夢見るバレンタイン(5)
◇◇◇
そんなこんなしているうちに夢野さんとの待ち合わせ時間となった。俺は自分の家があるマンションの前で緊張した心境で立っていた。
(……まあ、その辺をぶらぶらして、ワンチャン飯を一緒に食うぐらいだからな……そんなに緊張する必要もないな)
そんな風に自分に無理矢理言い聞かせていると……。
たったった。
マンションの方からヒールの音が聞こえた。
夢野さんが慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「か、川島さん、お待たせしてごめんなさいぃ~」
「いや、そんな待ってないから大丈夫です……」
俺は夢野さんの姿を見る。
今日は紺のコートに白のロングスカート姿だ。雰囲気は落ち着いているようで可愛らしい。そして、素人目で見てもいい素材なのがわかる……。
(なんか……いつもに比べて気合が入ってる気がするな……しまった……俺も、もう少しまともな服を着てくればよかったなかな……)
「え、えっとぉ……川島さん。えっとぉ……このお洋服おかしいところあります?」
俺の視線に気が付いたのか、夢野さんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
うむ……偽りとは言えデートだ。ここは服とかを褒めるべきだろうか……? まあ、いつもと違うんだから褒めるのは悪いことじゃないよな……?
「いつもと服装よりも可愛いらしくてよく似合ってますよ」
「か、可愛い……! え、えっと、そ、そんなことないですよぉ。えへへ……褒められちゃいました……」
反応も初々しくて可愛い……若いなぁ。年齢差を感じる。
しかし、俺がここまで歳をとってなかったら、女性の服を褒めるとかできなかったと思う。
ふっ、風俗嬢と余った時間で身に着けたトーク力がいかんなく発揮されてるな。地元トークと服のことを話しておけば初対面でも楽しくおしゃべりできる。ソースは俺。
「じゃあ、この辺りを歩きましょうか」
「はい……で、でもその前に……」
夢野さんは顔を赤くして、もじもじなしながら何かを言いづらそうにしていた。その瞳にはどこか期待しているような感情がうかがえる。
「? どうかしました?」
「え、えっとぉ……う、嘘とはいえ、わたしたちは、こ、恋人同士なのにで……その……敬語や苗字呼びはやめた方がいいと……」
「……なるほど」
一理ある……。ストーカーを威嚇する目的ならなるべく壁がないように見えた方が効果的だろう……。でも……恥ずかしがり屋の夢野さんから、こういう提案を言ってくるとは意外だ……。
「……え、えっと……そ、その……あ、葵さんが……その」
なるほど……葵ちゃんの入れ知恵か……。
まあ、いいか。実花が迷惑をかけすぎてるから……夢野さんに対しては敬語だったけど……。いや……これはマジで。5、6回は土下座しても償いない。
まあ、夢野さん本人がいいならいいか。
「わかった……。それで呼び方はなんて読んだらいい? さんづけか、ちゃんづけか、呼び捨てか……」
まあ、さんづけが無難か……明菜さんか……?
とっ……軽い気持ちで考えていたが、明菜さんは目を見開いて一歩俺に詰め寄ってくる。夢野さんとしては珍しい行動だ。
「よ、呼び捨て! 呼び捨てがいいです。わ、わたし如きは、呼び捨てにしないと、川島さんの沽券にかかわります……末代まで不名誉な汚名を背負うことになります。なので、わたしを呼び捨てにしましょう」
「ひ、卑屈過ぎないか……」
「そ、そんなことありません……。だ、だから……その……あの」
上目づかいで期待の眼差しを向けてきた……まあ、どういう理屈はわからないけど強い意志を感じるから、いいか……未来や実花に騒がれそうな気もするけど……。
「明菜……で、いいか……?」
ぶっちゃけ改めて呼ぶとめっちゃはずかしい……でもーー。
「……あっ……はい! ありがとうございます……よ、義孝さん……えへへ」
夢野さん嬉しそうにほほ笑み……しばらく間をおいてから、緊張した面持ちちで俺の名前を呼ぶ。
その素顔は年齢通り美しくもあり、少女の様に可愛くもある。
その笑顔を見ると俺の恥ずかしさなど、小さい問題に思えた。




