんから目を逸らす。
オレ達の座るテーブル席の隣には家族連れがいた。両親と兄妹って家族。男の子の方は幼稚園くらいに見える。小さなサッカーボールをネットに入れてポンポン蹴って遊んでいた。
「玩具のサッカーボール、かわいいなー」
もうペンギンのことを考えるのをやめたくなったオレは、頬杖をつきながら隣のテーブルを見ていた。
「宗哲、あれ、玩具やのーて、本物やで。1号球や」
「へー、あんなに小さいのあるのか」
男の子は飽きもせず、ネットに入れたままのボールを蹴り続ける。ネットのヒモを持っているから飛んで行ってしまうことはない。振り子のように同じ軌道で戻ってくる。
!
オレはいい方法を思いついた。
「あのさ、タケちゃんに怒られるかもしんねーけど……」
それは、ともすると動物虐待と言われるかもしれない。
だが、ひょっとしたらできるのかもしれない。
オレは思いついた方法を、コーヒーの紙コップをペンギンに見立ててゼスチャー入りで説明した。
「どーかな?」
気弱なオレは、また怒られそうでタケちゃんを直視できない。
「宗哲、タケちゃん、Pんとこ行くぞ」
ミナトが立ち上がった。
ペンギンの柵の端に行った。柵の下はもちろんプール。でも、陸に1番近い場所。そんな端にはペンギンが来ない。
柵の下から水面までの距離はどれくらいだろう。柵のところにミナトとタケちゃんに立ってもらい、反対側から写真を撮った。2人の身長から、柵の下から水面までの距離、柵の高さが分かる。
更に柵の横で腕を広げてもらい、正面から写真撮影。ミナトの腕の長さから、陸までの距離を推測できる。
柵の鷹さ、地上120センチ。
プールの淵は地上よりも上にあり、柵はプールの淵の上についている。
水面は地上0センチの位置とほぼ同じ。
近い。だから、自分の足元にペンギンが泳いで来たって感覚を味わえる。
水面からペンギンコーナーの陸までの高さは約30センチ。
問題の、柵の端から陸までの距離は2mほど。
「なあ、責任重大やで。誰がするんや。失敗したら大変や」
「ももしお」
アイツしかいねーじゃん。
「だな。ももしおちゃんならできるだろ」
ミナトはももしおが投げても跳んでも動物並みってことを知っている。
「百田? 大丈夫か?」
タケちゃんはももしおのことを、か弱い女の子と勘違いしてんだろーなー。
オレは念のためにカシャカシャとペンギンコーナーの写真を方々から撮りまくった。通路からの写真を撮っているとき、傍らで小さな男の子が母親を困らせていた。
「来週も来よーよー」
「今日来たからいいでしょ?」
「来週がいい」
「はいはい、今度ねー」
あ、ごまかされてる。
「今度」と「お化け」は出ないって。
くすっと笑えてしまった。
きっと家族で遊びに来た今日が楽しすぎて、来週もその次も、そのまた次も動物園に来たくなったんだろーなー。かわいーじゃん。
「ねえ、ママー、来週見に来ようよ」
「そうだねー」
「絶対来ような!」
へー、こっちの家族まで来週来たいのか。でもって、こっちはめっちゃ来る気満々。いくら動物好きでも、毎週通うなんて、なかなかできることじゃない。子供じゃないんだからさ。
「1時からね」
「きっとかわいーよ」
その3人家族は嬉しそうに歩いて次のコーナーへ進んでいった。
写真を気の済むまで撮ってスマホをポケットに捻じ込む。
「なあ、来週も来たいって言ってる人らいたんだけど」
何気なく言うと、
「来週、キリンの赤ちゃんのお披露目式があるらしい」
ミナトが教えてくれた。
タケちゃんとミナトがペンギンを見ていると、若いお母さんがきゃぴきゃぴと「写真撮ってくださーい」と寄って来て、ぺちゃくちゃとモケ山動物園ミニミニ情報を喋っていったそう。イケメンって、立ってるだけで情報が転がり込むのか。
「ミナト、『ジュノンボーイに写真送っていいですか?』って聞かれとった」
「カメラのシャッター頼まれるだけかと思ったら」
ミナトはげんなりしていた。
「なあ、来週にしよ」
「は? どーしたんや、宗哲」
「キリンのお披露目式と同じ時間にする?」
ミナトは察してくれた。
ペンギンがいくら人気者だと言っても、動物園のスターはやっぱり、キリンさん、ゾウさん、ライオン。
そのキリンさんに赤ちゃんが生まれてお披露目されるとなれば、多くの来客はキリンのコーナーに行くだろう。




