あとがき
『氷の幻獣は、冷徹な魔女に拾われる。―夜の庭にサファイアは咲く―』をお読みいただき、ありがとうございました。
物語が、これで一旦幕を閉じたことになります。
このお話は、深い傷を負った者たちが、この相手になら心を預けられると思えるようになるまでを書きたいと思っていました。
ですので彼らは、「幸せになりました、めでたしめでたし」というわけにはいかず、これから幸せというものを学んでいくところなのかもしれません。
まだまだ本人たちもドラクロワ城も、傷だらけですしね。
ベルローズの傷跡は、ヴィクトルを倒しても消えません。
彼女とルシアンに深い傷を残した男をどうしようか、と考えた時。
「こんなやつはもっと惨たらしい目に逢わせてやったほうがいい!」
もしかしたら、そう感じる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、ベルローズが自分で手を下しても、ルシアンが息の根を止めたとしても、結局スッキリしないと、私は思ってしまいました。
ですので、ベルローズには「ヴィクトルを救わない。これからの自分と、愛しい者たちを守る」という選択を採ってもらいました。
何もかもに絶望し、捨て鉢になっていた彼女。
今では誰かを、そして自分自身を愛し、大切にできるようになった。
そんな姿が描けていたら嬉しいです。
それから、ベルローズの角。
「本来は美しく、誇りの象徴であるはずのそれを押し込められ、異物として扱われていたとしたら」
という考えが、キャラクターの核です。
彼女が触れさせ、その熱を奪うことを許可するのはルシアンだけ。
初めは必要に駆られて行われていたその冷却が、次第に甘く親密なやり取りに変化していく姿を書きたいと思っていました。
ルシアンは、いつまでたっても獣です。
人間の姿をしているけれど、人間になったわけでもないし、本人にもさらさらそんなつもりはない。
はじめルシアンが人化するという設定を決めた時、「どうして幻獣の姿の方が強いのに、わざわざ人間の姿になるの?」という疑問が自分のなかに浮かんでしまったのです。
そこから「人間の姿になること自体が作者の都合で、本当はこんな姿でなんていたくなかったとしたら」というキャラクターになっていきました。
そして、彼が人間の姿での安定を得るためにもがき、ベルローズに同じ体温で優しく触れるために「人でいたい」と思えるようなお話が生まれていきました。
捨ててしまいたかった人間の姿を、愛する者のために自ら選び取るという意味が、ルシアンの一番書きたい部分でした。
でも根っこの部分は、とことん獣です。
ルシアンはベルローズに、はっきりと「好きだ」とか「愛してる」とは言いません。
人間としての恋愛の機微も、これっぽっちもわかりません。
それでも彼女のことが大切で、大好き。だからいつも一番傍にいたくて、守りたくて、独占したい。
その洗練されていない愛着こそ、ベルローズの強固な心の扉を蹴破れる唯一の方法として、大事にしたい感情でした。
そしてピピとアマンダ。
湿り気と汚れが苦手なピピに、常識が通用しないアマンダ。
それでも妙に馬が合う(ような合わないような)精霊凸凹コンビです。
ピピにはいつも、本当に苦労をかけています。
とことんルシアンをはじめとする城の面々のお世話をし、恋愛アシスト役までこなし。
このお話のMVPはピピかもしれません。
ピピは、はじめから完成された執事というより、誰もやらないからそうあらねばならない、苦労を背負いこんでいる役割として書いていました。
ルシアンとはなんとなく、先輩と後輩のような。どちらも自分をお兄ちゃんだと思っている兄弟のような。
そんな不思議な関係になっていき、書いていて楽しかったです。
アマンダは、下手するとただのホンワカキノコ娘になってしまうと思い、こんな言い方をしたら元も子もないのですが、とにかく変な奴にしてやろうと思っていました。
ですので戦闘能力も、ふわふわファンシーにしておけばいいところを、妙にえげつないものとなっています。
嬉しいことも、遠慮したほうが良いことも隠さず言ってしまう。
というか、隠す必要があると思っていない。
常識的なところから外れた目線で物事を見ることで、物語の空気感を変える存在になってくれたような気がします。
それからヴィクトル。
彼は徹底的にぬくもりを剥ぎ取り、体温を感じない清潔なキャラクターとして書いています。
ベルローズのことは愛していました。
愛しているからこそ、その尊厳を無視してでも、型に嵌めて管理下に置くことが唯一の正解だと、信じて疑いませんでした。
ルシアンとヴィクトルは、青い目をしているということは共通していますが、対照的なキャラクターとして書きたいと思っていました。
ヴィクトルの目は、王都でベルローズが見上げたような、虚飾に塗れた青空を。
ルシアンの目は、彼女が心からの安息を得られる居場所で見上げる、真実に満ちた夜明けの空をイメージしています。
ルシアンが身に着けている紫薔薇のチョーカーも、ベルローズとの繋がりを象徴する大切な要素でした。
蒼い角とチョーカー。お互いの傷痕を身に宿しながら生きていくことも、この二人らしい愛情表現として書いています。
『夜の庭にサファイアは咲く』のサファイアは、ルシアンの象徴でもあり、ベルローズの角に生まれた結晶でもあります。
読んでくださった方の中に、少しでもその蒼い色が残れば、これほど嬉しいことはありません。
改めまして、この物語にお付き合い頂きました皆様に、心より感謝を申し上げます。
皆様がくださる反応がなければ、ここまで投稿を続けることはできませんでした。
それから。
冒頭でも書きましたが、このお話はここで「めでたしめでたし」では終われませんでした。
ようやく愛すること、愛されることを知った二人。
けれど、急に何もかもが上手くいくわけでもありません。
書き終えた時、本来ならそこで終わりだったのかもしれません。
それでも、もう少しだけ彼らの日々を書いていたいと思う自分がいました。
そんな思いから、実はこちらのお話を投稿している間にも、彼らのその後を書き進めていました。
ちょっぴり素直になったベルローズと、彼女を特別扱いすることを隠さないルシアンの生活を、覗いていただければと思います。
また後ほど、お会いできれば嬉しいです。
2026年7月16日 彩羽やよい




