↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夜の庭にサファイアは咲く~冷徹な魔女は、拾った幻獣にだけ様子がおかしい~  作者: 彩羽やよい
最終章:夜の庭にサファイアは咲く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/87

第77話:白銀侵攻

 空を切り裂いた白銀の閃光は、禁忌の森が積み上げてきた静寂を、無慈悲に粉砕した。

 森の奥深くで眠っていた獣たちは一斉にその身を震わせ、鳥たちは羽音を散らして逃げ惑う。

 森そのものが、異物の侵入に軋みを上げていた。


 王立魔導院の兵器、そして王都の正規軍。

 白銀の重装甲を纏った歩兵部隊が、等間隔の機械的な足音を響かせ、霧の立ち込める森へと踏み込んでいく。

 頭上では、無数の偵察機が、昆虫のような駆動音を撒き散らしていた。


「……掃討開始まで三十分。魔女の隠れ家ごと、この古臭い森を焼き払え」


 無線機越しに、冷酷な命令が飛び交う。

 兵士たちは最新の魔導銃を構え、進軍を開始した。

 彼らの瞳にあるのは、文明の利器への絶対的な信頼と、未知の領域への侮りだった。


「薄気味悪い森だぜ。禁忌の森って言やあ、王都でだって立ち入りが禁じられてるって場所だろ?」


「ああ、一度入ったら、生きて戻って来られねぇって聞くな。くそ、なんでこんなところに俺たちが……」


 ぼやき混じりの声は、途中で不自然に途切れた。

 部隊が奥へ進むほど、霧は粘り気を帯びるように濃くなっていく。


 彼らの言うとおり、禁忌の森は、王都の合理主義が想定するような、ただの植生ではなかった。

 魔導探査機の表示も絶えず乱れ続け、コンパスの針は狂ったように円を描き始めた。

 足元では腐葉土に隠れた極彩色の菌糸が、兵士たちの重いブーツに、密かに、粘着質に絡みついている。


「……おい、報告と違うぞ。道が、さっきから繋がってない」


「違う、俺たちは真っ直ぐ進んでいたはずだ!」


 指揮官の焦燥をあざ笑うかのように、古びた大樹が軋んだ音を立てて自ら枝を組み替え、視界を塞ぐ。

 兵士たちの間に、ざわりと動揺が走る。

 方角も距離感も、この森においては、ドラクロワの意志一つで書き換えられる概念に過ぎなかった。


 そして時折、霧の向こうを蒼い影が音もなく横切っていく。

 誰かが叫び、銃口が一斉に向けられるが、次の瞬間には、そこにはもう何もいない。

 残されているのは白い霧と、肌に貼りつくような冷気だけだった。

 それは王都の兵士たちがこれまで経験したどの戦場とも違う、異界の(ことわり)に支配された迷宮だった。


 ◆


「東回廊、物理封鎖。第二、第三魔力経路を中央塔へ。……ああもう、掃除したばかりの床を鉄屑で汚したら、末代まで呪ってやるからね!」


 ドラクロワ城の心臓部、玉座の間。

 膨大な魔力が奔流となって行き交うなか、ピピは半ば叫びながら、その小さな手を虚空にかざしていた。

 ピピの指先が動くたび、城内の石扉が重厚な音を立てて閉ざされ、防衛用の結界が新たな幾何学模様を描いて再配置される。


 結界が敵の攻撃を受けるたび、ピピの白い頬には魔力の逆流による微かな亀裂が走った。だが、彼はそれを気にする素振りも見せない。

 彼はもはや平時の姿を脱ぎ捨て、城そのものと神経を同期させた、精霊としての真価を発揮していた。


 背後では、冷ややかな静けさを纏ったベルローズが、戦況を見据えている。

 彼女の周囲には、安置された宝珠から溢れ出す深紫の魔力が、炎のように揺らめいていた。

 光に照らされた黒いドレスは、まるで夜そのものを切り取ったように(くら)い。


 ベルローズが指先を持ち上げると、城壁を覆いつくした茨が脈動し、結界が深い紫に発光する。

 彼女の魔力に呼応するように、城そのものが侵入者への敵意を露わにしていた。


「ピピ、中央制御を完全に任せるわ。侵入者の足止めを」


「僕に任せて、ベルローズ様。一欠片の鉄屑も、宝珠へは近づかせない」


 ピピの灰色の瞳が、光を放つ。

 城全体が生き物のように脈動し、侵入した王都兵たちを回廊の迷路へと誘い込んでいった。


 一方、森の最前線では、アマンダが防衛線として立ち塞がっている。

 彼女は戦おうともせず、ただ、そこに在るだけで森を侵食していた。

 白銀の魔導兵器が熱線を放ち、木々を焼き払おうとする。

 だが、焼かれたはずの切り株からは、瞬く間に毒々しい胞子を吐き出す巨大な茸が増殖し、兵器の関節部へと菌糸を伸ばした。


「いけませんね。そこは、森のみんなの家なんです。踏み荒らす悪い人は、嫌われますよ」


 霧の中から、アマンダの声が亡霊のように、優しく響く。

 兵士たちの足元からは、蛇のような根が這い出し、その四肢を絡め取った。

 肺腑を突く甘い花の香りが、兵士たちの意識を混濁させ、視界にありもしない悪夢を投影する。


「た、助け――」


 足首を(つた)に絡めとられた兵士の叫び声が、途中で途切れた。

 霧の奥へ引きずり込まれ、泥の中へ沈むように消えていく。

 数秒後。彼がいた場所には、その体温を肥料として、これまで見たこともないほど鮮やかな紅い花が、一輪だけ咲き誇った。


 兵士たちの背後で、誰もいないはずの森が笑っている。

 美しくも禍々しい、森そのものの化身としての恐怖。

 アマンダの穏やかな微笑みが霧の隙間に見えた瞬間、屈強な兵士たちが、赤子のように震えながら後退を始めた。


 そしてその恐怖を、物理的な破壊へと変える影が、戦場を駆けていた。

 ルシアンの煌めく蒼い瞳が、霧の中で光の尾を引いている。

 彼はかつてないほど正確に獲物の急所を見定め、確実に処理していく。


 王都の人間たちを前にしても怒りに呑まれることなく、冷静に理性を保ち続けていたのには、理由があった。

 守るべき城がある、帰るべき場所がある。

 朝の光の中で、欠伸をして笑いあった、あの温かな日常がある。


 それらを蹂躙しようとする、白銀の濁流。

 それを一つ残らず、氷炎の地獄へ叩き落とすことだけが、今の彼の行動原理だった。


 頭上を旋回していた偵察機が、蒼い氷槍によって貫かれ、黒煙を上げて墜落する。

 森を裂く白銀の閃光に対し、ルシアンは氷の魔力を纏わせた肉体一つで肉薄した。

 巨大な魔導兵器の装甲を、素手で紙細工のように引き裂き、粉砕する。

 蒼い炎によって焼き尽くされた魔導兵器は、塵も残さずに消えていく。


「奴を殺せ、怯むな! 数に任せて押しつぶすのだ!」


 指揮官の絶叫と共に、一斉射撃が森を白く染めた。

 だが次の瞬間、兵士の視界から、前方にいたはずの蒼い影が掻き消える。


「――え」


 遅れて、その兵士の首筋に、刃物のような冷気が走った。

 振り返る暇もなかった。鮮血が白い雪のような霧を赤く染め、凍りついた肉片が森の土に還っていく。


 ルシアンは一切の無駄を削ぎ落とした動作で、白銀の波を各個撃破する。

 背後に立ち上る、鋭利な凍気を背負った彼。

 それはドラクロワの主を守る、最も美しく、最も無慈悲な牙だった。


 王都軍の進軍が、明らかに滞り始めていた。

 禁忌の森と、ドラクロワ城。

 その連携の前に、最新鋭の魔導兵器さえもが、ただの鉄の残骸へと変わり果てていく。

 兵士たちの間に、言葉にならない恐怖が蔓延し始めた、その時だった。


 混乱する前線の後方。

 数人の従者を連れた一人の男が、霧の中から静かに姿を現した。


 白銀のコートに身を包み、乱れ一つない金髪。

 その碧い双眸(そうぼう)は、地獄のような惨状を眺めながらも、鏡のように冷たく凪いでいる。

 彼の周囲には、硝煙(しょうえん)も悲鳴も、何一つ届いていないかのようだ。

 まるで世界が彼を避けているかのような、不気味な真空がそこにはあった。


 王立魔導院の若き院長、ヴィクトル。

 彼は、氷と蒼炎の魔力を爆ぜさせ、王都の精鋭を文字通り粉砕し続けるルシアンを、遠くからじっと見つめていた。

 そして、懐から魔力計測機を取り出すと、自軍を蹂躙する蒼い影へと向けた。

 その碧眼には、犠牲の大きさなど微塵も映っていない。


「……ほう。あんな姿にもなれたとは……。便利なものだ」


 純粋な興味から、ヴィクトルの眉が僅かに上げられた。

 自分が変異体として、そして有能な部品として、檻の中で弄んでいたはずの獣。

 それが今、一人の女を守るために、あれほどまで完璧な殺意を研ぎ澄ませているとは。


「なるほど、ね。ベルローズが執着してここに置いている理由も、少し解ったよ」


 ヴィクトルの唇が、薄く、(いびつ)な弧を描いた。

 その瞳に宿ったのは、狂気を含んだ歓喜か、あるいは冷徹な計算か。

 彼の到着と共に、戦場の空気は一変した。

 王都の悪意が、ドラクロワの門前に、その重い足音を響かせ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。