商業組合の組合長は腰が軽いのじゃ
こんにちは。
昼間の陽射しが温かく油断していると夜から朝にかけての冷え込みでやられてしまいます。やられました。
皆さまはどうかご健康にお気をつけてお過ごしください。
誤字報告等いつもありがとうございます。
商業組合に到着するともう既にモリエが来ておったのじゃ。ミルケさんとカウンターで話をしておるのじゃが、どちらかが相手のことを見覚えておったのじゃな。
「待たせたのじゃ」
「ううん、待ってないよ。けど、ミチカ何かあった? なんか気が立ってるみたいだよ」
なんと言う鋭さなのじゃ。おそらく戦闘をしてちょっとばかり高揚した気分が残っておるのじゃ。
「ふふ、いらっしゃいませ、ミチカさん。お話は応接室で致しましょう」
今日はミルケさんの申し出を断る理由がないゆえ三人連れだって行くのじゃ。
「……と言う具合に冒険者協会からここに来るまでの間に襲撃を受けたのじゃ」
「えっと、馬車を使いましょう。なんなら専属の馬車と御者をご準備いたしましょうか?」
「いくら強くても不意を打たれることはある。甘く見ちゃだめ」
応接室まで歩く間に遅うなった理由を説明したら厳しめの反応が返ってきたのじゃ。心配してもらっておるゆえありがたい話ではあるのじゃ。
さて、先ずは忘れぬうちに先程の街の人等へのお礼の話じゃの。
「で、まあその時助けてくれた街の人等にお礼の品を届けて欲しいのじゃが、ミルケさんに頼んでおけば差配してくれるかの?」
「はい、大丈夫ですよ。なにを手配いたしましょう?」
「少々良い酒と蜂蜜の壷と言ったところかの。冬が進んで雪が積むようになれば家の中で過ごすとが増えようし、その時の楽しみになると思うたのじゃ」
「うん、良い判断。冬籠もりに蜂蜜やジャムの瓶があるとすごい楽しみだった。まあ村とは違うかもだけど」
モリエの疑問に、ミルケさんが城市育ちでも変わらぬと教えてくれたのじゃ。話す二人の柔らかい雰囲気は良い思い出があるゆえなのじゃ。わらわは孤児院育ちゆえ大した思い出はないのじゃが、親がおれば雪に閉じこめられて外に遊びに行けぬかわりに親にしっかり甘えることの出来る期間なのじゃな。
「うふふ、子どもの頃を思い出すわ。そしてお酒はちょびちょび飲んで長く楽しむようなものですね」
「うむ、そうじゃの。そう言えば蒸留酒、錬金術師の酒と呼ぶのじゃったな。料理や菓子作りにも使うゆえあがないたいのじゃが」
「えーっと、それは少々じゃなくてすごく良いお酒になりますね。それに飲むんじゃなくて料理にって……」
後半は小声でぶつぶつ言っておるのじゃ。ミルケさんはお酒好きなのじゃな。
「樽であがなえば少しは安うなるのかの。そうなるのなら樽一つからお礼に配る分とミルケさんの分を酒瓶に詰めて残りをわらわの所に届けてくれればよいのじゃが」
「すっごくいい考えだと思います!」
わらわの手を取ってミルケさんはそう言うと、すぐに発注のための書類を書き始めたのじゃ。
「ん?」
書面を眺めておるとモリエがわらわの袖を引くのじゃ。どうしたかしたのかの、ああ、判ったのじゃ。
「モリエはわらわの所で樽の残りから汲んでいけばよいのじゃ」
「なるほど」
モリエが頷くと丁度茶器の乗ったワゴンがやってきたのじゃ。
相変わらず美味しいお茶を頂きながら話をしようと思うのじゃ。が、ここで話す事柄は多いのじゃ。何の話からしようかの。
「料理と言えばですね、ミチカさんのレシピを使った料理を頂きに『鳥籠と熊』亭へ組合長と何名かで参りましたよ。大っ変! 美味しかったです! お店の御亭主が全く巧く模倣できてないと言いながら出してきたチーズカツもいただきましたが、充分美味しかったですね」
書類を書き終わったミルケさんに話題選びの機先を制されたのじゃ。まあチーズは美味しいからの。
「ふむ、もう行ったのかや。やはり動きが軽やかなのじゃ。腰が軽いのは悪いことではないのじゃ」
「えっと、褒められているのでしょうか。ありがとうございます」
腰の軽い組合長がやって来たのじゃ。無論それが見えたゆえ腰が軽いなぞと言ったのじゃ。
茶を喫しつつまずはモリエを紹介しておくのじゃ。調理関係はモリエが助手じゃからの。
「よろしくお願いします、モリエさん」
「よ、よろしくお願いします」
モリエは偉い人と思うて少し緊張しておるのじゃ。まあそのうちなれるのじゃ。
「えっと、ミチカさん。襲われたとか言う話は大丈夫でしょうか。馬車と御者と護衛を手配いたしますが」
「それはもうミルケさんに言われたのじゃ」
えーっと、この応接室に来る間にミルケさんに襲撃を受けた話をしてその後一緒に応接室におったのじゃ。うむ。どうやって情報を共有したのじゃ。少し怖いのじゃ。
「ちょっと間抜けを炙り出す餌になってみたのじゃが、思うたより釣れてしもうただけなのじゃ。それをせねばならんかった理由の話を其方にも通しておこうと思うておった所なのじゃ」
孤児問題と子ども等の扱いの問題や違法な奴隷商の影がちらついておる件、こちらからやろうとしておることとして読み書き計算の教室の話などを話すと的確な質問や確認があって話しやすいのじゃ。このあたりも有能よな。
「ええ、その準備部会には人を出します。というか、エインさんやズークさんからの届け出や確認の他港湾協会から問い合わせがあったのはこれですか」
少し疲れた風があるのじゃ。わらわの所為ではないのじゃ。なぜならわらわの所為で、と言いきれる仕事を頼むのはこれからなのじゃ。
「今日わらわが襲われたことで、子ども等の扱いが非道に過ぎる冒険者どもと違法な奴隷商がやはり繋がっておると確認できたのじゃ。それで、なのじゃ。行政府の方に新たな孤児院の計画やら今ある孤児院の業務を民間にまとめて委託するなぞの方針があらぬか調べておいて欲しいのじゃ」
「かしこまりました。冒険者協会や警邏隊は聴く限りかなり食い込まれておりますからね」
「うむ、頼むのじゃ」
モリエがわらわの袖をちょっと引いたのじゃ。
「いまいち繋がりがわからない」
「現状冒険者組合が孤児院から溢れた子どもを受け入れる受け皿の役目を担っていますね。受け入れ切れてはいないようですが」
モリエの疑問にわらわが答える前に組合長が話し出したのじゃ。
「しかし、その子どもたちに対する異常な態度の人たちの存在は受け入れ先として不適切と言われてもおかしくない理由になります。で、受け入れ先が新しくできたならそちらに流れますよね。それが違法な奴隷商の狙いではないかとお疑いなのですよ」
「正直周りから嫌われる以外のなにものでもあらぬ行為の理由はそれくらいしか思いつかぬのじゃ」
「言われれば何となく納得できる」
「まあバカ共のほとんどは利用されておるだけじゃとは思うのじゃがの」
「これはの、準備部会で相手方が次にどう出るか、程度のことなのじゃ。今思い悩んでも無駄ゆえとりあえず仕事を片づけるのじゃ。修道会関連やエインさんやズークさんの商売関係の事柄に問題はあらぬかや」
「はい、こちらに署名押印が必要なものを揃えてあります。今言われたもの以外に縫製師匠合から回って来ているものもあります」
ミルケさんが見やすいようにまとめたものを出してくるのじゃ。まあ署名と押印をサクサク済ませるのじゃ。
「ズークさんの話は大変興味深かったです」
「菓子工房では前回差し入れた菓子のうちいくつかと緑茶に合わせることを前提にしたものを作ろうかと思っておるのじゃ」
署名しながらも軽く話はしておくのじゃ。
「あの差し入れは大変素晴らしかったです。ありがとうございました」
「すっごく幸せでした。菓子工房が立ち上がるのを期待しております!」
ミルケさんの喜び具合はなかなかのものなのじゃ。喜んでもらえるのはありがたいことなのじゃ。
「頑張りたいゆえ面倒ごとは早めに片づけておきたいものなのじゃ」
懸案事項が山積みであるからの、と嘆いたら山積みの一つを持ち出されたのじゃ。
「蟹の修道会風チーズ焼きも、チーズ入りのクッキーも大変美味しかったのですがチーズに関してもお話があるとのことでしたね」
「うむ、手に入れやすくしたいのじゃ。食したならばその気持ちが分かってもらえると思うのじゃが」
組合長とミルケさんの二人は至極納得しておるのじゃ。まずは輸入量を拡大してもらうとして、牛なり山羊なりの乳が豊富に手に入る体制が出来るのであらば生産に乗り出すべきなのじゃ。
牛なぞの牧畜は発展途上とのことで上手く行けば牧畜の産業としての発展も望めると乗り気なのじゃ。とりあえず春には試験的な事業としてスタートすることとなったのじゃ。茶畑甜菜畑牧場となんとなくのどかな春の予定なのじゃ。
「自由に使える厨房が出来たら約束通りルセットを売る前提で料理を作るのじゃが、無論その時チーズを使ったものを提供する心づもりがあるのじゃ」
「楽しみにしておきます。ミチカさんの仰った通り私共は食べたことで納得いたしましたので、試食会では同様に他の方々を黙らせてくださいますようお願いしますね」
試食会へ向けて今ある輸入チーズの在庫を確認して優先的に回せるよう取り計らってくれるそうなのじゃ。
チーズの話の後、組合長は少しばかり祭りの屋台や遊戯の競技会の話をして退席したのじゃ。忙しい中よく会いに出てくるものなのじゃ。
「そう言えば言うておらんかったのじゃが、今話しておった通り神殿前に屋台を出す予定ゆえモリエには手伝って欲しいのじゃ」
「うん、いいよ。なにを出すつもり?」
「唐揚げが簡単かつ美味しさがわかりやすいと思っておるのじゃが、このあたりの始まりの週はまだ寒いゆえ汁物も良いのじゃ。まあもう少し悩んでおくのじゃ」
「あー、そうだね。屋台で出すのは品目を限った方がいいしね」
屋台で汁物は運搬が大変なのじゃが、今回の場合はすぐ背後の神殿との往復で済むゆえありなのじゃ。
お読みいただきありがとうございました。