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地平線と彼方  作者:
本編
38/68

27.魔王と勇者1

「ココはどうしてるかなー」


 碧の泉の営業が再開してから十日ほど経った、夕方のこと。ざくざくと野菜を切っているケットがぽつりと口を開いた。

 ケットがあの店に行ったのは、お客でごった返していたあの晩だけだった。開店初日で、席の空きを待つ客や立ち飲みする客まででた、あの晩。


「心配?」


 生姜焼き用に豚肉を切り分けていたかなたは、くすりと忍び笑いをもらす。するとケットが慌てて首を振った。


「ち、違うよ! ココはちゃんとできるよ! すごい頑張り屋なんだから。ただ、毎日いたのにちっとも顔を見なくなると変な感じなだけだよ」


 でも負けないように顔は見にいかないんだ! ぷいっとそっぽを向くのに、にやにやしてしまうのはどうしようもない。

 もう、本当ケットかわいいなあ!

 思わずよしよしと頭をかきまぜると、物言いたげなイルディークがかなたとの距離を詰めてきた。なんなんだ。妙に期待のこもった目を向けられているけど無視無視。見なかったことにしよう。

 さあ、どんどん片づけるよ。ケットをうながす後ろでイルディークが例の効果音を響かせていたのは言うまでもない。

 幼馴染かあ。甘酸っぱいなあ。

 ご満悦に鼻歌をうたいながらかなたは包丁を握る。今日もおいしいものができそうだ。


 からんころんと鐘が鳴って、サザレアの明るい声が続く。

 厨房で食器をしまっていたイルディークが、眉を寄せて視線を鋭くするのにかなたは苦笑する。しんとした宿屋に響くかすかな声に耳を澄ませた。

 今日空いてる? やった、何泊できる?

 調子のよい声に思わず笑ってしまった。包丁を置いて受付に向かうのを、イルディークが視線でとがめたけれど、かなたは大丈夫だとその背をなでる。食堂をとおって受付に顔を出すと、四人の冒険者が受付を覗き込んでいた。


「いらっしゃいませ」


 町で声をかけられたときから、ひと月は経っていないと思う。

 出迎えるかなたを、振り返った勇者はあの深い緑の瞳でまっすぐと見つめた。


「カナタ。世話になる」


 落ち着きをまとった声。町から切り離された宿屋によく響いた。

 どんどん成長しているんだろうなあ。声が低くなっている。背も伸びただろうか。

 ぼんやりそう思うかなたに、勇者の後ろから銀髪のお調子者も手を振った。それにまた笑みがこぼれてしまう。


「店の護衛を探してるんだろ? その依頼もギルドで受けてきたぜ」


 ギルドの依頼表を示したウェールズにかなたはうなずく。


「仕事になるのかは定かじゃないですけど。なにかあったときはよろしくお願いします。――ひとまず、お部屋へ案内しましょうか。依頼の説明はそれからでいいですか?」


 視線が勇者――オーウィンに集まる。

 このパーティのリーダーはオーウィンなのだろう。

 いくらウェールズの方が年上で兄貴肌であっても、最終的な決定を下すのはオーウィン。そういう立ち位置がしっかりとお互いに根付いている。四人の様子からそれが見て取れた。

 仲間の視線を受けて彼はうなずいた。


「荷物を置いてくる」

「わかりました。都合がよいときに食堂へお願いします。――イルディークさん」


 かなたの声に、ずっと控えていたイルディークがサザレアから鍵を受け取る。硬い表情で勇者を見つめていたけれど、仕事は仕事。かなたに視線でうなずいた。

 不満なのはありありと伝わってくるが、冷たい無表情で仕事をこなす。声を荒げて割り込むことがないだけ、彼もまたちょっとだけ考えることがあったのかもしれない。あとで褒めよう。

 ご案内いたします、と無感情な声で案内する背中を見送ってかなたは食堂へと戻った。




 店の護衛の依頼は、ギルドの支配人に相談したうえで正式に依頼する運びとなった。

 何度もいうが必ず問題が起こるわけではないので、店に泊まる冒険者限定。依頼日数は要相談、と思っていたがそれだと管理も大変だろうと、ひとまず一回の依頼につき二日間の期限をもうけた。

 それを一回分の二日間受けるのか、二回分の四日間を受けるのかは冒険者の都合で決めればよいことだ。


 オーウィンたちは三回分、つまり六日間の依頼を引き受けてくれた。

 食堂のテーブルに四人が揃うと、ケットが得意げに茶を運んだ。最近はそういうことも彼女がやってくれる。こちらもちょっとずつ成長している。

 テーブルに広げられた依頼表は三枚。イルディークがピキリと空気を凍らせて顔をゆがめたけれど、かなたはそれを気にせずに護衛の依頼を説明する。


・夕方五時から翌朝九時まで、小鳩亭ですごしてください

・時間内に揉め事が起こったとき、仲裁の手伝いをしてください

・以上のことは、最低一名が行ってください


 テーブルについた冒険者たちに、かなたは護衛マニュアルとして作成した羊皮紙を広げた。

 上から順に読み上げてから、要するに、といつもの口調で話を進める。


「依頼表にも書いてありますが。これさえ守ってもらえれば、あとは自由にしてください。ずっと店に張り付いているのも、時間を持て余してしまうから。ただ、揉め事が起こりやすいのは、予約がいっぱいになる夕方から食事が終わるまで、あとは朝食をすませたあとの引き払いのときですかね」


 頬杖をついたウェールズが字を追ってから、ふーんと軽くうなった。


「全員いなくてもいいんだ」

「強制はしません。冒険者の方々にも向き不向きがあると思うので、人数とか、誰が残るかはお任せします。簡単に言うと、喧嘩っぽいことが起こったら仲裁するのに手を貸してもらいたいってだけだから、それさえやってもらえれば」

「本当、欲のない依頼だなあ。護衛ってんだから、四六時中張り付いててとか言ってみればいいのに」


 おどけた緋色の瞳に、かなたはくすくす笑みをこぼす。


「いいんですよ、何事もなく終わるかもしれないし、報酬もそんな額ですし。わたしたちはほとんど店にいるから、本当は護衛っていうのもおかしい気がするんですけどね。まあ、大事になる方が困るし、力を貸してもらうことになったわけです」


 ここでかなたは四人の顔をゆっくりと見渡す。

 最後に勇者で目を留めて、まっすぐとその樅木色の瞳を見据えた。


「毎日なにかが起こるわけでもないですし、あんまり硬く考えないで、泊まるついでくらいに思っていただければ。ただ、万が一のとき手を貸してください」


 うなずいたオーウィンに、かなたはほっとして微笑む。日本人らしく頭をさげて、説明を終いとした。


「なにかわからないことがあったら、気軽に声をかけてくださいね。――六日間、よろしくお願いします」




 護衛たちが部屋に戻っていったので、かなたはケットとともに夕飯の下ごしらえを始めることにした。

 イルディークが食堂のテーブルと椅子を整え終えると、それを待っていたかのように銀髪の護衛がカウンターのひとつに腰かける。彼は暇つぶしの場所にこの食堂を選んだらしく、仲間とは受付のところで別れて戻ってきた。

 イルディークが位置をそろえたばかりの椅子は、好きな向きにかえられてしまった。表情をなくした氷の一瞥を向けられても、護衛は気にせずにかなたに相好をくずす。


「物騒なお客もいるから大変だな」


 ふたりの声なきやりとりを笑いながら、かなたは包丁で肉の筋を取っていく。


「でも、手を貸してくれるお客さんもいっぱいいますよ」

「ああ、双剣が助けたって聞いた」


 頬杖をついたウェールズは、拗ねたように唇をとがらせた。


「しばらく来ない間にずいぶん人気になっちゃったからな。この前満室って断られたんだぜ? 俺、ここの飯楽しみに旅して来たのにさあ」

「あまり部屋数はないから、すみません」

「そういや、別の店で食えるようになったんだって?」


 はっと背を起こした彼に、かなたは町で勇者に会ったことを思い出した。たしか、あのとき満室だったと言っていたはず。それでそのあと、イルディークが異常な嗅覚を発揮したんだった。


「この前オーウィンさんに言ってありましたね。南門の近くの、碧の泉です。ちなみに、黄金畑で評判のリュート弾きも、たまにそこで演奏してて」

「……聞くんじゃなかった。俺、絶対酒場なんて行かない」


 ぐったりとカウンターに倒れ込むウェールズ。

 パン生地をこねていたケットが目を真ん丸にした。彼女からは突然ウェールズが消えたように見えたのだろう。


「嫌?」

「嫌。いけ好かないやつの顔見て酒飲むなんてごめんだね。黄金畑にだって、俺行かないようにしてんだぜ?」


 片目だけで銀髪の隙間から見上げてくるのに、かなたは呆れて肩をすくめた。誰とでも打ち解けそうなウェールズが、ここまではっきり言うのもすごい。


「そんなに毛嫌いすることないのに。人気みたいですよ?」


 店のお客やココから彼の評判は耳に入っている。リュートの腕は本当によいと口々に言うし、たまに朗々とした声を響かせてくれるときもあるそうだ。エーデ目当てに来るお客までいる、という言葉にもうなずいてしまうくらいの人気。

 いつもまったりと生活している居候の姿からはあまり想像できないけれど、彼は彼なりに外の世界に溶け込んでいる。感心感心。


「あの透かした感じが嫌だし、それに女がうれしそうな顔すんのも嫌だ」

「黄金畑は女性のお客さん増えたって話ですもんね」


 けれども、すべてのお客を虜にできているわけではないことが、ここではっきりとわかった。まあ、異性にちやほやされている人を見ておもしろく思わないっていうのは、よくある話だ。そんな理由か。

 生暖かい視線でウェールズを眺めて、かなたはなるほどなあとうなずく。それにウェールズはむっとした視線を返したが、ため息と一緒に口を開いた。


「……碧の泉、ね。オーウィンたちにも言っとくよ。あいつらは使うかもしれないからな。俺は使わないけど!」

「はいはい」


 食欲と男の意地は、どちらに勝敗があがるのだろう。

 ムキになって言い張る彼に軽く手を振ると、生地を叩く音と一緒にケットの忍び笑いがこぼれた。




 この日の夕食はトンカツ。

 果物と野菜を煮込んでつくったソースは、三度の失敗を乗り越えて形となった。ようやく完成したのでトンカツ。

 もちろん事前に試食をした小鳩亭従業員たちにはゴーサインをもらっている。ケットの素早い手がさくさくに揚がったそれを口に運ばないか、かなたは目を光らせているところだ。

 トンカツ、キャベツのコンソメスープ、温野菜サラダ、ケットのバゲットとかなたのご飯。

 なかなか今日もおいしそうにできあがっている。

 陽が暮れて食堂にお客たちがおりてくると、こうばしい香りに嬉しそうな声が上がった。

 作りながら食堂の様子をうかがっても、男性を中心に好評のようだ。


 さっくさくの衣に歯を立てればじわりと肉汁がこぼれ、濃厚なソースとやわらかな肉のあまみが口に広がる。あっつあつのうちが一番おいしい。

 ソースなしでも十分おいしいはずだけれど。お客たちの口にあったらいいな。

 食堂をうかがうかなたに、配膳をしていたイルディークが大きくうなずいて大丈夫です! と無言で励ましてくれたが、彼は常にかなた贔屓なのであまり参考にならない。まずい、なんてお客がこぼすものなら、その首を絞めにいってしまいそうだ。

 はいはい、どうもありがとうございます。

 素っ気なく手を振ると頬を染められる。喜んでどうする。


 呆れた視線を彼からはずし、食堂を見渡すと今度はオーウィンと目が合った。樅木色の瞳。迷いの森を思い出させる色だなあとかなたはぼんやり思う。

 口元に衣のかすをくっつけた彼は、がつがつ食が進んでいたようだ。はっとして動きを止めたオーウィンは、かなたがにこっと笑みを返すとわずかにたじろいで顔をそらしてしまった。なんでだ。

 すかさずイルディークがかなたの視線をさえぎってきたので、はいはいと軽くあしらって料理に戻ることにした。そんなに気にすることないのになあ。言ったところで、イルディークは聞かないとは思うが。


 イルディークのぎんぎんの視線を受けながら勇者が食事を再開したのを、かなたはちらりと視線を上げて確認する。ご飯がまずいというわけではないらしい。

 なにかもの言いたげに思えて首をかしげていると、今度はウェールズがおかわりしたいと空になった皿をカウンター越しに渡してきた。かなたはにっこり笑って、碧の泉への来店をお願いしたのは当然で。

 一瞬にして顔をゆがめたウェールズ。でもトンカツ食いたいし…と真剣に悩み始めた彼を、仕事の邪魔ですとイルディークが席へと追いやった。


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