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レッドリスト

ももしおの独白が始まった。



ことの始まりは、オレが横浜駅徒歩10分ほどのところでももしおに会った日らしい。


「『運命的な出会い』って運勢だったから、ひょっとしたら幻のラーメン屋さんに会えるかもって思って、駅の辺をウロウロしてたの。そしたらね、道に卵が転がってたの。鶏の卵よりもちょっと大きくて、ざらざらしてて。家に帰ってから食べようと思ったの」


胸に隠してたのは、卵だったのか。つーか、拾ったもん食おーとしてたのか。


「あの日、ももしお、ジャージ着てたよな?」


流石に胸がでかくなってたとは言えない。


「ラケットバッグの中って、卵潰れちゃいそうで。だから、胸の間に入れたの。スポーツタオルで包んで」


なるほど。すっきりした。ずっと気になってたんだよ。


「ラケットバッグって、中身ぐちゃぐちゃになるよな」


ミナトが頷く。


「うん。そーっと歩いてたら宗哲クンに会って。喋ってたら、なんかもぞもぞってなって。急いでコンビニのトイレで見てみたら、ヒビが入ってて。でも、ぐちょーって液が出てくる感じはなくって。

 家に帰ったときには雛が孵ってたの」


「マジか」


思わず驚きの声を上げるオレ。ねぎまもミナトも驚きの顔。

すでに聞いているだろうタケちゃんはノーリアクション。


「何の赤ちゃんか分かんなかったんだけど、小っちゃい足に水かきみたいなのが付いてたから、水鳥なんだろーなーって思って、家にあったアジのお刺身をミキサーにかけてあげてみたの。いー感じで。

 水鳥の買い方を調べてたら、実はペンギンかもしんないって気づいて。だって、そっくりなんだもん」


へー。ペンギンって水鳥ってくくりなのか。そっかー。

それにしても、すっげー運命的な出会いだよなー。普通、ペンギンの卵なんて落ちてねーよ。


「百田、仮病使って学校休んで世話したんやって。でもな、ずっと休むわけにいかんやろ。

 で、オレんとこへスイカを連れてきたんや。学校と行き来できるから」


タケちゃんが説明を引き継いだ。


ももしおは、タケちゃんとこにペンギンを預けるまでは、学校をずる休みしてペンギンにつきっきりで世話をした。生まれたては、目を離したら死んじゃうんじゃないかと思うほど弱々しかったそうだ。


そして、タケちゃんが丁度オレと電話していた夜、突然ももしおがタケちゃんの部屋やって来た。

オレが電話ごしに『西武君しかいないの』と聞いたのは、ももしおの声だったということか。


タケちゃんの部屋にペンギンが来てから、ももしおは、授業の合間にペンギンの世話のために坂道を下ってタケちゃんの部屋まで行っていた。朝、学校へ行く前に寄り、2時間目にタケちゃんの家へ。3時間目と4時間目に授業を受けて、昼休みにタケちゃんの家。5、6時間目に授業、放課後はタケちゃんの部屋。そんな感じ。

最初のころは心配で、もっと頻繁に様子を見に行っていたらしい。


タケちゃんが生臭かったのは、ペンギンの臭いだったわけか。

で、最近タケちゃんが生臭くなくなったのは、ペンギンがプールの更衣室に引っ越したから。


夜、光が外に漏れて、人がいるとバレないように廊下側の窓には暗幕が張られていた。テニスコート側の窓は、夜になると暗幕を張るとのこと。

オレがテニスコートから光に気づいたときは、時期的に引っ越し前。ももしおが、校内の空き部屋やら倉庫やら、ペンギンをこっそりと飼えそうな場所を物色していたころに重なった。



「スイカって名前にしたの? シオリン」

「うん。ぺんぎんだから。JRのぺんぎんの名前にしたの♡」

「かわいーねー♡」


ももしおがすっごく嬉しそう。本当は、ねぎまに話したかったんだろーな―。


「西武君のとこだったら、学校から近いから、スイカのご飯の時間に帰れるし」

「百田がおらんときは、オレがやっとけばええし」


「でも、西武君がお隣の人から苦情言われちゃって」

「気にせんでえーのに、突然スイカがいなくなって、荷物もなくなってびっくりしたんや。

 鍵だけポストに入っとって。学校で百田に聞こうとしても、逃げてまうし」


タケちゃんが不服そう。なんか、突然女に逃げられた男みたくなってんだけど。


「あ、ペンギンが寝てるじゃん」


ミナトが指さした。立ったまま目を瞑っている。

めちゃかわいー。


「百田。さっきのヤツ、なんなん? えらい女子が騒いどったヤツやろ?

 百田の男かなんか知らんけど、オレに黙っておらんよーになったくせに、なんで、あの男がここ知っとるんや」


おーっとタケちゃん、完全に痴情のもつれっぽくなってるじゃん。


「道路を歩いてる時に、私がプールに入るとこ見たんだって。不可抗力」

「なんや。教えたわけやないんか」


タケちゃんがほっとしている。

ふーん。その手の話は興味なし。オレはドッグサークルの柵につかまって、ペンギンをがん見。いつまで見てても飽きねーし。ほわほわの毛だなー。温かそうじゃん。腹んとこは白っぽい。


「ももしおちゃん、どーするわけ? ここで飼い続けるわけにいかないよ?」


ミナトが痴話げんかを遮った。

あ、そっか。


「夏んなったらプール使うもんな。バレルじゃん。あ、ペンギンって暑いとこダメなのかー」


オレの呑気なセリフにその場にいる誰もが妙な顔をした。

え。オレ、変なこと言った?


「宗哲クン、ペンギンはレッドリストに載ってるの」


ねぎまが教えてくれた。けど、


「なにそれ?」

「絶滅危惧種」


ヤバいやつじゃん。それ。


突然ももしおがねぎまの胸に飛び込んだ。


ぽよん


「マイマイー、どーしよー。黙っててごめんなさい。

 警察に届けるとかしなきゃいけないのかなー。もー、どーしていいのか分かんない。日に日に可愛くなるの。授業がなかったら、ずーっと一緒にいたいくらい。寝てても歩いててもうんちしてても可愛いの。

 どーしよー。私、悪いことしたのかなー。卵を拾っただけなのに」


ももしおはねぎまの胸に顔を埋めて泣き始めた。

ぽろんぽろんと涙がももしおの頬を伝い、じわりとねぎまのベージュのカーディガンが色を変える。


「シオリン、考えよう。スイカがちゃんと幸せになれるように」


ねぎまはスイカを見ながら、胸に抱きついているももしおの頭を撫でた。

ももしお、もう、ねぎまの胸から離れていーんじゃね? なんかさ、ここにはタケちゃんもミナトもいるじゃん。カレシとしては、あんまり他の男の前で胸の形を浮き上がらせないでほしいんだけど。


「まず、授業行こ。続きは放課後にしない?」


ミナトの提案に、みんなが賛同した。

本日は水曜日。絶好のクルージング日和だったというのに。

延期か。しゃーない。




放課後、こそこそとプールの男子更衣室へ集合。ももしお×ねぎま、ミナト、タケちゃん、オレ。


「オレ、さっき授業中に調べたんだけど、個人でペンギン飼うってできるみたい」


ミナト、授業中にスマホかよ。

ミナトの話では、ペンギンにも種類があるらしく、ケープペンギンとフンボルトペンギンはワシントン条約で商取引が禁止されているらしい。つまり、個人が手に入れるのは難しいということ。が、国内で生まれたものは、輸入にはならない。

ももしおは卵を拾ったわけだから、商取引にはならない。セーフ?



「こっそり動物園のペンギンとこに置いてくるとか?」


オレのBAKAみたいな発言に、みんなが食いついた。みんなBAKAだろ。



「なー、それ、ええんと違うか? ここに置いとけるんは、年末の大掃除までや。今は泳げへんけど、そのうち泳ぐようになる。プールで1人で遊ばせとくの、スイカ、寂しいんやないか?」


更衣室の片隅には、空気の抜けた子供用のプールがある。


「なあ、ももしお、あれって泳ぐ練習用?」


オレが指さすと、ももしおは首を横に振った。


「そう思って用意したんだけど、調べたら、泳ぐようになるのは生後2か月半くらいみたい。もっと先なの」

「バド部の空気入れ使ったの、シオリンだったんだね」

「ごめんなさい」

「それはいーの。シオリンはバド部なんだもん。いつでも使っていいんだよ」


「で、これって何て種類?」

「たぶんね、フンボルトペンギンだと思うの。ネットの写真で見ると。1番似てるの。いろんな赤ちゃんがいてみんなかわいーけど、やっぱスイカが1番かわいいよね♡」


ももしおが親バカぶりを発揮。


「なー、ちゃんと吟味しようって。いろいろあるじゃん。

 警察に落とし物として正直に届けるとか、

 ももしおが親に相談するとか、

 もしも正式な手続きしたら、飼えるかもしんねーじゃん」


自分の「こっそり動物園に置いてくる」という半分冗談の意見が採用されそうで、焦るオレ。


「ムリ!」


ももしおが立ち上がった。手についた魚のすり身が辺りに飛び散る。

ももしおは続けた。


「警察に届けたら、スイカはどーなるの? 動物の係とかがいるの?

 私は? 卵拾っただけなのに、事情聴取とかされちゃって、かつ丼食べちゃったりするわけ?」


いやー、かつ丼は食べないだろーけど。


「じゃ、ももしおちゃん、親にまず相談するとか?」

「怒られると思う。

 ミキサーやクーラーボックスや色んなもの持ち出してるし。それに、西武君とこや学校に泊まってたことがバレちゃう」


はああああああ?!


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