プロローグ…社交界名物カップルの馴れ初め
猫柄のドレスを着た小さな令嬢に恋をして5年が経った。
リヒター男爵家の長男、ヒナミ・リヒターは、社交界に来ると同時に、片思いをしている令嬢、カナン・フェルナーを探した。
周りの令嬢たちが無地のドレスを着ている中、柄物のドレスを着てくれているおかげで、人がいっぱいいたとしてもカナンをすぐに見つけられる。
いた。
今日はうさぎ柄のドレスだ。
珍しく綺麗な髪を下ろしている。
「カナン様」
声をかけて気づいた。
「今日はお姉様とご一緒ではないのですか?」
カナンももうすぐ10歳。
社交界デビューは10歳になる年の春であることがほとんどだ。しかしカナンは末っ子ということもあり、姉の引率の元、社交界に参加することが出来る5歳になる年の春から社交界デビューをしている。
社交界ひとり立ちでもしたのか。
そんな軽い気持ちで訊いた。
しかしカナンはヒナミの言葉を聞くと、ヒナミを見てじわぁっと目に涙を溢れさせた。
「ど、どうしました?何か私、余計なこと言いましたか……?」
ヒナミはカナンに視線を合わせるためにしゃがみこみ、持っていたハンカチをカナンに差し出す。
「お、お姉様たちもお兄様たちも、お父様もお母様たちもカナンのこと、可愛くないって……」
「えっ……?」
待て待て待て待て。
『お姉様たちもお兄様たちも』はまだ分かる。
でも、『お母様たちも』って何だ。何でお母様が何人もいるんだ?
「カナンが我儘だから……。我儘で何にも出来ないから……!」
じわあっと涙がこぼれ落ちる。
差し出したハンカチで涙を拭おうとしないカナンに、ヒナミは代わりにハンカチでカナンの涙を拭く。
「やめて!優しくしないで!どうせヒナミもカナンのことどうでも良くなるんでしょ!」
手をバチンと叩かれ、涙を拭いたハンカチが床に落ちる。
カナンの大声に、周りの令嬢や子息が談笑を止める。
「……私は、カナン様のこと我儘だと思ったことありませんよ」
「嘘!」
「嘘じゃありません」
「じゃあそのうち我儘だと思うんでしょ!飽きちゃうんでしょ!どうせカナンのことなんて、誰も見てくれないんだから!」
「私が見てます!」
「……え?」
ヒナミの言葉に、カナンは驚いて泣き止む。
「私がカナン様のこと見ています。最初にお会いしたときからカナン様にしか興味がありません。今後もそうです。だから、そのような寂しいこと仰らないでください」
しん、と辺りは静かなままだ。
カナンはじぃっとヒナミを見つめる。
「本当?」
「本当です」
「嘘じゃない?」
「嘘ではありません」
「もし、もし嘘だったら?」
「嘘ではありませんが、そうですね……。誤解が解けるまで説明させてくださるとありがたいです」
「…………」
カナンはヒナミの言葉を聞き、ドレスの袖口で乱暴に涙を拭う。
そしてヒナミの手を取り――。
「……カナン、ヒナミと一緒にいる」
ぎゅうとカナンに手を握られ、ヒナミは耳まで赤くなった。
*
そんな2人はいつしか「社交界名物カップル」と呼ばれるようになり、15年経った今年、遂に婚約をした。




