ゼットン降臨
オレ達は、校門が良く見える2階の廊下の窓のところへ行った。窓にへばりついているのは女子ばっか。
女テニの子がいるじゃん。
「なあ、見える?」
「あ、宗哲君。門に隠れて見えないの」
他校での練習試合を組まれた女テニは、ゼットンを知らない。
「ひょっとして、髭ある?」
見えてないなら分かんないのか。
「ちらっと見えたときあったよ。なんか、竹野内豊みたいだった」
それを聞いたももしおファンの1人が笑った。
「まっさか。はははは。竹野内豊みたいだったら、スカウトされちゃうーの、芸能活動しちゃうーの、じゃね?」
あ、コイツ、オレと一緒の反応。心の準備をさせるべくオレは告げた。
「マジで竹野内豊だから。Z高の超テニス巧いヤツ」
それに反応したのは、女テニ。
「そうなの? 宗哲君」
「見たいー」
「ちょっと、宗哲君、試合したんなら紹介してよ」
どこからか、他に2人も湧いてきた。ももしおに会いに来てる男をどーやって紹介するんだよ。貪欲過ぎだろ。お前らカレシいるくせに。
ももしおファン達までオレに詰め寄ってくる。
「どんなヤツなんだよ」
「オレらも見たいんだけど」
「ももしおを弄ぶんだったら許さん」
あっそ。オレにとっちゃどーでもいい。けどま。そーゆーんなら。
「見たい?」
「「「「「「見たい」」」」」」
女テニに窓の特等席を替ってもらって、オレは大声で叫んだ。
「善財くーん、先日は練習試合、ありがとー!」
すると、ひょっこりとゼットンは、門の柱の向こうから姿を現してこっちを見た。
ぶんぶんとオレが手を振ると、ゼットンも手を振ってくれた。
「こちらこそ。ありがとうー」
「「「「「「きゃ―――――」」」」」」
女子が大騒ぎ。耳潰れるかと思った。
少し遠いが、そんなことは関係ないイケメンオーラを目の当たりにしてしまったももしおファンは、衝撃に一瞬固まり、学校生活のオアシスが潰えることを予感した。
「見た?」
ももしおファン達に聞くオレ。
「見た」
「ど?」
「あんなヤツ、いるんだ」
「いたし」
「負けた」
「勝負してたのかよ」
ももしおファン達は生気をなくしてしまった。
「竹野内豊だからって、オレらのガッコのアイドルに手ぇ出していいのかよ……」
「ももしおが終わった」
「もう、草葉の陰から見守るしかないな」
「いやいや、オレら死んでねーし」
そして、誰かが苦渋に満ちた声を絞り出す。
「あ"ー。ももしおが食われるのか」
ゼットンだもんなー。頭からバリバリ食いそう。
昼休みは短い。オレは小田のノートを持って職員室へ行った。
小田のノートを提出しながら
「ノートはありません。いつも黒板を写真に撮ってます」
と教師に白状した。
「はー。最近の若いモンは。理解できん。
米蔵のような生徒はこれからも出てくるってことか」
「……」
コメントに困る。ただ、今更、付け焼刃でノートを何か月分も写すのが嫌なだけなんですぅ。
オレの心の中の声を余所に、教師は額に手をやって何かを考え込む。
「いや、常々、綺麗すぎるノートに時間をかけることには疑問があったんだよ。
ま、今後は、ノートでしか点を稼げない人の救済措置にでもするか」
「失礼しました」
一礼して後ずさり。もう、この教科の内申、終わったかも。逃げるように職員室を立ち去った。
職員室を出て教室に向かう途中、ももしおと階段の踊り場でばったり。
「ももしお、今、歌ってなかった?」
「かもー♪」
満面の笑み。ご機嫌だな。
ももしおの腕には弁当入りの手提げのバッグ。
「授業サボってゼットンと遊ぶわけ?」
「ううん。いくらなんでも、そこまでしないよー」
「土曜に会ったのに、今日会いに来るなんてな。すげーな」
「ふふふふ。会いたくて気づいたら電車に乗っちゃってたんだってー」
ももしおはくるんと1回転して両手を頬に当てた。
「あっそ。告られたってわけ?」
「ううん。会いたくて、会いたくてしょうがないって言われたのー」
ももしおはまた、くるんと1回転して両手を胸の前でクロスさせた。
「ゼットンに株主総会で会ったこと言ったの?」
「ううん。それはまだ。もうちょっとお互いに理解をぉ深めぇあってから」
ももしおはまたまた、くるんと1回転して片手を上に上げ、もう片方は腰、片足で立ってポーズ。
チアのポンポンを持っていないと不自然。
「ふーん。理解もなにも。投資部の話してさ。聞こえたし」
「でも、内緒なの。やっぱり、段階を踏んでから。かな?」
なーにが「かな?」だよ。
段階踏むって、なにそれ。手をつないだら「実は株のトレーダーなの」とか?
キスしてから「株主総会なんかも行ったの」とか?
やっぱ、ももしお、理解できん。
「なんかね。善財君って、まだ心を開いてくれなくって」
「1日、2日で心開くわけねーじゃん」
「だよね。投資部の話出したり、今日の日経平均とかドル円の話をそれとなくしてみるんだけど、なかなか乗ってもらえなくって」
ももしおがしゅんとしている。いつもはぴょこんと立ち上がっていそうなうさぎの耳が、へたりと垂れているような幻覚が見えてしまう。
ちょっと待った。それとなく日経平均とかドル円って。
ゼットンと2人でどんな会話してんだよ。
「ま、あんまりオレらの前みたいにえげつない儲け話するなよ。エロい話も」
「だよね。でも、ちょっとくらいはエロくてもよくない?」
「んー。オレは嬉しいかも」
なに言ってんだろ。オレ。
「じゃ、マイマイに伝えとく」
「黙っとけ」
Z高と違って、普通の公立高校のここには、授業をサボる生徒はほとんどいない。ももしおは異端児。
ゼットンは次の日、火曜日もやってきた。
見学者は前日ほどじゃなかった。
いや、そーゆー問題じゃなくてさ、ここまで足運ばせるなよ、ももしお。2日も続けて。
タケちゃんはどんな気持ちなんだろ。
ねぎまと2人で下校。手をつないで坂道を下る。話題はももしお。
「シオリンね、最近、授業をサボるのが少なくなってきたの」
「へー、よかったじゃん」
「バド部は来ないんだけどね」
「何やってるんだろーな」
部長なのに。
「いーの。そのうち部活も出てくれると思うから」
「3週間くらいサボってるよな。戻りづらくねーの?」
「かも」
嬉しそうに喋っていたねぎまの顔にやや陰りが見えてきた。オレは明るい方向に話題をシフト。
「今日も来てたよな。ゼットン」
「ね。情熱的だよね♪」
タケちゃんのことを知らないねぎまは、全面的にももしおの恋を応援してるっぽい。
「暇だよな」
「ちがーう。愛なの」
「そっか? 放課後にデートすればいいのに、わざとらしく昼休みに来やがってさー。モテ校でオレって遊んでますアピール?」
ゼットンとももしおを応援できない。タケちゃんの家から出てきたももしおを見たオレは、本当はももしおを非難したい。でもさ、ねぎまの前でそれはできねーじゃん。自然にゼットンを悪く言ってしまう。なんかカッコ悪。
「Z高のテニス部は放課後は部活なの。だから会いに来たんだと思う」
「へ?」
「テニス部をサボりたくないんだって」
「へー。強いヤツはちげーのなー。ってか、ゼットン、意外と真面目」
今更ホロー。
「真面目だと思うよ」
とねぎま。
「ん? イケメンだから? 女って、イケメン好きだよなー」
「もう宗哲クンっだら。Z高のテニス部って、テニスの推薦で入っても、主力選手になれるとは限らないんだって。朝練もあるし練習キツイし、土日も長期休みも遊べないから。だからね、1年生の4月に入部しても、半分以上は辞めちゃうんだって。だから、残ってる人は、本当に真面目なんだと思う」
「そーなんだ。だから昼休みに来るのか」
「だと思う。朝練に出て、シオリンの授業に差しさわりのない時間に会って、放課後は部活って」
認識不足だった。
「ナンパでチャラい集団に見えたけど、そんななんだ」
「シオリンが言ってたけどね、善財君、中学から入ったんだって。だから中高と男子校。
髭生やしてるけど、ぜんぜんチャラくないと思う。だって」
ねぎまが何かを言いかけたのに、口を閉じた。
「だって?」
「えっと」
「ん?」
「言っちゃっていーのかなー」
「……」
無言でじーっとねぎまを見つめると、ねぎまは徐に口を開いた。
「シオリンにね、『会いたくて、すっげー会いたくて』って言ったとき、暑くもないに汗だらだら流して、真っ赤な顔で、声、震えてたんだって」
うっわー。
「それ、すっげー純情なヤツじゃん」
ゼットン、ももしおにマジ惚れじゃん。
そんな真っ直ぐなヤツを目の前にして、よくもタケちゃんと二股なんてできるよな。
昼休みにゼットンと会って、放課後はタケちゃんとこかよ。くそビッチ。
腹立った。
ちょっと可愛いからって、いや、スーパー可愛いからって、調子に乗ってるんじゃねーよ。
オレはももしおの友達である以前に、男の味方。男の純情を弄ぶようなヤツは許せん!
オレがどう思おうが、ももしおはそんなことは露知らず。
ゼットンは毎日ももしおに会いに来ているようだった。タケちゃんの耳に入らないとこで地味に会えよ。どーぜ授業をサボることなんて、鼻くそほども気にしてねーじゃん。
そーいえば、ももしおってゼットンに、一目惚れしたとかって言ってたよな。ねぎまにも恋バナをしてるみたいだし。ももしおがねぎまに嘘をつくとは思えない。
ってことは、ゼットンを好きってことになる。
じゃ、タケちゃんって?
最近、タケちゃん、生臭くないんだよなー。




