番外編 『そこ』に至ってからのこぼれ話 (最高神官編)
さて、どこからお話ししたものでしょう? 貴方様は、あの方々とわたくしの出会いはすでにご存じでいらっしゃるでしょうから、それ以外、ということになりますか……ええ、では、まずは最初から。
あの頃のわたくしはまだこの中央――いえ、最高神殿はおろか、近くの街にある神殿にさえ詣でる機会もないような、鄙びた村の農夫でごじゃ……いてぇ、舌噛んだ。
――ああ、もうやってられねぇですよ、こんな喋り方! 他の誰が聞いてるわけでもねぇんだし、普通の喋りでよくねぇですか? どのみち、旦那にゃ、元のあっしを見られてるわけですし……お、流石に話が分かるお方だ。
いやいや、『殿』呼びとか勘弁してくだせぇ。だって旦那はカゼルトリの公子様なんでやしょ? 本来ならあっしみたいなのが直接、お話しできるような御方じゃ……あ、あっしも今は最高神官だった。いや、とにかくほら、ここは他に誰もいねぇんですし、あの頃に戻ったつもりでやらせてもらいますよ。
ええと、何を話すんでしたっけ……ああ、あっしの生まれでやしたね。別にわざわざ申し上げるような立派な訳ゃありませんや。あっしの親っつぅか、爺さんも、その前の爺さんも、ずうっとあそこで農夫をしてましてね。あっしはそこの三男として生まれやした。上の兄貴は、親父たちの後をついで、今でもあそこで畑を耕してますぜ。下の兄貴は十五になった年に、毎年くる行商のおやっさんについてっちまって、その後は知りやせん。
『俺は絶対に一旗揚げてやる。こんなクソ田舎で燻ってる器じゃねぇ!』が口癖でやしたがねぇ。
おやっさんの言う事にゃ、半年ほどは丁稚奉公に精だしてたようですが、その後、いきなり姿を消しちまったようで……今じゃ、生きてるのか死んでるのかさえわかりやせん。まぁ、生きてるんなら、あっしの事が耳にはいりゃ会いに来てくれるんじゃねぇかと、期待しちゃいるんですがね。
あ、申し訳ねぇ、あっし本人の話をしなきゃいけねぇんでしたっけ。
今も申し上げやしたが、あっしは三男でしてね。親父たちの畑ぁ、上の兄貴が継ぐに決まってます。もうちょいと羽振りが良きゃ、あっしにも多少のおこぼれはあったんでしょうが、生憎と一家が喰ってくのにかっつかつな広さしかありやせん。十五で独り立ちさせられたって、畑仕事しか能がねぇのに、肝心の畑がねぇ始末です。最初は、兄貴んところの居候みてぇな感じで、畑仕事を手伝ってたんですが、甥っ子が生まれちまってからはどうにも居づらくなりやして……そん時でさぁ、先代の神官様がお声をかけて下すったのは。
『大して金は払ってはやれぬが、神殿の手伝いをしてみる気はないか?』とね。
街中のご立派な神殿ならお布施やご喜捨で回ってくもんらしいですが、旦那もご覧になられたように、あんな辺鄙なド田舎でやしょう? そんなもんで食ってけるわけがねぇ。なもんで、神官様も神殿の裏手にも畑を作ってらっしゃった。勿論、神官様がご自分で耕してたんじゃなくて、下働きの爺様が面倒見てたんですが、その爺様も寄る年波で動けなくなっちまったらしいんです。けど、そっからの収穫が無きゃ神官様もおまんまが喰えねぇ、どうしたもんかって悩んでた時に、あっしの事を聞きつけなすったと。
ありがたいお話じゃねぇですか。飛びつきましたよ、当たり前でやしょう?
手前みそで申し訳ねぇんですが、あっしはこれでも結構腕のいい農夫でやしてね。神官様の畑ってなぁ、広さはそこそこでしたが、世話に関しちゃ素人の手慰みを出るもんじゃなかったんです。
……いやいや、貶してるわけじゃねぇんです。爺様一人で、よくぞここまで頑張ったもんだって、感心しやした――まぁ、時々、神官様もお手伝いなすってたようですがね。
んで、そこにあっしが来たわけですから、あっという間に見違えるようになりやしたよ。爺様は大喜びだし、神官様も、そりゃぁ感心してくだすったもんです。
最初の頃は、兄貴の家から通ってたんですが、すぐにあっしにも新しい住処を用意してもらいやした。神殿の隅っこに小さい部屋をもらっただけだったんですが、あっしにとっちゃぁ、初めての『自分だけの部屋』ってやつでしてね。そりゃぁ、うれしかった。だもんで、余計に精出して働きやしたよ。
ところが……でさぁ。あんまり張り切りすぎたおかげで、時間ってのが余る様になっちまったんです。
畑で作ってるのは、神官様と爺様、それにあっしが喰うに必要な分だけだ。兄貴んとこみてぇに、そのうえで年貢を収めたり、余った分を行商のおやっさんに売ったりする必要はねぇんですからね。その程度の事でしたら、あっしならその日の世話は昼前には終わっちまう。すると、丸っと昼からの時間が余るって寸法ですが、だらだらするのは性に合わねぇんで、他にも爺様の手伝いなんぞをしておりやした。
神殿の中を掃除したり――祭壇は神官様がおやんなすってたんで、そこ以外です――神官様の御身の回りの品を手入れしたり、たまーにくる参拝のお人を案内したり……ですかねぇ。んでも、それでもまだ余るんで、仕方がねぇからまた兄貴んところの手伝いにでも行くべか、と思ってたら、神官様がどえらいことをおっしゃるじゃありやせんか。
あっしに、文字を教えてくださると!
あっしらみてぇな身分の連中は、手前ぇの名前が書けて読めりゃそれで上等だ、ってのが親父の口癖でやした。ですから、あっしの『教養』ってやつですか? それもその程度で……それを、神官様は聖典が読めるようになれとおっしゃるんですぜ。無茶ぶりも良いとこだって思いやしたよ。
ですがねぇ……今思うと、神官様もお暇――じゃねぇ、お寂しかったのもあるんじゃねぇんですかね? 神様への御祈りや、毎日の修業はきちんとなすっていらしたんですが、逆に言ゃあそれしかやることがねぇ。さっきも言いましたように、滅多に参拝に来るものもいねぇ。
別にあっしの村が不信心な連中ばっかりだったって訳じゃねぇんですが、どうしても毎日の事に追われちまって、なかなか神殿まで足が延ばせねぇ――旦那も、ご存じでしょ? あの神殿は、ちいっと村からは遠かったですしね。
爺様とずっと二人きりで、そこにあっしが来たのはいいんですが、爺様とばっかり話すもんで……だって、畏れ多いじゃねぇですか、神官様なんですぜ?
ですが、神官様は言い出したらきかねぇ上に、そりゃぁ熱心に教えてくだすった。あっしは覚えがよくねぇんですが、それでも根気よくつきあってくだせぇました。そうなると、あっしの方もその神官様の御期待に応えてぇって思うもんじゃありやせんか。
二年……いや、三年かかって、つっかえつっかえですが最後まで聖典が読めるようになった時にゃ、神官様は泣いて喜んでくだすったもんです。あっしもこっそりうれし泣きしやしたよ、これで『お勉強』から解放されるってね。ですが、甘かったんですわ。
神官様と来たら『聖典が読めるようになったのならば、次はその意味を知らねばならぬ』なんていいだされやしてねぇ……あっしはただの農夫ですぜ? そんなのが、神様の有り難ーいお言葉が書かれてる聖典を読めるだけでも驚きなのに、中身の解釈までとか、どういうこってすっ?
……ですが、まぁ、そのうちに、あっしも何となく神官様の腹積もりってのですかい? それが分かってきた気がしやしたよ。
ほら、神殿のあった場所が場所でござんしょう? あそこを建てられたのが何方様かは存じやせんが、あんなど田舎の村の、輪をかけて不便な場所に、一体何を考えて神殿を作ろうなんてお考えになったんでしょうね? 神殿におわす神官様ってなぁ、その国の中央神殿から命じられて派遣されるもんだって、あの神官様から教えていただきやした。神官様も当然、そうやっておいでになったって事なんですが、それがあっしが生まれるよりずっと前――親父がまだガキの時の話だってんじゃありやせんか。普通は長くても十年ちょいとでまた別のとこに行かされるってなぁ、あっしもこっちに来て知った事なんですが、あの神官様は短く見積もっても四十年近くあそこにおいでになられたって訳です。
ええ、あの当時、神官様はとっくに随分なご高齢で、普通だったらもっと楽な……つうか、お体に優しい場所で神様にお仕えされてるはずでやす。ところがなんで、何時までもあんな辺鄙なところに、爺さん一人の世話でご苦労されてたのか……その通りでございやす。代わりがどうしても見つからないんだ、とおっしゃってました。上からの命令でも、拒否権でやしたっけ? それを使って、あそこに来たがらねぇんだと……ですが、このままで、もし自分が死にでもしたら、ここを守る者がいなくなる。下手すると、神殿自体が無くなっちまうかもしれねぇ、ってそりゃぁご心配なすってました。
あっしらにしても、滅多にお参りにも行けねぇ神殿ですが、いざって時の心のよりどころってやつです。嫁入り婿取りに、ガキ……じゃねぇ、子供が生まれりゃ祝福していただかなきゃならねぇし、葬式の時には有り難い聖句で迷わねぇようにあの世に送り出していただかなけりゃなりやせん。そん時だけ他所からお呼びするにしたって、あそこ以外で一番近ぇ神殿まで歩いて丸一日半ですぜ?
で、まぁ……ええ、仕方ねぇじゃねぇですか。聖典の『中身』のお勉強と一緒に、神様へのきちんとしたお祈りのやり方とか、あれこれの儀式のやり方とか、教えていただきやした。で、頃合いを見て『得度』って言うんですかね、それをしていただきやした。
でっかい神殿で、きちんとした修行をしたわけでもねぇですし、そもそもがそこらの畑を耕すだけが能の平民でやすから、とりあえずは万が一の時の為――神官様にもしもの事があって、そん時もまだ次の御方がいらっしゃれない時の用心の為ってことで……だって、そん時はまだ、あんな『穢れ』なんてのが、世の中を騒がせるようになるなんざ、思っても見なかったんでやすよ。
ところが、世の中がそんな騒ぎになっちまったおかげで、神官様のたっての願いが届いて、やっとこ決まった次の御方――神官様が嬉しそうにおっしゃってらしたのに――それが、急に別のところに行かれちまいましてね。喜んだ分、気落ちもハンパなかったようで、それからすっかりと神官様は弱られちまいました。どんなに寒い日だろうと決して欠かさなかった朝の勤行も、寝床から起き上がれねぇんで、あっしが代わりにやらせていただきやした。食もめっきりと細くなっちまわれて……爺さんと二人、あれこれと知恵を絞ったんですが、召し上がっちゃぁいただけませんでした。最後の方は、水も碌に飲めねぇ状態で、あっしの手を取って『くれぐれもここを頼む』って……ええ、あっしの最初の仕事は、神官様をお送りすることでやした。
それが、旦那方がいらっしゃる三年前の事でやす。
臨時の、ごく一時の、間に合わせの神官稼業のはずが、三年ですぜ?
けど、不思議なことに、元は芋やら麦やらを作ってたあっしでも、何とか回ってくもんなんでやすよ。
最初の頃は村の連中から、『偽神官』とか言われるんじゃねぇかとびくついてやしたが、それもねぇ――まぁ、その頃にゃ、あっしがあそこで働くようになってから二十年近く経っておりやしたし、その間に碌すっぽ村に戻ることもなかったもんで、あっしがあそこで生まれたことも、みんな忘れちまってたんじゃねぇですかね?
でっかい神殿からも、勝手にここで神官の真似事をやってることで、お叱りが来るんじゃねぇかとビクビクしてやしたが、待てど暮らせど一向に来やしねぇ。あんな辺鄙なド田舎の小せぇ神殿の事なんかに、構っちゃいられなかったんでやしょう。神官様がきちんと得度は済ませてくださってた、ってのもあったんでしょうがね。
そうなって来ると、あっしの方も、なんてんでしょうねぇ……開き直っちまいやして。
神官様に続いて、爺さんを見送った後は、独りあそこで神様にお仕えしつつ、畑仕事に精だしやして……そしたら、ですぜ。妙な事が起こり始めたんでやすよ。
最初は、ええと……ありゃ確か、朝起きたら、山の方が妙に黒く霞んでみえたんで。
旦那は覚えてらっしゃいやすか? あの屋根の向こうに見えてた山……ああ、それですそれ!
んで、そっからその黒ぇ霞がだんだんとこっちに近づいてきてるように見えやしてね。薄気味悪ぇし、不気味だしで、つい何の気なしに、それへ向かってシッシッって、犬っ頃を追い払うみてぇに――そしたら、あっという間にそれが消えちまったんです。仰天しやしたが――どうせ、なんかを見間違えたか、それか寝ぼけてたんだろうって思いやした。
ところが、ですぜ。
それからも、何度もそいつが見えやがるんでさぁ。朝だったり、夕方だったり……ああ、畑を耕してる時にも見えた事がございやすよ。けど、そのたんびに『シッシッ』ってやりゃぁ消えますし。
ありゃぁ、一体何なんだって、不思議に思ってたところに、珍しく神殿に来たお人が居ましてね。
あっしのいた村の隣にあるとこの、村長だって名乗ってやしたよ。
『神官様のお力にすがりたく参りました』なんて言われて、冷や汗が出やしたぜ。
そんでも、知らん顔して話を聞いてみたところが、なんでも、このところ村の近くに妙な黒い霧みてぇなもんが出てきて、そいつに近づいた連中が体を壊しちまった、ってんです。んで、その霧のおかげで、畑のもんがみぃんな枯れちまった、と。
ピンッときやしたよ。あっしの見たアレ、あれがそっちの村にも出たってことでやすよね。いえ、あっしは体は壊しちゃおりやせんでしたが、どう考えてもあれでしょうが。
ですから、すぐに教えてやったんですよ。『シッシッ』ってやりゃ、消えるってね。
けど、そう言ったのに信用してもらえねぇんです。やっぱ、あっしが俄か神官だってのが悪いんだろうって思いやしたよ。
そんでもほっとく訳にもいかねぇんで、村長と一緒にそこへ行ったんでやす。
いってみて、驚れぇたのは、村の周りがなんか薄暗ぇんです。なんていうんですかね、そこだけ夕方つぅか、お天道様が隠れたみてぇにつぅか……畑のもんも黄色く枯れちまってた。何でこんなになる前に……って思いやしたが、過ぎちまったことをアレコレ言ったってしかたねぇです。
村の連中の顔色もあんまりよくねぇしで、これはいけねぇ、さっさとやらねぇと――てことで、ちょいと気合を入れて『シッシッ』ってやってみやした。
するってぇと、やっぱりあっさり消えちまいます。
ほら見ろ、お前ぇらもやってみろ、ってやらせたんですが、どういう訳かそっちは消えねぇんです。けど、あっしがやりゃ、すぐにきれいさっぱりになりやがる。
不思議に思いもしやしたが、恥ずかしながらあっしはあんまり頭を使うのは得意じゃねぇんで、考えたってわかるはずもありやせん。
こりゃきっと、先代神官様があの世から守ってくださってるか、毎日、欠かさずお祈りしてたんで神様がお力を貸してくれたんだろうって思うことにしやした。
その後ぁ……忙しかったですぜ。どうやら、あの黒ぇ霧が出たのはそこだけじゃなかったようでやして、あっちこっちの村からも来てくれ来てくれって。おかげで、畑仕事に精出す暇もありゃしねぇ。
で、その頃でやすよ。
旦那達と一緒に、姫巫女様がやってこられたのは。
……ええ、姫巫女様のお噂は、聞いてやしたよ。なんでもすげぇ別嬪の姫巫女様が、やっぱりすげぇ強ぇ護衛を引き連れて、あっちこっちで『穢れ』を祓ってくださってるって。
ですが、まさかあっしのところにも来られるたぁ思ってもみやせんでした。だって、ほら……あのクソ田舎でござんしょう?
ですが、実際においでになられて……お噂通りの別嬪の上に、なんだかその御姿が白く光って見えるような気がいたしやした。
お疲れなご様子でしたんで、狭いところですがお休みになって頂こうって――いやいや、ちゃんと掃除はしてやしたから、『汚ぇとこ』とはいいやせんぜ。
お茶なんて気のきいたもんはなかったんで、井戸から汲んだばっかの水をお出ししやした。ああ、旦那にも差し上げましたっけね。
そしたら、ただの水だってのに、姫巫女様はすげぇうまそうに飲んでくださった。
『こんなおいしい水は久しぶりです。それに、ここはこんなに『穢れ』が近いところにあるのに、あまり荒れてもいない。不思議です』
一言一句、違っちゃいやせんでしょう?
……まぁ、驚いた所為で、余計にはっきり覚えてるんでやしょうがね。
だって、噂の『穢れ』ですぜ? お偉い神官様か、姫巫女様しか『浄化』できねぇってそれが、よりによってあっしみたいなのがいる神殿の近くにあったってんですから。
そん時は、あっしみたいな俄か神官がいるせいで……って思いやしたよ。ですが、姫巫女様がそうじゃねぇ、どこにでも出来る物なんだと教えてくださって、ほっとしやした。
その後は、旦那もご存じのとおりです。山に姫巫女様が入られて、二日ほどしたらきれいさっぱり、あの黒ぇ霧が出なくなった。
おかげで、それからは周りの村も、あっしも元通り――ああ、お参りに来てくれる連中が増えはしやしたが――相変わらず、畑仕事をしながら、神様にお仕えしておりやしたよ。
で、そっからまた三年までは経たねぇ頃ですかねぇ……夜中に、ちっと変なことがあったんでやす。
ありゃあ、姫巫女様が無事に世界中を浄化し終わったって、噂で聞いてからちょいとした頃でしたっけ。ド田舎ですから、噂が流れてくるのも遅いんで、実際には姫巫女様の旅が終わられて半年は経ってたと思いやすよ。
真夜中に、誰かに呼ばれたような気がして、目が醒めやした。
すげぇたまーにですが、道に迷ったお人が、神殿を見っけてやってくることがありやしたんで、てっきりそれかと思って、起きだしてみたんでやす。
ところが、何所を探しても誰もいやしねぇ。寝ぼけたのかとも思いやしたが、一応、ぐるりと神殿の中を見回って、最後に祭壇のところにいった時に――そこが白く光ってたんでございやすよ。
ええ、まるで、初めて姫巫女様を見た時みてぇに……で、おっかなびっくり近づいてみたら、その光があっしのところまでやって来て――え? いえ、それっきりで。
あっという間に、その光は消えちまって――ええ、夢でも見たんじゃねぇかって。その頃、畑のもんの収穫でちっとばかり疲れてたってのもありやして、寝ぼけたんだろうって思ってまた寝て、そのまんまです。
後から聞いて驚いたのなんのって……まさか、それが、先代の最高神官様がお亡くなりになった日で、その後がまがあっしとか……今も、半信半疑でやすよ。
え? ああ、その日の事でやすね。
最初にきたのは、あっしが元いた村の村長の倅でございやした。血相を変えて駆け込んできたんで、何事かと思いやしたよ。
そしたら、都からどえらい神官の方々が、お揃いでここにやって来るってんじゃねぇですか。
ああ、終わったって――そりゃ思いやすよ。ほんの一時の間に合わせのはずの俄か神官が、ええと……八年だったか、そんなに長ぇ間、居座ってるんです。
こりゃ、どんなお叱りを受けるか……青くなるのも当たり前でやしょう?
ですが、こうなっちまったら逃げも隠れも出来やせん。腹ぁくくりまして、皆様のおいでをお待ちしていたんで。
天気の良い日でございやしたから、道の向こうから立派な衣を着た皆々様がおいでになるのがよく見えやしたよ。馬車も後からついてきてて、それもまた立派な拵えで、どんなお偉い方が来られたのかと……まさか、あっしが乗るためなんて思う訳がねぇでしょうが!
んで、青い顔でガタガタ震えながら、皆様をおでむかえしたんでやすが……いきなり名前を聞かれやしてね。
もう何年も『神官様』ってだけ呼ばれてもんで、手前ぇの名前だってのに、思い出すのにちいっと時間がかかりやした。
あ、あっしの名前、そういや旦那にも申し上げてなかったですかね? ダンってのが、親父があっしにつけてくれた名前ですよ。何でか今は、ダニエルなんて長くなっちまってやすがね。
ああ、話の続きだ、続き。
あっしが名乗ったら、いきなりの御方らが、そこにがばっと平伏されて肝をつぶしやした。
『お探し申し上げました!』とか『お迎えに参上つかまつりました。遅くなりました事、まことに申し訳もございません』とかなんとか、けど、耳に入るもんじゃありやせんて。
訳が分からねぇもんでぼけっとしてたら、今度はいきなり神殿の中に連れてかれて、祭壇の前で身ぐるみはがされて――そん時ですよ、あっしの背中になんか印があるっていわれたんでやす。
そんなことを言われたって、手前ぇの背中なんか見えるわけもねぇから、あっしが知るわきゃありやせん――鏡なんて高価なもんが、あのちんまい神殿にあるわきゃありやせん。え? ああ、髭そる時にゃ、盥に水張って、そこでやってやしたよ。
で、その『印』ってのが、最高神官様の証拠だとかなんとか……ああ、それと『何というお力、これほどの神力の持ち主は見たことがございません』とかも言われやした。
『シッシッ』で黒ぇ霧が晴れたのは、その神力のおかげだとかも……そんなもん、何時の間にあっしに備わってたんでやしょう? 神官様も何にもおっしゃいませんでしたしねぇ……まぁ、後から聞いた話なんですがね。神官様ってなぁ、神力が強くてそうなった御方と、そうじゃねぇでも神様にお仕えしたいって気持ちが強くてそうなるお方と二通りあるんだそうで。あの神官様は、後の方だったみてぇです。ですんで、あっしにその『神力』があるかどうかってなぁご存じなかったんじゃねぇですかね? それでも、あっしを跡取りにしようとお思いなすったのは、あっしなら妙な悪事を働かず、真面目に神様にお仕えすると……ええ、そっちの方が、あっしにはうれしゅうございやすよ。
その後は、引っぺがされた服はそこにおいたまんまで、キンキラキンの衣を着せられて、有無を言わさずここまで連れてこられちまいやした。
そっからの生活は、そりゃもう酷いもんでございやす。
毎日、誰かしら側に居て、服の脱ぎ着さえ一人じゃやらせてもらぇねぇんで……言葉遣いは直されるし、『もっと威厳を』とか『最高神官らしく堂々と』とか、無理ですってば、あっしには。
最悪だったのが、畑仕事をさせてもらえねぇことで……あの、あっしが丹精込めた畑、今はどうなってるのか、旦那、ご存じじゃ……ああ、そりゃそうですよね、あのド田舎でやすし……あの神殿には、きちんと次の神官様がおいでになってるって聞けたのが、せめてもの慰めでやす。あれ、そういや、あっしがいなくなってすぐあたりに、どっか他所の国からお人が尋ねてきたとかも……え、いえいえ、人違いだったって話でさぁ。だって、ほら、ロンダルなんて、あんな遠くのお国からあの田舎に何の用があるってんですかい?
そいでもって、ここで扱かれてるうちに、旦那のお連れのあのお方がここの皇太子さまだってのも知りやして……今度は、姫巫女様のとご結婚なさるそうでやすね。あっしからもお祝いを……じゃなくて、あっしがそれを取り仕切るんだってんですからねぇ、もう……失敗しても、無礼討ちとかねぇですよね?
――ええ、あっしの話は大体のとこがこんなもんで……これでよろしゅうございやしたか? あっしがあの姫巫女様のサーガに出していただけるなんざ、夢みてぇな話でございやすよ。兄貴も、あの村で腰を抜かすことでございやしょう――あ、あっしが最高神官ってきかされて、そん時にも一回ぬかしたそうでやすが。
でもって――あ、やべぇ。
はい、もうすぐ終わります故、もう少々、待ってくださいやすか……じゃねぇ、ますか?
……また絞られるなぁ、こりゃ。いやいや、旦那の所為じゃねぇですよ。久しぶりに元の話し方ができやして、うれしゅうございやした。あ、それと、さんざんゴネたおかげで、ちっこいですが畑を作るのを許可してもらえやしてね。今から、そっちの水やりで……ええ、実ったら是非、旦那も食いに来てくだせぇ。お待ちしてます。
……次にお目にかかれるのは、姫巫女様達のご結婚式でですかね? 出来りゃ、その前に、今度は姫巫女様達も……ええ、おねがいしやすよ。
ええ、では……またお会いできるのを楽しみにしておりまする。
やりましたー!
取りあえず、緊急のしるしの付いた煩悩は、全部吐きだしました。
ラストは本編には影も形もなかったうえに、番外編でちょろっと顔を出しただけのあの人って、どんだけフリーダムに書いてるんだって話ですが、突発煩悩なんてそんなもんです……。
この元農民な神官様が(作者の頭の中に)登場したのは、わらわらと姫巫女様の旅のエピソードが湧いて出てきた頃の事です。んで、他のネタと同じで、書くつもりは毛頭なかったんですが、本編でまどかが前の最高神官が死んでから、それを教えられるまでにタイムラグがありましたよね。
ロンダルの連中は敢えて伏せていたってことでいいんですが、まどかが『家に帰る』ためのキーパーソンですから、アルたちまでもが知らせなかったってのは、ちょいと矛盾が生じます。
てことは……予定では、次の最高神官はアルのとこかヘイちゃんのとこの中央神殿のお偉いさんが成るはずだったのが、どっちにもお鉢が回ってこなかった? 大本のロンダルが情報管制を敷いてるせいで、代替わりはそれでしかわからないのに、分からなかった。んで、てっきりまだ生きてると思ってロンダルにいってみたら、死んだと言われた。
え? これどういうこと?
もしや、どっかにダークホースが隠れていたのか? ヤバイ、早く探し出せ!
どうした? 何、次の最高神官がいない? ……そういえば大きな『穢れ』の近くだったのに、えらく平和な村があったな。なんでも、あそこの神官が『シッシッ』とやったら瘴気が払えてしまったとか……
それだぁぁ! って感じじゃないのかってね。
……ええ、勿論、作中で語るべきことなんですが、突発煩悩にそこまで手間暇かけちゃいられませんので、ここで説明させていただきました。
しかし、これですっきりしたー。
穴だらけ、ツッコミ個所満載の『ざまぁ!』シリーズでしたが、ここまで読んでくださった皆さまに感謝いたします。
これからまた、本業(?)の方をがんばりますので、そちらもよろしくお願いいたします。