ありがとう、お父さん
〇●〇●〇
私は気づいていたのかもしれない。
今まで聞こえてきた謎の声。本当の機械のオペレーターのような無機質な声。
私は悪い子だ。
ずっと今まで目をそらしてきた。耳を塞いでいた。
その事が私のご主人様、奏太様に危害を与え続けていたんだ。
体が地面から出てくる赤黒い鎖で私を縛る。反抗をすればするほど比例して鎖が増えていく。
今回は無理そうだ。自分を自分で制御できずに、奏太様を傷つけてしまう。
「私は…悪い子です」
独り言のように呟く。
いや、呟いてなどいない。声すらでなくなっていた。
「ごめんなさい」
でなくなった声で奏太様に話しかけても無駄なのはわかっている。でも、少しでもこの思いが届いてほしかった。
奏太様は泣いている。その涙も私のせいだ。紗綾も私のせいでこんなゲームに参加してしまった。
全て自分が悪い。
私が奏太様に出会わなければこんなことにはならなかった。
消えたい。死にたい。
そう思ってしまうが、奏太様の私との出会いを忘れたくないという台詞が私を生きたいという、気持ちにさせてくれた。
だから、最後くらい派手にやってやろう。
私はゆっくり目を閉じた。
―――ロード
不意に聞こえてきた無機質な声。
私は目を開き、周りを見てみる。
真っ暗なこの世界に一つの青白い光が灯る。
その光は少しずつ大きくなり、ある形に変化していく。
人だ。
光は少しずつ色がつきはじめて、最後にはある男の人になった。
―――ロード完了
男はゆっくりこちらに向かって歩きだす。
逃げようとしても、体が動かない。
「大変だったな」
そんな言葉が光る人から発せられた。
男は私の目の前に立ち、私の頭を軽く撫でた。
「お前は俺の記憶だけ消えてるんだよな」
何を言っている?
「何を言っているのか分からないと言いたそうな顔だな」
ポンポンと私の頭を叩く。
「簡単に言えば俺はお前の父親だ」
この男が父親…?
私の父親は変な実験ばっかりしてる…あのダメな父親だ。
こんなダンディーな父親じゃ…。
思い出はある。
父親がピクニックと言って、ついていったらアマゾン川に溺れそうになったり、釣りをしようと言われたときはサメに船を壊され、父親と一緒に大平洋を三日遭難したりなどなどたくさんあるはずなのに。
どんな性格なのかも分かる。なのに今さら顔が思い出せない。
「苦しい顔をするな笑顔になれ、お前にならできる。俺の娘だからな」
男は少し軽快に笑う。
なぜかとても懐かしかった。
「といってもこれはデータだから、もうすぐ限界になるだろう。後はお前次第だ。お前とあいつなら大丈夫だ。なんせ、俺の集大成だからな」
「…どういこと?」
「お前は一回死んだことを覚えているか?」
「覚えてる。というか思い出した」
「そうか。俺はお前を生き返らせるために、色々な実験で試行錯誤をしたが全て成果がでなかった。考えた末に俺はお前をデータとして蘇らせることにした。体の遺伝子から性格や体格の情報を手に入れて自分の娘そっくりな電子人間を作り上げた。しかし予想外な、莫大の容量により電子人間の形が形成できないことが分かり、俺はお前の記憶の一部失わせ、容量を軽くすることができた」
いきなり説明されても内容が把握しづらい。
そんなことを考えていると男はまた説明を続けた。
「そんなわけでお前は完成したが、ある問題が浮上した。それは、お前の記憶の保存とお前のデータをコピーすることだ。出来上がったデータを複製用として残しておくのは科学者として基本だ。それに俺の技術が発達したら記憶を挿入できると思ったからな。しかしそのぶんこの技術力は、今の時代には不釣り合いすぎる。その実験での存在してはいけない技術力だと思った。それから俺は安全で見破られないところにデータを隠すことにした。そう、人の中だ。二人にそのデータを埋め込んだ。紗綾という女性には記憶のデータを、奏太という男性にはお前のコピーが眠っている。そこまでは良かったんだが、俺の助手が勝手なことをして、お前にウイルスを流し込んで―――」
ぷっ、と男が吹き出した後、笑い転げていた。
数分後、男は収まったのか少し涙目になりながら自分と目をあわせる。
「お前には難しすぎたかな」
説明を聞いてたときの私の顔がよっぽど酷かったんだろう。男の説明は一割も理解できていない。
「話はここまでにしておこう。あ、そうだ」
そう言って男はある『場所』を耳打ちした。まるで奏太様の居場所が分かっているかのように、その『場所』は今いるところのエリア内だった。
「おっと、そろそろ終わりだそうだ」
ポロポロと男の手が崩れ始めていく。
口を何度も動かして、声帯を震わそうとしているのに声がでない。
「お前をこんな風にして悪かったな。またな」
そう言いながら男は少し寂しげな表情をしている。
「消えていくとこなんて見せたくねぇな」
男は私に背を向けて暗闇に消えていく。
伝えたい、伝えたい。
数秒でもいいから声を出せるようにして。
お願い。
このまま別れるなんて嫌だ。
○●○●○
紗綾は【勇者の剣】を片手に、ミントに向かっていった。
紗綾は右下から左上に切り上げてから、いろいろな方向へと斬撃を放つが、ミントは全て紙一重で避けていく。
ミントの蹴りが紗綾の横腹にあたり、紗綾が横に吹っ飛んでいく。【勇者の剣】は紗綾の手から離され、僕の目の前に突き刺さる。
―――守りたい人がいるから
不意に紗綾の言葉を思い出す。
このまま僕はなにもしなければ前と同じじゃないか。
変わっていないじゃないか。
まだ【オーバーヒートライフ】の効力は消えていない。
前みたいに逃げるな。
諦めるな。
立ち向かえ。
どんな窮地にたたされても諦めず、戦え。
体がどんなに傷ついても動けるはずだ。
痛みから逃げ出すな。
前を向け。
僕はただがむしゃらに【勇者の剣】を取って、走り出した。
○●○●○
その瞬間赤黒い鎖が透明な硝子の綺麗な鎖になった。
パキ。
最初は小さな小さな音。しかし、その音は大きくなり
パキンッ。
最後に鎖が割れ、綺麗な音色を奏でながら地面に落ちていった。
私はすぐに走って、男を後ろから、飛び付きながら首に腕を回した。
「ありがとう、お父さん」
不意に腕に水が垂れた。お父さんは泣いていた。
ゆっくりとお父さんの形は消えたが、温もりはまだあった。
―――オートモードに変換します。
頭のなかで無機質な声が聞こえる。
「うるさいっ!」
私は倒れそうな体に力を入れて、そしてあらんかぎりの声をだした。
「皆を守る!私は絶対守る!」
きっとこれがウイルスなんだろう。まず私が勝たなければいけない。
今までどっちかというと守られてばっかりだった。
―――私が守る。
○●○●○
ミントが紗綾に向かって走っているのを、僕は追いかけていた。
「奏太様、準備はいいですか?」
いきなりカンナの声が聞こえた。今までと違い、耳から聞こえてるのではなく、頭に直接響いてるようだった。
「よく分からないが、いつでも大丈夫だ」
この際余計な考え事はしたくなかった。
「そっれじゃあ!いきますよ!【オーバーヒートライフリミットブレイク】!」




