夢の重み
◇◇◇
同時刻――。
その頃、夢野明菜は絆と手を繋いで校内の廊下を歩いていた。この時間は来賓者が特定の校内を自由に見学できることになっている。
その影響か、廊下には明菜と同じ小さい子を連れた保護者や、生徒などが大勢いる。
明菜はいうなれば部外者なので、多少居づらさを感じるが……。
「えへへ、あきなちゃんとおでかけだああ。きずな、いちばんうえにいきたい!」
「うん、もちろん。ふふっ、一緒にいこうねぇー」
嬉しそうな絆を見ているとそんなことも気にならなくなってくるから不思議だ。心も軽くなり楽しくなってくる。
明菜は子供が大好きだ。小さい頃は保育士になりたいと考えた。だが、結局は『給料が少なく、労働時間が長い。将来性がない』という周りの反対を受け入れる形で看護師を目指すことになったのだ……。
(でも、今なら、今のわたしがあの立場に居たら、違う選択肢を選べたかもしれない……ふふっ、そう考えると成長……してるんでしょうか……?)
「ねぇ、ねぇ、あきなちゃん、あきなちゃん」
そんなことを考えていると、絆が何かを訴えかけるように明菜の腕を引っ張っる。
明菜はその様子を見ると、廊下の端に寄り、しゃがみ込んで絆と目線を合わせた。
「ふふっ、絆ちゃんどうかしたのぉー? わたしになんでも話してみて?」
「うん、きずなおといれにいきたい」
「あ、そうなんだぁ……」
明菜はすぐに周りを見渡しトイレを探す。すると十数メートル先にみつけた。
「あ、あそこにあるね。一緒に行こっか?」
「き、きずな、ひとりでおといれいけるよ! いつもまんまほめてくれるもん!」
(あっ、1人で行きたいのかな……)
明菜は絆が手を離してぷくっーと頬を膨らませるのを見ると優しくほほ笑み、絆の頭を撫でた。その包容力のある笑顔を見ると、絆も途端に笑顔になった。
「えへへ、あきなちゃんのおててあったかい……」
「きずなちゃんはえらいねぇー。じゃあ、わたしはここで待ってるねぇ」
「うん! きずないってくる!」
絆はニコッとひまわりのような笑顔を見せると、トイレに向かってたったっと、駆けて行った。
「あっ、は、走るとあぶないよぉー」
「あはは、うん!」
(もう、おてんばだなぁ……ふふっ、可愛い)
明菜は絆がトイレに行くのを見送ると、外の景色を見た。こうして落ち着いて校舎から風景を見ていると、懐かしい気持ちになった。明菜が高校に通っていたのはもう5年も前のことだ。
それが何だか懐かしいことのような気がした。時が過ぎるのは早いとは思う……だけど、嫌な気持ちではない。そのことが何だか誇らしかった。
そんなことを考えていると――。
『あ……ね、ねえ、もしかして……さっき小さい子と話してた声……間違いない』
(……? ん……なんだろう、妙に視線を感じるような……)
視線を感じる方を見てみると、女生徒がこちらに近づいてきた。
女生徒は眼鏡をかけた地味目の容姿で自信がなさそうに肩を小さくして、明菜の近くで歩みを止めると、小声で明菜に話しかけた。
「あ、あの……もしかして配信者の『ゆめしま』さんですか……?」
「えっ……?」
明菜は驚いた顔で話しかけてきた女生徒の方を見た。女生徒が口にした『ゆめしま』は明菜が仕事――配信者として使っている名前だ。
明菜は普段仮面をつけて大食いの動画や、悩み相談の動画を配信しているので、今までプライベートで視聴者に話しかけられたことはなかった。まさに想定外の事態だ。
プレッシャーに弱い明菜は正直何を話したらいいのかわからなかった。
「えっ? え、えっと……あ、あのわた、わたしは……」
明菜が慌ててると、女生徒の方も慌てるように自分の目の前で両手を振った。そして、周りを見て誰も聞いてないことを確認してから、小声で明菜に話しかける。
「あっ、ご、ごめんなさい。驚かせてしまって……顔を隠して配信しているんですから、迷惑でしたよね? で、でも、あたしどうしても、ゆめしまさんと話したくて……」
女生徒はぐっと歯を噛みしめると言葉を続けた……。
「私、ゆめしまさんの動画で相談に乗って貰えて……勇気を貰えたんです。あたし中学の時いじめられていたんですけど……ゆめしまさんのおかげで友達もできました。ありがとうございます……あ、ゆめしまさんに会ったことは誰にも言いませんからっ」
女生徒は早口で一気に言うと、最後に深く頭を下げて、早歩きで去っていった。その様子から余ほど緊張していたのだろう……。
「…………」
明菜は笑顔で急にお礼を言われて頭が真っ白になった。
そして……段々と実感がわいてくる。自信が何もなかった自分でも、誰かを笑顔にすることができたんだ。
自分の仕事に意味があったのだ……それを考えるだけで胸がいろんな感情でいっぱいになった。




