24. 未来
紺色のローブには細かな金糸の刺繍が施されている。黒く飾りのついた杖を手に持ち振りかざすと抱き上げられた体のまわりには風が舞い上がって球体になり私達を包み込み霊樹の枝から守ってくれた。
”誰か”が抱き上げた私を下に降ろす。下といってもまだ球体の中だ。風でできた球体の中に立つと思いのほか安定していた。
助けてくれたローブの主を見上げる。ローブに隠れた髪の毛は紫色で、瑠璃色の瞳と目が合った。
頭の中でまた誰かがつぶやいた。『シリルお兄様』と。
「もしかして、シリルなの───!?」
私よりも背丈の高い青年は口を開いた。
「はい、シリルです。ハルが恋心を取り戻したので私が体にかけた魔法が解け、本来の姿を取り戻しました。これで魔力も元通りです!」
驚いた…!シリルはおじいちゃんだとばかり思ったのに!しかしゆっくり話している暇はない。シリルと一緒に霊樹を睨んだ。
「ロイ、マリーをあなたに託します!守ってくださいね」
大きな声でロイにそう言うとシリルは再び杖を振りかざした!すると霊樹の枝の中からマリーが現れ素早くロイの手元に返された。
≪魔道師風情が!何をする≫
「おじいちゃん、魔道師さん、待って!」
ロイの腕に抱かれたマリーはロイの腕をぎゅっと握りしめながらも大きな声で叫んだ。
「霊樹のおじいちゃん…教えて?私のお父さんとお母さんは、おじいちゃんのせいで死んじゃったの!? 一人ぼっちの私に優しくしてくれたのは嘘だったの!? 私もおじいちゃんも一人ぼっち同士だから仲良くしようねって言ったのは何でだったの!?」
≪マリー…そんなことはもうどうでもいいじゃないか。早く私の元に帰っておいで。私を一人にしないでおくれ≫
話している間にも霊樹の葉はポロポロと落ちる。幹に大きな穴が開いたことで急速に枯れるスピードが速くなってしまったようだ。
マリーの言葉に胸が痛くなった。シリルはゆっくりと地面に近づき風の魔法を解き抱き上げた私を降ろす。降りる際にシリルの暖かい手に触れると私たちの繋いだ手からオレンジ色の光が輝きだした!
光は霊樹と私たちを挟む湖の真ん中にとどまりゆっくりと人の形になった。
『霊樹…もうやめてください』
光は静かに霊樹に話しかけた…。その様子を見ていたシリルの手がこわばる。
「どうしたの?シリル…」
「あの光…あの声は…姫様!?」
『私の犠牲だけでは飽き足りませんでしたか?もうやめましょう』
≪恋心と一緒に己の心の一部も封印していたのか!?マーガレット、お前は私にあんな目にあったのにまだ優しく話しかけるのか?愚かな…≫
シリルの杖を持つ手が震えているのか杖の飾りが小さく音を立てて揺れている。ロイがマリーを抱きかかえながらゆっくりとこちらへ移動した。
「おい、一体どういうことなんだ」
「私の恋心が戻った瞬間、一緒にマーガレット姫の記憶も頭の中にわっと入ってきたの。マーガレット姫は…霊樹に恋心を操られていることを知っていた!知っていて受け入れていたんだわ!」
「そんな!? 姫様、どうして」
私達のしゃべる声がマーガレット姫にも届いたのか光は私たちに話しかける。
『私は14歳になる年に初めてお父様に連れられて霊樹の奉納を見学しました。その時に霊樹が私に語り掛けたのです。”我が巫女になり生涯を我に尽くせ”と…。
私は自分の王女をいう立場をはっきりを理解していました。ですから、霊樹にはあなたのためだけに過ごすことはできない。私は国民のために生きねばならぬ身だと言い断りました。
すると、霊樹は”我を一人にするならばお前も同じ思いをするがいい、我を拒否したことを後悔するがいい”…そう言い放ちました。
私の魔力であれば霊樹の力を跳ね返すことはたやすい事でしたが、私は甘んじて受け入れました。霊樹の孤独を分かち合い受け入れようと。そうすれば再び同じ目に合う子供はいなくなるのではと考えていたのですが…』
「そんな! 姫様は霊樹のせいだと分かっていて封印と幽閉を受け入れたのですか!?」
『ごめんなさい、シリルお兄様』
マーガレット姫は静かにそうつぶやいた。それを聞いていたマリーはロイを腕を引っ張り震える声で話し出した。
「霊樹のおじいちゃんは、放っておいたらもうすぐ枯れちゃうんだよ。新しい芽には私が必要だって言ってた!」
「どういうことだ?マリー」
『その子の言っていることは本当です。霊樹は元はこの国のために人柱となった人間なのです。しかし、長年の孤独から気に入った人間を巫女にし独占することで孤独を和らげていました。
まもなくこの霊樹にも寿命が訪れます。放っておけば結界は消え、国はパニックになるでしょう』
何てことだ!じゃあ巫女なんて本当は必要なかったの?霊樹の話し相手になるためだけに家族と離れ離れにされてたってこと!?
自分が一人で孤独だからってあまりにも身勝手な理由に憤慨する。
「姫様!ならば…その霊樹を倒し私が新しい人柱となりましょう!私の望みは姫様をお救いすることです。姫様の犠牲を無駄にはしません!」
「シリル!?」
「ハル、いいのです。元より私は自身の命を懸けて大きな魔法を使い霊樹を倒そうと考えていたのですから」
シリルは初めて会ったとき、確かに言っていた”私の魔法で霊樹を倒します”と。でも、命と引き換えになんて聞いてない!!
「駄目だよシリル!国王様のためだとか、マーガレット姫の為だとか…それも大事だけど何よりもシリル、自分を大切にして!」
ロイはマリーを支える反対の手で魔法を発動させないようシリルの杖を握る。
「そうだ、シリルまで犠牲にできない」
『そうです、シリルお兄様。もう犠牲はいりません。私はそのために心の欠片をも封印していたのですから』
マーガレット姫の光は大きくなり霊樹を包み込んだ!
≪馬鹿な!好んで人柱になろうと言うのか!?数千年も孤独が続くのだぞ!!≫
『孤独なのはあなたが人を信用せず霊力によって阻んでいたからでしょう?人を信じ心を開けば孤独ではなくなるのですよ』
光は私たちの目の前にまで迫り大地も空も、すべてを包み込んだ。
『シリルお兄様、私のためにありがとうございます。マーガレットは幸せです。ハル、幸せな人生を…』
そう声が響いたかと思うと光は消え目の前にそびえていた霊樹は黒く朽ち果てていた。
「霊樹のおじいちゃん… ロイにーちゃん!あれ!見て」
呆然と立ち尽くす私たちより先にマリーが何かに気づきロイの腕を離れて走った。マリーがしゃがみこんだ場所には高さ30セン程に育った苗木が空に向かって伸び青々とした大きな葉をつけていた。
・・・
「私は…これで良かったのでしょうか?」
苗木を丁寧に掘り起こし国立公園へ魔法で移動すると14代セラフィス国王の眠る小高い丘に植え替えた。マーガレット姫なら遠く離れた森よりもここを好むだろうと思ったからだ。
しかし、シリルは肩を落としまだ自問自答している様子だ。
「シリルが私の世界にきて私を見つけれくれなければ何も始まらなかったわ。シリルのおかげでマーガレット姫の心も救われたのよ、絶対に!これからはマーガレット姫の心が霊樹となって数千年この国を守る。言っていたじゃない”国民のために生きる”って」
シリルは少し泣き笑いのような表情になりぎゅっと私の手を握った。
「ハル、ありがとうございます」
「新しい霊樹のおかげで国の結界も元通りになるってことは俺が第六王子として生きる必要もなくなるな!面倒だが一度霊樹の件は俺から国王に話をするよ。で、マリーと一緒に村に帰る!」
「お父さんとお母さんはいないけどロイにーちゃんと村の皆がいれば私も寂しくないよ!」
「これで、ハルも元の世界に送り届けることができますね」
「そ…そうね」
私は「ちょっと待っててね」とシリルの手を離すとロイの腕をつかんで引っ張り少し離れたところまで移動した。
「ちょっと、シリル何だか変じゃない?」
「はぁ?でっかくなっただけだろ」
「嘘っ!こう、シリルと目が合うと何だか鼓動が早くならない?さっきも手を捕まれたら何て言うか心臓がぎゅって苦しくなったんだけど」
シリルとマリーを背にしてヒソヒソと早口で喋る。私の話を聞くとロイは目をぐるりと回してから私の手を指差す。
「今俺の腕をがっしり掴んでるのは何ともないのか?」
「え?ないけど。あ!ごめん、もしかしてどこか怪我して痛かった?」
「うっわー。ハル、それってさぁ…」
「お二人とも、何をヒソヒソと話しているのですか?」
すっと音もなくシリルが私達の背後に立った。すると私とロイの腕を引き剥がしてぎゅっと私の手を握る。
やっぱりおかしい!シリルに手を握られてにこりと微笑みかけられると体に微弱の電流が流れてるみたいにしびれる。
「なぁシリル、ハルはすぐに帰りたくないってさ。しばらくシリルとこの世界を見て回りたいんだとさっ!」
「なんだ!そうでしたか。楽しみですね!私も城の中で籠りきりだったのであちこち見て回りたいです!」
「え?あの、いいわね…って、ロイ!?」
立ちあがり伸びをしながらロイは私とシリルの横をすり抜けて「さぁ、マリー行くか!」と荷物をまとめ始めた。
「あ、それと俺への報酬は要らないよ!マリーを返してもらえたらそれで充分だ!旅の費用にでもしてくれ」
「ありがとうございます!旅の途中でロイの村にも立ち寄りますね!」
「ロイ!あ、ありがとう!ってまださっきの続き聞いてないんだけど!」
私のさっきの相談事の返事は!?そう大きな声で叫びたかったけれどシリルに手を掴まれているし大きな声で話したらシリルにも相談事がバレてしまうのでどうにもできない!
慌てる私を眩しそうな目で笑ってからロイはマリーと一緒にこちらへ手を降り去って行った。
「ハル!まずは海にいきませんか!?」
シリルは繋いだ手を強く握ると私に笑顔を向ける。
その笑顔、クラクラしちゃうから…!!
恋心は取り戻したけれどまだまだ私の未来は前途多難だ。
駆け足でしたが最後まで投稿することができました。ここまで読んでくださった方に感謝いたします。ありがとうございました。




