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秘密

古文の時間、ぼーっと窓の外を眺めていた。いい天気。

視線を感じて前を見れば、教師と目が会い、欠伸を噛み殺す。

眠っ。

窓際の席は日当たりがいい。教師が黒板に字を書いているとき、オレは再び窓の方を向く。太陽を求めるってのは人間の本能なんだって。


ふと校庭に目をやると、ももしおが歩いていた。

たまたまグランドで体育をしているクラスはいなかったから、グランドのサンドベージュの上を横切る紺色の動く点が目立った。

なんであんなとこ歩いてるんだろ。ももしおが歩いて行くのは、テニスコートのある方向。女子バドミントン部の部室がある女子部室棟とは全く別方向。


以前、ももしおがドッグサークルを運んでいたのも校庭だったっけ。

オレは紺色の動点を見守りながら、思考を巡らす。あの日、ももしおを呼び止めたのは、校門と女子部室棟を結びつけるルート上じゃなかった。それどころか、今、ももしおが歩いている場所と校門とのルート上。つまり、ももしおは今、ドッグサークルを運んだ場所に行こうとしていると推測できる。


紺色の動点は、テニスコートに向かい、テニスコート横のフェンスの脇を通り過ぎ、プールの前を通り過ぎ、プールの壁が終わったところで曲がった。



あんなとこ、なんもないはず。あるのは垣根。


授業中、ずっと気にしていたけれど、ももしおはそのまま姿を現さなかった。



次は昼休み。オレは、授業が終わると、即行ねぎまに電話した。


「ももしお見た」

『え、今、いないよ』

「プールの向こう側へ歩いてった。さっき。授業中に」

『プールの向こう?』

「オレ、行ってくる」


電話しながらも友達に昼飯パスとジェスチャーで示し、廊下を歩いて階段を降りていく。


たたたたたっと上から足音が近づいてきた。


「宗哲クン」


ねぎま。

急いできたのか、息が上がっている。


「行く?」

「うん。私も」


2人で上履きを履き替え、グランドを走る。それは、ももしおが通ったルートよりも大胆な目的地への一直線。グランドを斜めに突っ切って走った。


「ここ。入ってった」


プールと垣根の間の前に立つオレ。

こんな校庭の隅の隅、来たことすらなかった。だから、そこに人が通れるようなスペースがあるなんて知らなかった。プールと垣根の間は約1m。垣根は剪定されていて、普通に歩ける。

もしもドッグサークルを組み立てたとしたら、ぎり置ける幅だと思う。


「いないね」


とねぎま。真っ直ぐにプールの端まで見渡せる。学校と道路の境界の垣根が曲がって続いているところまで、すかーんと誰もいない。ドッグサークルもない。


「マイっ」


ねぎまは、躊躇せず、その隙間を歩いて行く。

好奇心、か。

オレも後に続いた。怖くはない。その先にいるのはももしおなんだから。


プールの角まできて、テニスコート方面を見ると、教壇が横向きに置かれていた。はば1.2m程を利用して、高さ1.2mの台にされている。しかも動かないように大きな石で固定されて。雨ざらしになっているからか、木目調のはずの教壇はどす黒い茶色に変色していた。

ねぎまは教壇のところまで走って行った。慌てて追いかけるオレ。


「待てよ。なー、これって、プールの覗きとかに使ってたぽくね?」


言い終わらないうちに「しっ」とねぎまが唇の前で人差指を立てる。

耳を澄ますと、ウイ―ンという長い音が聞こえた。何かのモーター音?


うわっ


ねぎまは、スカートを大胆に翻し、横向きになった教壇に飛び乗った。眩しいほどの白い脚が視界を横切った。心臓が止まりそ。


と、次に、下にオレがいるってのに、ねぎまは教壇よりも高い場所にある壁の出っ張りに脚を掛け、プールサイド上った。


どきどきどきどき


オレの心拍数が上がる。気にするな、宗哲、あれは見せパンだ。色気のない見せパンだ。

色気がなかろうとオレにとってはスカートの中身に変わりはないわけで。

おい宗哲、こんなことくらいで動揺してどーする! 星だけが知っていた作戦やその先に行けないぞ!


己自信に言いきかせているうちに、ねぎまの姿がなくなった。

やっば。行かねーと。


ねぎまと同じようにしてプールサイドの端の部分によじ登ると、そこだけフェンスが壊れていた。壊れ方は、劣化によるものに見える。昨日今日の壊れ方じゃない。へー。プールの授業のとき、気づかんかった。

水の臭いがする。夏のプールの情毒の匂いとは違って、青臭いような生臭いような臭いが混じる。


ん? なんか聞こえる。

さっき聞こえていたウイ―ンという音にまじって、「びーびー」という。鳴き声? 犬でも猫でもなさそう。



プールサイドの隅を駆け、

ねぎまとオレは、更衣室の周りをそっと一周して、中を覗ける窓の下に身を屈めた。さっき入って来たフェンスが壊れているところの反対側になる。

更衣室に、外から覗ける窓があるってのは問題じゃね? まあ、こっちは男子更衣室の方だけどさ。


窓から中を除こうと、そっと立ち上がるねぎま。ちょいちょいっとねぎまが、オレに立てとジェスチャー。


恐る恐る中腰になる。


あらら。



更衣室にいたのは、ももしお1人。


ドッグサークルの中には、チャコールグレーの生き物。「びーびー」という泣き声は、その生き物が発している。なんだあれ?

ももしおはウイ―ンと音を出すミキサーを使っていた。


男子更衣室にあるのは、その他に、空気の抜けた子供用プール、バスタオル、新聞紙、大きなクーラーボックス、まな板、包丁、ティッシュボックス。そして「暗幕」と書かれた段ボール3箱。

道路に面した窓には、暗幕が張られていた。


「スイカ、いっぱい大きくなったねー。いっぱい食べよ―ねー」


ももしおはチャコールグレーの生き物に話しかけている。


ドッグサークルの中には新聞紙が敷き詰められていて、びーびー鳴く生き物は、びゅっと新聞紙に白い糞をした。

鳥。口ばしと足と糞が鳥に間違いない。が、大きすぎ。25センチくらいに見える。

雀、鳩、鶏、カラスじゃない。


とそこへ、ゼットンがやってきた。

ゼットンは知ってたのか。

やっぱ、つき合ってるんだろーなー。


「もーもーだーさん、入るよ」


外にいるから、ゼットンの声はよく聞こえた。そして、ゼットンが更衣室に入ってしまうと、声は少し聞き取りにくくなった。


見つかるとマズいので、オレは窓の下にしゃがみこんだ。つんつんとねぎまのスカートの裾を引っ張って、ねぎまも座らせた。


2人で体育座り。


「どーする?」


とねぎまが聞いてくる。それよりもオレは、


「あれ、何?」


そっちが気になる。


「スイカって呼んでたよね?」

「名前まで付けたのかよ」


中の会話を聴き取ろうとすると、プールサイドに足音が聞こえた。

ヤバイ。誰か来る。


足音は速くなり、ダン!っと乱暴に男子更衣室のドアを開けた。


「百田、こんなとこにおったんか」


タケちゃんの声だった。



隣にいたねぎまが両手で口を押えて目を丸くする。

息を潜めて耳をそばだてた。


「西武君っ」

「おらんよーになったと思ったら。コイツの後つけたら、プール入って行きよったから」


コイツって、ゼットンしかいねーよな。


「君、誰?」


あ、ゼットンの声だ。


「お前こそ誰や。学校サボって女に会いに来て。帰れ」


タケちゃんが吐き捨てるように言った。


「君こそ、いきなり」

「わりゃ、帰れゆーとんのが、分からんのか?」


被せるよにタケちゃんがドスの効いた低音ボイスをお見舞い。


「百田さん、連絡するから」


あらら、ゼットン、テニスではあんなに強かったのに。パタンとドアが閉まる音がして、1人分の足音が遠のいて行った。


どんどんどんどん


いきなりねぎまが立ち上がって、窓ガラスを叩く。


「おい、マイ!」


隠れてた意味ねーじゃん。


「マイマイ!」


ももしおの声がして、頭上の窓が開けられた。


「シオリン、何してんの?」

「あ、えーっと」

「シオリン」


ねぎまがちょっと怒ったような声を出した。怖い。


「あのね、卵を拾ったの」



男子更衣室の中に入った。ついでにミナトにも知らせた。ミナトが到着するまでの間、ももしおとタケちゃんは、チャコールグレーの生き物にご飯を上げた。なんでも大食漢なのだそう。

注射器のような入れ物に魚のすり身を入れ、口の中に入れていた。


「百田が突然いなくなって、すっげー心配したんや。スイカ育てる場所なんてあらへんやろ?」


タケちゃんは困った顔で汚れた新聞紙を取り替えていた。


「だって、西武君とこにずっといるわけにいかないじゃん。隣の人から猫飼ってるって疑われてたじゃん。大家さんに報告しますって」

「そんなん、ごませるのに」

「無理だよ。魚の臭いとか」


確かに。来年の夏までに男子更衣室の生臭さが取れるのか心配になるくらい強烈。


「だからシオリン、変な臭いしてたんだね」

「マイマイ、気づいてたんだ?」

「カナも麻帆もミズキもヨシPもりんちゃんもマリンも。みんな気づいてたよ」


きっと、いつも一緒につるんでいる7、8人のメンバーのことだろう。



と、そこへミナトが到着した。

気の利くミナトは、おにぎりと菓子パンを何個か持ってきてくれた。


ミナトはドッグサークルにかぶりつきになって頬を緩めた。


「これかー。すっげーかわいーじゃん。

 ペンギンの赤ちゃんって」


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