20. シリルとマーガレット姫
私は、14代セラフィス国王様に命を救われた身なのです。
私が覚えている一番古い記憶に両親の姿はなく、幼い頃からずっと孤児院で過ごしていました。
6才の冬、流行り病をわずらってしまった私はお金のない孤児院では医者にも見てもらえず、一人納屋に隔離され見放されてしまいました。
意識が朦朧とする中、真っ暗な納屋で短い自分の人生を振り返り、せめて最期くらいは暗闇ではなく明るい場所で──。
そう思い孤児院の本棚の一番奥から見つけた魔道書に書いてあった光の魔法を思いだし発動させると納屋はたちまち昼間のように明るくなり、これできっと天使が私を見つけて迎えに来てくれる!子供心にそう思いました。
たまたま外を馬車で通りかかっていた国王様が真夜中に煌々と光る私の魔法を見付けてくださって瀕死の子供がこんなにも明るい光を発動できるなんて、と魔道師としての素質を見出だされそのままお城に連れられ手厚い看病をしてくださったおかげで一命をとりとめました。
その後は国王様の援助を受けながら魔道学校に通う日々が続きました。
私は命を助けてくださった国王様の期待に添えたい一身でひたすら寝る間も惜しんで勉強に明け暮れました。
努力のかいもあり学校での成績は常に秀でていましたが孤児であること、年が若い事を理由に回りの同級生からはいじめに合い孤立していました。
しかし、当時の私は全く気にしていませんでした。友が居なくとも立派な魔道師にはなれます。つまらないいじめなど彼らより常に上の成績をとって早く学校を卒業してしまえばいいのだと思っていました。
ところが、ある日──、
・・・
「はぁ、また教科書が花壇に捨てられてた。全く幼稚な奴等だ」
10才に成長したシリルはこの年ですでに大学院へと進み、自分と一回り以上離れた人達と机を並べていた。しかし、そんな人達にもこんな幼稚な事をされるほどシリルはその才能を疎まれていた。
シリルが幼い頃からのいじめを理由に心を閉ざし人付きあいを避け、笑顔を見せずにいるのも理由のひとつではあったが。
今日も目を離した空きに机から教科書が抜き取られ裏庭の花壇に捨てられていた。
しゃがみこみ教科書についた土を払いながら「下らない」とため息をついた。その時だった───
「こんにちは。お花を植えているの?」
振り向くと一瞬天使が立っているのかと思った。
黄金色の髪の毛をカールさせリボンをつけた可愛らしい少女が目をキラキラと光らせてこちらの様子を伺っていた。
見たところ年は自分よりも若い。
何処かで見たことがあるような気がしたけれどきっとこれだけの美少女だ、どこかのポスターに描かれていたのかもしれないと気に止めなかった。
「いえ。本を拾っていただけです」
手を伸ばし土のついた教科書を少女に見せる。
「あら汚れてしまってる。まってね、はい!これを使ってください」
少女は自身のハンカチをシリルに差し出した。シルクに細かなレースと花の刺繍が施された高価そうなハンカチだ。「結構です」そう言って突き返そうかと思ったが少女のあまりにも無垢な瞳にそうすることも憚られつい、受け取ってしまった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして!」
少女の笑顔は眩しい夏の日差しのようだ。すると、何かに気づいたのか花壇に目をやるとしゃがみこんだ。
「あぁ、花が折れてしまってる。かわいそう…」
多分本は上の階からこの花壇に投げ捨てられたんだろう。本が落ちていた場所に咲いていたオレンジ色の花が折れてしまっていた。少女は小さく白い手で花に触れ悲しそうな顔をしている。
「私の本の下敷きになってしまったようですね。…失礼します」
気が向いただけだった。
ハンカチを差し出してくれた少女に感謝の意味も込めて花に手をかざし魔法をかけた。
「まぁ!!」
「マーガレット、どこへ行ったんだい?」
少女が歓喜の声をあげたのと同時に男性の声がして振り返った。と、驚いて急いで膝をついた!
「お父様!」
「ここにいたのか。何をしていたんだい?」
「花壇のお花が折れてしまっていたのをこちらの方が魔法で綺麗に治してくださいましたの!!お若いのにすごいですわ!」
少女にお父様と呼ばれた男性は国王様だった。と言うことは彼女は一人娘の王女様だ!
そりゃあ何処かで見たことあるはずだ。学校にも国王様と姫様お二人が一緒に描かれた肖像画が飾られていたはずだ。普段から人に関心を持たない自分を恨めしく思った。
膝をつき頭を下げる私に国王様は顔を見せるようにとお声がけくださったので恐る恐る顔をあげる。
「おや、君はシリル君じゃないか!君の噂は聞いているよ。もう飛び級で大学院に入ったそうだね。私も鼻が高いよ」
「覚えていてくださったのですか!?光栄です!」
「勿論だとも。顔を出せずにいてすまなかったね…そうだ、よかったら週に一度でもマーガレットの遊び相手になってはくれないか?マーガレットもシリル君を気に入ったようだし」
「本当ですの!?嬉しいですわ!!」
「シリル君はマーガレットの2つ年上だからお兄さんになるね。どうだい、マーガレットを妹として可愛がってあげてはくれないか?」
「はい!仰せの通りに」
驚くことに次の週から休みの日にマーガレット姫の遊び相手兼家庭教師として城に通う事となった。
マーガレット姫は毎週私が城へ行くと嬉しそうに駆け寄ってくれた。
「シリルお兄様」と可愛らしい声で呼んでくれ私もそれに答えるようマーガレット姫を可愛がり、時に厳しく勉強に付き添った。
不思議とマーガレット姫と一緒にいると顔が笑顔になり、心が軽くなる。
常に眉間にシワを寄せ人を寄せ付けないようにしていた自分が丸くなっていくのを感じた。
12才になると大学院を卒業し国王直属の魔道師としてこの身を国王様に捧げ毎日懸命に働いた。
仕事を始めると忙しくなりマーガレット姫に会える日は少なくなった。次第に遊び相手兼家庭教師として通うことはなくなってしまった。
それから何年経っただろう?マーガレット姫が美しく成長した頃、城内で姫様の恋が目まぐるしく困っているらしいと噂がたっていた。
確かに子供の頃からあの美貌だ。美しくなっているに違いない。しかし、あの真面目なマーガレット姫が複数の男性にに恋心を向けるなど考えられないと思っていた。
ある日、温室に薬草を取りに行った帰り道中庭に一人で座り込んでいる女性を見つけた。
「どうされましたか?」
一応私も城の関係者だ。大切な客人であったりしたら困るので形式的に声をかけた。
振り向いた女性は忘れるはずがないお方だった。
「まぁ、シリルお兄様!」
「姫様!何故こんな所にいらっしゃるのですか!?」
マーガレット姫は思っていた以上に美しくなっていた。天使は女神になっていたのだ。
しかし、ここの中庭は王族が立ち入ることのない魔道師の研究施設だ。場合によっては騒ぎになってしまう。急いで国王様の元に連れて帰らねばと考え昔のように手を取り立ち上がらせようとした。
「まって!このお花が折れてしまっているの」
昔のままだ。
小さく安堵のため息をはいてから姫様の指差す花を魔法で治した。
「さすが、シリルお兄様!お会いできて良かった。勇気を出して来たかいがありましたわ」
「私に会いに来たのですか!?」
驚いて大きな声が出てしまった。
私に怒られたのかとしゅんとする姫様に「怒ってはいません、驚いただけです」と付け加えるとぱっと笑顔になった。
表情がくるくる変わる様も昔のままだ。
「お父様にはお許しを得てから来ましたから大丈夫ですわ」
国王様もまさかお付きの者を付けずに来るとは思ってもいないだろう。中庭では目立ってしまうので仕方なく私に与えられた研究室へお連れした。
「こんな狭いところで申し訳ありません」
「いいえ、シリルお兄様が普段どんなお仕事をしているのか興味がありましたわ」
丁度同僚は外出中で不在だった。
研究室の中を珍しそうに眺める姫様を一番座り心地の良い椅子に座らせてハーブティーを出す。
「何かありましたか?」
「久しぶりに…お会いしたくなっただけです。」
姫様は昔から何か心配事や隠し事があると声が小さくなり目線を下に落として喋りがちだ。
今日も何かあるんだろうが、きっと私から聞いても話さないだろう。自分から話始めてくれるといいのだが…。
「そうだ、私ずっと姫様にお渡ししようと思っていたものがあるんです」
鍵のついた自分のロッカーからバッグを出して中から薄く小さな箱を取り出す。中には本当に今更だが初めて会ったときに渡されたシルクのハンカチが入っている。
最近部屋を研究室近くに移動したときに返し忘れていたものが出てきたのだ。
姫様に直接お会いできなくても人づてにお渡しできたらと持ち歩いていた。
「ずっと、お返しそびれてしまいました。今更なのですが…」
箱の中身を確認すると一瞬姫様の目が輝いた。しかしすぐにまた伏し目がちに悲しい目をしてしまった。
「あぁ、懐かしいわね。これはシリルお兄様が持っていて下さらないかしら?私たちの子供の頃の思い出をいつまでも忘れないように。
…ねぇ、お兄様は私の噂をお聞きになって?」
姫様の細い手から箱を受けとる。相変わらず肌は白く桜貝のような爪が整えられている。
「恐れながら、姫様が恋をされているとか…」
"恋多き"は省いておいた。
「そうなの…まるで私が私でないみたいなの。きっとこれが私への罰なのよ。
ねぇ、シリルお兄様…何時までも私の味方でいてくださる?」
罰とは何の罰なのか、あまりにも寂しそうに言う姫様に聞くことはできなかった。
「ええ、私は何時までも国王様と姫様の味方です」
私の答えを聞くと満足したのかまた笑顔になった。ハーブティーを飲み干すと帰ると言うので姫様を王族の住む区域まで送って行った。
帰り道は終止子供の頃の懐かしい話をしていた。本当に楽しそうに。
「知っていましたか?初めて会ったときに治してくださったオレンジ色の花、私の名前と同じ"マーガレット"ですの。治してくださって本当に嬉しかったわ。
シリルお兄様と過ごした子供の頃、とっても楽しかった!私が一番私らしくいられたわ。私と出会ってくれてありがとう」
そう言うと門の奥へと帰っていった。
姫様とお会いして会話をしたのはこれが最後。
姫様の恋心が封印され幽閉されたのはそれから一年してからだ。
もしかしたら私がこの時姫様の異変に気がついていれば!引き留めてもっと話を聞いてあげていれば!!
可愛い妹は笑顔で暮らせたのかもしれない。
尊敬する国王様は幸せに生涯を終えることができたのかもしれない。
・・・
『私は国王様を恐れながら父と思い慕っておりました。姫様を妹のように大切にしていました。
ハルに会った時、姫様の面影があるのに驚きこの姿でなければ涙していたでしょう。今更と言われても仕方がありませんが私はハルに…ハルの魂に今度こそは幸せになっていただきたいのです!』
ソファから立ち上りシリルを抱き締めた。
「シリル、思い出を話してくれてありがとう。生まれ変わった私を見つけてくれてありがとう」




