後編
こんな日々がこれから先もずっと続いていくのだと思うと憂鬱でしかなかったのだが――彼は突如この世を去った。
その日、ディワースは、職場で事件を起こした。
上司の男性が「書類の作り方が間違っています、これでは意味が通りませんので書類として成り立っていません。修正してください」と言ったそうなのだが、指摘され激昂したディワースは「俺は間違っていない!」「俺の書類は完璧だ! 百点満点中五百点、六百点、いや……三千点!」などと一時間以上叫び続け、さらには室内の家具を上司や周囲の人たちに投げつけるといった危険行為に走ったそう。
また、上司の男性のことも、数回殴ったそうで。
もはや一般人だけではどうしようもないため、通報され、やがて駆けつけた治安維持組織の人たちに拘束されたらしい。
だがそれでも彼は止まらなかった。
拘束後も暴れ治安維持組織の人たちにも手を出そうとしたそうだ。
で、押さえ付けられた拍子に頭を打ってしまい、落命したそうである。
頭を打って命を落としたことは不幸な出来事だったかもしれない。が、周りに散々迷惑をかけてきた彼がそういう不幸に出会い命を落としたとしても、それはある意味仕方のないことだろう。積極的に彼の不幸を願うことはないけれど。彼に嫌な思いをさせられてきた人たちは、皆、彼のことを可哀想だとは思わないに違いない。
こうしてディワースはこの世を去り、彼との婚約は自動的に破棄となった。
日々心ない言葉をかけられ、こき使われ、馬鹿だ馬鹿だと見下されてきたけれど、そんなこの人生にも救いはあった。
「これで解放される……やっっったああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっっ!!」
彼との婚約破棄が決まった直後、叫んでしまった。
「嬉しいぃぃぃぃぃ!! 嬉しいよおおぉぉぉぉぉぉ!! 最高だよもぉううぅぅぅぅぅ!! こんなことって、こんなことって……やったああぁぁぁーっ!! 最高過ぎるううぅぅぅぅ!! ありがとう神様、最高だよ神様、神様に感謝ぁぁぁぁ!! 神様急に大好きになったああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もう奴隷のような扱いを受けなくていい。
もう馬鹿だ無能だと侮辱されなくていい。
私は私の人生を取り戻せる。
◆
あの後、父の兄である伯父が紹介してくれた資産家の息子さんである青年ローゼリテットと結婚し、豊かな生活ができる日常が訪れた。
「ねえ、ローゼリテット」
「どーした?」
「今日は何飲む? 朝食の前。希望があったら言って」
「ああ、うーん……どうしよーかな……何でもいいよ、絶対何がいいとかはないし」
今は夫であるローゼリテットと二人で穏やかな日々を楽しんでいる。
「じゃあローズティーにする?」
「あ! いいね!」
「オッケー。じゃあちょっと待っていて。すぐ用意するから」
「急がなくていいよー」
「でもローゼリテットが担当の日は早朝からじっくり準備した飲み物をくれるじゃない」
「まーねー。でもあれは趣味だから。気にしないでー」
「本当に、感謝しているのよ。いつも親切にしてもらって。言っても言っても足りないけれど……でも、ありがとう、って。本当に、そう思っているの」
良い香りがするお茶を飲んだり、美味しいものを食べたり、季節の花を愛でたり――そんな、日常の中の小さな一つ一つの出来事が、今はとても幸せだ。
奴隷のように扱われていた頃には見えなくなっていたものが今は色々見えるようになっている。
支配されている時、人は、良いものや綺麗なものを見つける力を失ってしまう。けれども、こうして自由と幸福を得られたならば、そういった力だって取り戻すことができるのだ。徐々にでも、素敵なものを発見できるようになっていく。人の心には、そういう強さ、回復力が備わっている。
◆終わり◆




