六十五の巻『情報交換』
六十五の巻『情報交換』
「俺たちの意見はまとまった」
雷丸たちが松の間を出てからしばらく、カーンズだけが廊下に顔を出して雷丸たちに話がしたいから戻ってくれと言ってきた。
合格発表を待つ受験生のように緊張する杏樹の肩を雷丸はポンと軽く叩いて松の間へと戻る。
部屋に入れば雷丸たちの視線とカーンズたちの視線が絡み合った。雷丸が先ほどまで座っていた正面に腰を降ろして、その斜め後ろに緊張した杏樹がピンと背筋を伸ばして正座する。獣騎士スタイルのままの正座は若干のシュールさをかもし出していた。
そのわかりやすさに雷丸は苦笑いを浮かべながら交渉の相手を観察する。
カーンズ達の落ち着きから特に揉めることもなく話し合いは終わったのだろう。最後に入ってきた緋桜の座るのを待ってから、カーンズは交渉の答えを口にした。
「サンダー、俺たちはお前たちの提案を――」
杏樹のノドがゴクリとなった。
「――飲もうと思う」
「そうか、それはありがたい」
交渉成立。
雷丸が手を差し出し、カーンズが握り返した。
「最後に確認だが、俺たちの持っている情報の方が確実に下だと思うぞ」
最終確認を取ってくる。
カーンズたちはこの情報交換が不平等だと感じているようだ。不満があるわけではなく、自分たちが利益を取り過ぎてしまうことを懸念しているのだろう。
彼らは完全に緋桜を基準に考えている。魔法剣士チェリーが一人で倒せるか倒せないかだ。つまり彼らの知っている鳥型魔獣は緋桜一人で倒せそう。月光熊辺りと同レベルかもしれない。
「承知した。貰った情報の相手が釣り合わなくても文句を付けないことを冒険者ギルド『狼弧』に誓う。俺たちは相手のレベルよりも鳥型であることが重要なんだ」
「なら、俺たちの情報は期待に応えられると思う」
部屋の中央にテーブルを出して、地図を広げる。
まずはカーンズが未踏エリアの一つを指さした。
「俺たちが知っている鳥型魔獣の住処はこのあたりだ」
やはりトップパーティーだけのことはある。雷丸が掴んでいないエリアの情報を持っていた。
「どんな奴か特徴はあるか」
「ああ、まだ遠目で確認しただけだがかなり大きな鳥だった、翼を広げれば月光熊よりも大きいだろうな。それと、虹色の尾羽を持っていた」
「虹色の尾羽!?」
思わず杏樹が声をあげてしまった。虹色の尾羽、それは紛れもなくシームルグの特徴。
「……あ、ごめん、話を続けて」
我に返った杏樹は背中を丸めて小さくなる。つい興奮してしまったことに恥ずかしくなり、耳の先まで真っ赤に茹で上がった。
「当たりっぽいな、俺たちがもっとも欲しかった情報だ、感謝する」
雷丸の知識でもシームルグは虹色、七色七本の尾羽を持っていた。そしてこの異世界を生み出したのは雷丸の想像であるからして、この裏山異世界のシームルグも当然ながら虹色の尾羽を持っている。
情報を持っていると正体を探る楽しさがなくなるなと考えてしまった雷丸、今度は亜雪にでも自分に内緒で魔物をイメージしてもらおうかと思案した。
まあとりあえずそれは後と回しにして。
「今度はこっちの情報だな」
今日冒険したばかりの場所を指さす。
「ここだ、ここに古代遺跡があってな、ゴブリンどもが周辺の木を切り倒して柵を作り砦として活用している」
「魔物が砦だと!?」
トップパーティーもまだ知能を使った魔物とは遭遇していないようだ。
「ゴブリンにそんな知恵があるのか?」
「いや、作ったのはゴブリンだがそいつらに指示をだした上位の存在、そう砦にはボスがいる。この未踏エリアのある森のボスと言ってもいいだろう」
やや語り部調に説明する雷丸。
「そいつが、チェリー姫でも倒せなかったヤツか」
「ああそうだ」
真顔でチェリー姫と口にするカーンズの目が泳いでいる。きっとどんな魔物なのか持てる知識をフル活用して推測しているのだろう。そんな事をしなくても、シームルグの情報を教えてくれたのだから、隠すつもりはない。
「この砦のボスはオーガだ」
「オーガか、なるほどそれならあり得るな」
あらかじめチェリーでも敵わないと話していたので、聞く土台ができていたカーンズたちは驚くことなく強敵の名前を受け入れた。
「そいつが柵の中にある半壊した砦に住み着いてる。体長は月光熊より一回りデカい上に、二メートルを超える大斧を持っていた、鉄の盾でも粉砕されるだろうな」
砦の情報は正確には半壊させたのは緋桜だが、そのくだりは必要ないだろう。
「大斧の攻撃は当たらなくとも風圧だけで剣が折られました」
代わりに緋桜が重要な情報を付け足してくれた。
その情報にさしものカーンズも信じられないと顔に出た。いくら使っていたのが初期装備のロングソードだからといって小枝ではないのだ、風圧だけで折るとは、どんな怪力で振るわれたのか想像もつかない。
またこのことは雷丸も初耳だったので、首が痛くなる程の速度で振り返ってしまった。
「どうかしましたか?」
そんな化け物を相手に一人で戦った本人は、何でもなかったようにケロっとしている。皆が何に戦慄しているのかよく分かっていないようすでいる。その事にさらに戦慄する一同。
「緋桜、そんなだからチェリー姫って呼ばれるようになるのよ」
「え、どうしてですか?」
本当に理解していなかった。
「さすがはチェリー姫だ」
「姫ハンパねー」
「マジすげーぜチェリー姫、ハンパねー」
「ん? チェリーパイ姫」
称える? 言葉の中にまた新たな呼び名が誕生しそうな予感がした。
その後は、残った細かい情報を交換し合い、取引は無事に成功した。
カーンズたちは早速対策を練ると松の間から退出していく。
杏樹もやっと手に入れたシームルグの情報、今すぐにでも行こうとしたが、それは雷丸と緋桜二人掛りで止める。ギルドの終了時間まで一時間を切っていたのだ。これでは教えてもらった場所に付くだけで強制的にギルド本部へと戻されてしまう。
冒険者ギルド『狼弧』ルール、終了時間になると口寄せで強制的に本部へと戻される。
「仕方ないわね、明日の朝一番で行くわよ」
「え、私たちもですか?」
「当然よ!」
「当然だろ!」
「雷丸様まで」
緋桜だけはシームルグの情報を見つけるまでの協力だと思っていたようだ。
考えが甘い、まだ誰もテイムしていない鳥型の魔獣。雷丸が途中で降りるわけなどないのだ。
「ほぼ九割がたシームルグだと思うけどな、もしも違ったら俺がテイムしようと思ってる。前衛は豊富に揃ったから飛行型が欲しい」
「は、は~、そうですか」
気の抜けた返事を返すがやっとの緋桜。
「決まりね、明日は開始と同時に出発したいから、これから打ち合わせをしましょう」
「おお効率がいいな、乗った」
置いてけぼりにされた緋桜をそっちのけで盛り上がる二人。
「ホントに親友に見えてきました」
大人しい亜雪とは違う、ダブルで騒がしい新しいコンビが誕生していた。
「完璧だわ」
それから一時間、雷丸と杏樹は口を閉じることなく考えうる限りの捕獲方法や対処方法を話し合った。
地図には無数の行動パターンが書きこまれ作戦書へと姿を変えていた。
「これで明日はすぐに出発できるわね」
「だな、今日は家に帰って体調を万全にしてこいよ」
今まで一ミリの隙間もない歯車のように噛み合っていた二人の会話が、打ち合わせ終了を持って大きく外れた。
「何を言っているの、私は商店街の宿屋に泊るわよ、今日のドロップ品を換金すればそれなりの額になるし」
「いやそれはダメだ」
「どうしてよ、お金ならあるわよ」
「そういう問題じゃない、また家出になるだろ大人しく家に帰れよ!」
確認しなくても雷丸は確信した、同類の勘だ、杏樹は宿泊に関して絶対に親の許可を取っていない。
「いやよ、いいじゃない、宿のお客になってあげるって言ってるんだから」
「未成年の宿泊は親の同意書を持ってこい」
宿泊施設を経営するにあたって、ルール作りは亜雪に協力してもらい駅前のカプセルホテルとほぼ同じ規則を設けている。未成年の宿泊は保護者の同意書が無ければ全面禁止。
「ここは異世界でしょ、ギルマスの癖に何現実的なこと言ってるのよ」
「グハ」
思いがけないカウンターに、雷丸の精神は大層なダメージを受けてしまった。
「そ、そうだ、ここは異世界だった、成人は一四歳で迎えている」
異世界の冒険者に宿泊したかったら親の同意書を持って来いだと、そんなの異世界ファンタジーじゃない。
「あ、あの雷丸様、逆に説得されかけてませんか」
あまりのダメージに緋桜の声は届いていなかった。
「それによギルマス」
杏樹が雷丸に人差し指を突き付ける。ダメージを受けたギルドマスターに容赦の無い追撃を仕掛けてきた。
「もしも私とあなたの立場が反対だったら、帰れるの自分の家に?」
「な、なんだと」
「目の前にある異世界に背を向けて、現実世界のただの家に帰れるのかと聞いてるの」
冒険者が冒険途中で家に帰れだと、そんなこと、そんなこと……。
「で、できるわけがない、帰れない、目の前にある異世界をファンタジーを振り払って帰ることなど、俺には無理だ~」
雷丸は頭を抱えて畳に膝を付いた。
「ギルマス、あんた私に言ったわよね、同類の匂いがするって、同類なら私の気持ちが分かってくれるわよね」
この時の雷丸には杏樹の姿が任務に失敗した騎士をやさしくさとす姫に見えた。
「俺は親友になんて無茶な注文を突き付けていたんだ」
「そうよ私たちは親友よ、わかってくれて嬉しいわ」
「昼間に言われた時は全力で否定しましたよね」
異世界論議ではじめて打ち負かされる雷丸を見た緋桜、主を助けたいという想いはあったのだが、彼女にとって異世界事情は国立受験よりも難しい問題なので静観することしかできなかった。
結局、宿泊ではなく友人の家に泊まるということにして杏樹は家から許可を取ったのだ。泊まる場所も商店街の宿屋ではなく、ギルド本部の松の間をそのまま使うことになった。
「他の冒険者には内緒だからな」
「わかってるわよ親友」
杏樹の呼び方のニュアンスが変わったことに気がつく者はギルド本部に一人もいなかった。
五章完結。
ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。




